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絶対王者vs未来を背負う新星 コロナ禍のスーパーボウルを彩った対決

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トロフィーを掲げて優勝を喜ぶタンパベイ・バッカニアーズのトム・ブレイディ=ロイター

アメリカンフットボールをよく知らない人でもスーパーボウルの名前は聞いたことがあるだろう。コロナ禍で様々な困難を強いられた今季(2020-21年)の米プロフットボール(NFL)王者を決める大会は、新旧の天才対決による記録ずくめの決戦となった。勝利を手にしたのは、新天地で復活を果たし、通算7度目の頂点に立った大ベテランだった。(山本大輔)

スポーツ界には時として、天才とあがめられるスーパースターが彗星のごとく舞い降りる。例えば、ボクシングで言えばマイク・タイソン。バスケットボールならマイケル・ジョーダン。サッカーならリオネル・メッシ。それぞれの時代において、様々なスポーツで圧倒的な存在感を誇る選手が君臨する。

米国フロリダ州タンパで2月7日夜(日本時間同8日午前)に行われた今回のスーパーボウルは、まさに長年アメフト界で絶対的な王者だったトム・ブレイディ(43)と、今後一時代を築くことが確実視されているパトリック・マホームズ(25)による新旧スーパースター対決の夢舞台になった。

結果はブレイディ率いるタンパベイ・バッカニアーズが31-9でマホームズ率いる前回覇者のカンザスシティ・チーフスを下した。チーフスが圧倒的に有利とみる事前予測をひっくり返したブレイディだが、引退もちらつく自身のキャリアで復活をかけた勝負のシーズンでもあった。

「過去の栄光は関係ない」。司令塔のポジションのクォータ-バック(QB)をバッカニアーズで務めるブレイディは今季を通じ、それまでの偉大な功績に触れられることを拒絶し、挑戦者の姿勢を貫いた。過去を振り返らず、ひたすら前だけを向き続けるブレイディには決意があった。

2000年のドラフト。期待はそこそこに6巡目全体199位でニューイングランド・ペイトリオッツに指名されたブレイディは、2年目の02年に先発QBを勝ち取ると、その年にチームをスーパーボウル初制覇に導く。以降、同チームでスーパーボウルに8回出場し、5回優勝。MVPにも通算4回輝いた。この期間は「ペイトリオッツ王朝」と呼ばれ、ブレイディはNFLの不動の看板選手であり続けた。

ところが年齢とともにピークは過ぎる。激しい衝突で身体的なダメージが大きく、選手間の競争も激しいアメフトでは、選手の平均寿命は3.3年。比較的衝突を避けやすいポジションのQBですら平均4.44歳という短さだ。スーパーボウルへ向けたプレーオフの初戦で敗れた19年、周囲からは引退の可能性もささやき始められたが、ブレイディは現役にこだわった。古巣からの移籍を決断し、03年以降一度もスーパーボウルに出場していないバッカニアーズの本拠地タンパを新天地として、初心に戻り一から始めて復活を目指す挑戦者となった。その最初のシーズンが今季だった。

入れ替わるように現れた新星QBがマホームズだ。ブレイディより18歳も若い。17年のドラフトで大きな期待を集め1巡目全体10位という高評価でチーフス入り。2年目の18年に先発QBになると、そのままチームを1993年以来のカンファレンス決勝に導いた。

スーパーボウルが終わり、互いの健闘をたたえ合うトム・ブレイディ(左)とパトリック・マホームズ=ロイター

NFLにはカンファレンスが二つあり、それぞれ上位7チームがトーナメント形式でプレーオフを闘い、優勝チームを決める。カンファレンス勝者同士がスーパーボウルで対決して王者を決める仕組みとなっている。マホームズにとって初のスーパーボウルが目前だった18年、これを阻んだのが、ブレイディのペイトリオッツだった。

その翌年、マホームズは、チーフスを70年以来となるスーパーボウルに導く。接戦の末に優勝し、大会MVPに輝くと、チーフスは今後10年で5億300万ドル(約530億円)を約束してマホームズとの契約を延長。米国では「同国スポーツ史上最高額の契約更新」と報じられるなど、いちやく時の人になる。ルックスでもファンを増やし、テレビCMなどでも引っ張りだこの人気者になった。

スーパーボウルの会場では、マスク着用が義務づけられた=ロイター

新旧の天才対決によるスーパーボウルの盛り上がりは、今季、新型コロナ感染で困難を強いられたNFLの未来に向けて、大きな希望をつなぐことになった。

どんなにコロナ対策を徹底しても、試合中に選手はマスクをつけられない。至近距離でぶつかり合うアメフトだけに、選手らに多くの感染者が毎週のように出た。控えが少ないポジションの登録選手全員が感染したり、レギュラー選手の大半が感染したりするチームも出て、試合日程が延期されることが何度かあった。

試合前には全員が感染テストをしているが、陽性が分かった選手がキックオフ直前に隔離されることもあり、各チームのゲームプランに支障が出た。無観客試合は当たり前。そもそも感染拡大下にシーズンを継続することへの批判も出るなど、NFLの運営自体に大きな影響を及ぼした1年だった。

それでも米国で最も人気のあるスポーツだ。手探りしながらもシーズンを継続したことに喜びを感じたファンも多い。

「毎週日曜日に友人らとバーなどでNFLを見るのが習慣だった。それがコロナでなかなかできなくなって久しい。飲食店だけでなく、エンターテインメント施設も軒並み閉鎖している中で、NFLが唯一の娯楽だった」

そう語るのは、コネティカット州に住む熱狂的なNFLファンのチャバ・ジェイコブさん(50)。

「無観客試合で実力を出せる選手と出せない選手に差がでた」「感染で主力選手を大幅に欠くなど運に左右されるチームがでた」

コロナ禍の影響を語るジェイコブさんだが、不測の事態で実力以上に輝くチームと沈むチームがでるなど、普段とは違う楽しみがあったと話した。そして、コロナ禍の今季の最後を飾るスーパーボウルで、新旧スーパースターQBの対決を見られたことは、「最高の贈り物。43歳の大ベテランの復活劇で終わるなんて、なんだか勇気を与えられた」と感激していた。

会場の観客席に並べられたファンの写真=ロイター

今レギュラーシーズンは11勝5敗、カンファレンス5位でのプレーオフ進出となったバッカニアーズのブレイディ。往年の「ペイトリオッツ王朝」時代と比べ、パスミスも増え、チームメートとの意思疎通がうまくいかないプレーも目立った。それが一転、プレーオフになると底力を見せ、カンファレンス上位のチームを次々と撃破し、スーパーボウルの出場権を勝ち取った。

一方、2連覇を狙うチーフスは、スーパーボウルにたどり着くまで、レギュラーシーズンも含め2敗しかしていない常勝チーム。立役者のマホームズはまさに昇り龍で、出た試合は必ず勝つと多くのファンに思われているほどの実力者だ。まるでタッチダウン製造機のように得点を次々と生み出してきた。その天才が今回のスーパーボウルでは一度もタッチダウンを奪えないまま完敗した。

終わってみると、ブレイディには記録ずくめの大会となった。7度目の優勝、5度目の大会MVP、10度目のスーパーボウル出場はNFL最多。421回のパス成功と21回のタッチダウンは、いち選手のスーパーボウル通算記録で最多を更新した。もちろん、43歳でのスーパーボウル出場は最年長記録となった。

さらにNFLの歴史に残る長年の呪いまで、はらった。スーパーボウルの開催地は、2月の気温が比較的暖かい都市などが選ばれる。しかし、これまで開催地を拠点とするチームがスーパーボウルで優勝したことは一度もなく、「スーパーボウルの呪い」と呼ばれていた。今回の開催地はタンパ。ここを本拠地とするバッカニアーズが勝利したことで、呪いがとうとう消え去った。

試合後、完敗したマホームズは会見で、「今日の彼らは我々よりもいいチームだった。完全にやられたよ」と苦笑い。また、NFLの公式ホームページでは、各界のスーパースターからの祝福コメントが紹介されていた。

「おめでとう。いい刺激になった」(歌手ボン・ジョヴィ)

「トム・ブレイディは伝説だ」(サッカー選手ネイマール)

コロナ感染の最前線で奮闘する医療関係者らへの感謝の言葉で始まった優勝トロフィー授与式で、ブレイディは全国中継のなか、こう強調した。

「私たちなら勝てるとみんなが信じていた。この1年ずっと、私たちは自分自身を信じ続けた」

コロナ禍で困難を強いられた1年間、前を向き続けて復活を成し遂げたブレイディの言葉には、日本で視聴していた筆者自身も励まされたような気がした。