「139-0」という数字をみて、何のことかすぐに分かる人はいるだろうか。
これは2016年12月、第96回全国高校ラグビー大会において記録された、東福岡高校と浜松工高校のゲームスコアだ。
このゲームで東福岡高校は20トライを奪ったのだが、高校ラグビーは30分ハーフの60分ゲームである。つまり3分に1本ペースでトライを上げ続けた計算になるが、これはもはやゲームといえる状況ではない。
139得点は大会新記録となったが、逆に敗れた選手たちは、きっと心から悔しかっただろう。為すすべもなく、戦いようがない戦況のままグラウンドに立ち続ける無力感は、察するに余りある。
しかしもし、このような大差で敗れた子どもたちが指導者に恵まれ、猛練習に励み、わずか1年でリベンジを果たしたとしたら、どう思われるだろうか。
そしてそれは過去、実際に起きた。40代以上の人であればご記憶だと思うが、ドラマ「スクールウォーズ」で知られる、山口良治氏(以下敬称略)の物語だ。
山口は1975年に伏見工業高校(現・京都工学院高校)ラグビー部の監督に就くが、その直後、花園高校相手に112-0の大差で敗れた。
しかしその1年後、京都府大会の決勝で同校を18-12で撃破し、子どもたちと泥まみれになりながら歓喜の大泣きをする。
さらにその勢いのまま1981年、伏見工業高校は全国制覇まで成し遂げてしまい、日本中のラグビー関係者を驚かせる奇跡まで起こしてしまった。
この話から、どのようなことを感じるだろうか。
山口は元日本代表の一流選手だったので、指導者としても一流だっただけだろうと、思われるかも知れない。
あるいは、たまたま才能のある子どもたちに恵まれたレアケースだと考える人もいるだろうか。
もちろん現実として、そのような要素も間違いなくあっただろう。しかし私はどちらかというと、それは大した問題ではないと思っている。
そしてこの奇跡からは、間違いなく誰にでもできる「結果を出せるリーダーの姿」を学ぶことができるとすら思っている。
それはどういうものか。
「俺たちの本当の仕事はなんだ?」
話は変わるが、かつてアメリカに一つのおかしな航空会社があったことをご存知だろうか。
その会社は、定時到着率、手荷物紛失率、乗客10万人あたりのクレーム数で、ダントツの全米ワーストであった。
加えて、搭乗拒否数(所定の手続済にも関わらず、ゲートで搭乗を拒否される旅客数)でもワーストを争うエアラインである。
そのため10年間で2度、会社更生法の適用を申請し「何度も倒産」するような惨状であった。1994年当時の、コンチネンタル航空である。
こんな航空会社は、控えめに言ってさっさと消滅すべきだろう。
しかしこんな状態でもなんとかして立て直してみせると、名乗りを上げた変わり者の経営者がいた。
米海軍の士官出身で、パイロットでもあったゴードン・ベスーン氏(以下敬称略)である。
そして結論から言うと、同氏はコンチネンタル航空のCEOに着任するとわずか1年で会社を黒字化させ、同社を全米屈指の愛されるエアラインに大復活させてしまった。
定時到着率、手荷物紛失率、クレーム数など主要指標を全て、全米でもっとも優れた成績に押し上げ、超優良エアラインに生まれ変わらせたのである。
いったいどんな魔法を使ったと思われるだろうか。
正直、彼が実施した施策を細かく挙げていけばキリがない。しかし本質的に、彼がやったことは就任直後に全従業員と交わした、たった一つの約束に収斂(しゅうれん)される。
「定時到着率で全米5位以内に入ることができれば、全従業員に65ドルの臨時ボーナスを出す」
というものだ。
なんだ、たった7千円ポッチで従業員を釣っただけかと思われるかも知れないが、違う。
ゴードンはコンチネンタルのCEOに就くとすぐに、この組織が持つ本質的な二つの病理に気がつく。
一つは、従業員がいつ幹部を襲撃するかわからないほどに、上下の信頼関係が全く成立していなかったこと。
もう一つは、組織の隅々まで“負け癖”が染み付いていたことだ。
お客さんから罵られ、上司は責任から逃げ、オマケに何度も給与をカットされているのだから、当然だろう。
この状況を見てゴードンは、まず経営陣が従業員に信頼されなければ組織が機能しないと考える。
そして「勝つ楽しさ」を体験させないと、従業員は顔を上げてくれないとも。
そのため、少し頑張れば成果が出る課題でボーナスを出すという約束を、従業員と交わしたということだ。
この申し出に、従業員は半信半疑ではあったものの、それぞれができることに着手する。
全米1位を目指せと言われても無理だが、5位以内ならまあ頑張ればできるかな、という目標だからだ。
するとなんと従業員たちは、この約束の翌月にはさっそく、全米4位の定時到着率を達成してしまう。
さらにゴードンはゴードンで、65ドルから源泉徴収し雀の涙ほどになった金額をそれぞれの銀行口座に振り込む…ようなことはしない。
手取りで65ドルキッチリになるように計算し、できる限り多くの従業員に直接、小切手を配って回った。
繰り返される給与カットで、生活もままならなかった従業員たちが「たった7千円」の小切手を見てどう思っただろうか。
ある従業員は、子どもの手を引きスーパーに連れていき、「好きなシリアルを何でも買ってやる!」と、誇らしげに胸を張ったそうだ。
ある従業員は小切手をもらったことを夫に隠し、長い間欲しかったものがついに買えたと、ゴードンをつかまえて嬉しげに自慢までしてしまったそうだ。
たったこれだけのことでゴードンは、全従業員から「今度のボスは信じられる!」という評価を勝ち取り、そして「勝利の喜び」を味あわせてしまった。
するとゴードンは次に、「全米3位以内に入れば、100ドルのボーナスを出す」とハードルを上げてしまう。
しかし一度顔を上げ、目を輝かせ始めた従業員ほど、強いものはない。
この程度の目標など軽々とクリアしてしまい、勢い余ってついに全米首位まで獲得してしまった。
もはやコンチネンタルの空気は一変し、自信と活気に満ち溢れた「デキる集団」に生まれ変わろうとしていた。
ところがここで一つ、大きな問題が発生した。定時到着率が改善するにつれて、乗客の手荷物紛失率が悪化してしまったのである。
容易に想像がつくと思うが、従業員たちは定時到着率のご褒美に目がくらみ、荷物の取り扱いを疎かにしてしまっていた。
この事態にゴードンは、「手荷物紛失率を全米5位以内に改善すればボーナスを…」などとは言い出さなかった。
ゴードンは、従業員たちに問いかける。「俺たちの本当の仕事はなんだ?」と。
手荷物は無くなってもいい、定時に目的地に着けさえすれば十分だというお客様がどれだけ存在するだろうかと。
経営者を信じることができ、そして勝利を渇望しはじめた集団にはもはや、新たな問題は解決すべきエキサイティングなチャレンジになっていた。
自分たちの本当の仕事は、お客さんに満足して頂くことだとすぐに理解する。
そして経営者が「勝つために何をすればよいのか」を示すと、それを実行するためのボーナスなど、もはや必要なくなっていた。
「成果が出ること」以上に気持ちのいいことなどないことを、彼らは知ってしまったのだから。
するとゴードンも、就任からわずか7カ月後には前経営者にカットされていた従業員たちの給与を、元の水準に戻す。
さらに利益が出始めると、税引前利益の15%を全従業員に還元すると約束し、従業員たちは喜びに沸いた。
経営者と従業員の間に強固な信頼が生まれ、そして努力には必ず成果が伴い、さらに報酬として目に見えて報われるのである。
従業員たちに最高の笑顔が溢れ、コンチネンタル航空が全米で最も愛される航空会社に大変身を遂げるまで、それほど時間がかからなかったのも当然だろう。
これが、ゴードン・ベスーンという一人の経営者がやってみせた、「奇跡の再建劇」の全てである。
これは奇跡ではない
そして話は冒頭の、伏見工業高校と山口良治が成し遂げた「わずか数年で全国優勝」の奇跡のことについてだ。
山口は伏見工業高校に赴任すると、「不良少年」たちが暴走するバイクの前に立ちはだかり、体当たりで授業に引きずり出そうとする。
毎朝迎えに行き、家から無理やり引っ張り出すような面倒くさいことまで繰り返した。
「不良」という呼ばれ方を積極的に受け入れ、悪いことをすることで目立ち、承認欲求を満たしていた子どもたちである。
そんな時に体当たりで、損得抜きに自分を認めようと努力する山口の姿は、子どもたちの目にどう映るだろう。
「コイツのいうことなら、ちょっとくらい聞いてもいいかな」
と、心を開くことは目に見えているではないか。
こうして山口は、ラグビーを通じて子どもたちに一つずつ小さなハードルを越えさせ、勝利の喜びを刷り込み始めた。
「より気持ちのいい承認欲求を満たす方法」を教え込んでしまったのだから、子どもたちがラグビー中毒になるまでに、1年も必要としなかったのも当然だろう。
こうして伏見工業高校は、「112-0」の惨敗からわずか1年でリベンジを果たし、その勢いのまま全国制覇までしてしまうことになる。
これらゴードン・ベスーンと山口良治の起こした奇跡は、本当に奇跡なのだろうか。私は全く、そう思わない。
彼らは他のリーダーに比べ、ほんの少しだけ「信じる力」に長けていただけである。
部下や子どもたちの中に眠る無限の可能性を、毛の先ほども疑わずに信じる力だ。そしてそれこそが、リーダーの力量である。
思えば私たちは、大人になるにつれて経験を積み、自分たちの限界を勝手に設定してしまうようになる。
自分で自分の可能性を否定し、挑戦する気力を失いながら歳を重ねる。
しかしそんな時に、自分にもまだまだ可能性があるんじゃないかと信じさせてくれるリーダーに出会えたら、どう思うだろう。さらに結果が出て、努力が目に見えて報われたら?
考えただけで、ワクワクするのではないだろうか。
敢えてこんな言い方をするが、ゴードンや山口の成し遂げたことなど、誰にでもまねができることのはずだ。
ぜひ一人でも多くのリーダーたちが、この古くても色褪せない彼らの業績に目を向け、多くの人をそんな興奮にリーディングすることを、願っている。
そして私たち一人ひとりも、年齢や環境を言い訳に挑戦し続けることを止めるべきではない。
冒頭でご紹介した、「139-0」で敗れた浜松工高の子どもたちも同様である。
過去のゲームでは確かに敗れたかも知れないが、ゴードンや山口が証明して見せたように、それは将来の可能性と無関係なことは明白だ。
挑戦を諦めない限り、誰の人生にもノーサイドはない。