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コスパで計れないコミュニケーション、原点は諦めなかった両親 尾中友哉さんの考え

World Now 更新日: 公開日:
サイレントボイスの尾中友哉さん
サイレントボイスの尾中友哉さん=11月、東京都港区、目黒隆行撮影

ーー聴者も聴覚障害者も、ともに働ける社会をめざして起業しました。どんな経緯があったのですか。

大学を卒業して、広告会社に就職して普通に仕事をしていました。手話ができ、耳の聞こえない両親のもとで育った自分は、多くの人とは少し違うかもしれません。

でもその時は何とも思っていませんでした。大きな組織の一員として働く中で「自分がいてもいなくても仕事は進む」と、閉塞(へいそく)感を感じていました。

そんな時にふと、近所のお団子屋さんに行きました。行列ができる人気店だったのですが、待っていると列が進まなくなった。前を見ると店員さんが大声で何か言っているんですが、お客さんは耳が聞こえない方だというのが分かりました。

両親とのコミュニケーションの経験から、感情が高ぶるのが呼吸の音で分かるんです。店員さんの言うことが分からなくてお客さんがとても困っている。「通訳」を買って出たら、お客さんの男性が「ありがとう」ってお団子をくれたんです。

なぜだか、その時鳥肌がたって、心が動かされたんです。どうしてだろう、と自分なりに考えました。その出来事をきっかけに、自分の生い立ちを改めて振り返って、問題意識を少しずつ言語化するようになったんです。

ーーどんな問題意識に気づいたんでしょうか。

「聞こえる人が聞こえない人を支える」ということも、もちろん大事です。でもそれ以上に、その先に何があるんだろう、ということを考えたかったんです。

子どもの頃から自分が両親の通訳をして、助けたり助けられたりしながら、障害がある人もない人も対等だ、という意識が自分の中に強くありました。対等に働く、ということを実践してみたいし、そこからどんな価値を生み出せるのか、チャレンジしていいのではと思いました。そう考えて仕事を辞めて、起業しました。僕にとっては「感謝のお団子」です。

ーーその後「無言語」のコミュニケーション研修などを事業として始めたんですね。

人間同士が立場を超えて一番対等にコミュニケーションを取り合える場、として考えました。相手が何を言おうとしているのか、自分はどう伝えようか、みんな深く考えます。コミュニケーションの共同作業の中で、いろいろな気づきがあると分かったのです。

ーー聴覚障害のある方が、無言語コミュニケーション研修では講師役を務めています。

聞こえる人が社会で圧倒的に多い中で、聞こえない人はコミュニケーションの混乱状態、伝わらない苦しみに置かれている時間が長いです。そこで努力している人というのは、伝え方を多く持っていたり、理解する幅を広く持っていたりします。コミュニケーションの混乱状態を収められる人が聞こえない人の中にいると、僕は思っているんです。

共通言語をなくした状態で、その混乱をどう建設的に補助していくか、どう気づきを確保しながら補助していくか、というのはやはりプロフェッショナルが必要だと思います。

コミュニケーションについて講演するサイレントボイスの尾中友哉さん
コミュニケーションについて講演するサイレントボイスの尾中友哉さん=11月、東京都港区、目黒隆行撮影

ーー聴覚障害者の社会での就労状況についてはどう見ていますか。

例えば、職場に耳の聞こえない人を採用して、それで「インクルーシブだ」「共生だ」とするのは違うと思います。共生のレベルとして低い。どんどんアップデートして、つぎの次元って何だろうと考えてみてほしいのです。

関係性の段階として、「EARTH」モデルというものを考えています。最初は「Enemy」で、障害者雇用で初めて入ってくる人をどこが受け入れるのか、各部署でたらい回しにするような。「生産性が下がるから来てほしくない」といった理由をつけて敵視してしまうような関係性です。

次は「Alien」。宇宙人のように「どうやってコミュニケーションを取ったら良いんだ」と。

その次が「Refugee」、つまり、難民とその支援者みたいな関係性です。支援される側とする側、という固定的な見方で関係性が築かれる。

その後が「Talent」。いま、この関係性も世の中で多いと思っています。例えば「我が社の障害者はがんばっていますよ」とPR材料に使ったりして、タレント化してしまうんです。

やはりめざすべきは「Human」。それぞれできること、できないことがあっても、助けて助けられながら、人と人の当たり前の関係を築く。どうやったらこの関係性に進んでいくことができるのか、それを私たちは組織としてどう支えることができるのか、ということを考えています。

「EARTH」モデルについて話すサイレントボイスの尾中友哉さん
「EARTH」モデルについて話すサイレントボイスの尾中友哉さん=11月、東京都港区、目黒隆行撮影

ーー以前と比べて、今は音声を認識して文字起こしするなど、さまざまなコミュニケーションに関わるツールが発達しています。

そうですね、大きく変わってきています。小さい頃から家の電話に出るのは僕の役目でしたし、学校の連絡網など大事な連絡は近所の人に受けてもらっていました。

映画の「もののけ姫」が大ヒットしたとき、友達はみんな家族で映画館に見に行ってましたけど、日本語の映画に日本語の字幕をつけてくれる映画館は珍しく、見に行けませんでした。

いまはスカイプやLINEで両親とビデオ通話することができるようになりました。手話でパパッとやってすぐに反応が得られる。ビジュアルでコミュニケーションが取れる、というのは革新的でしたね。

職場ではビジネスチャットを使い、会議の際は文字起こしのソフトを使っています。映画も、ネットフリックスなどでは字幕の言語も選べますよね。電話が当たり前だった出前も取れるようになりました。環境は変わってきました。

それでも、例えば居酒屋で文字起こしソフトを間に挟んで楽しくやれるかというと、まだその段階ではないですよね。相手の話していることが文字になって見える眼鏡も開発されているのですが、そうすると相手の表情が見られなくなってしまうという問題もあります。技術は発展してきていますが、なお壁はあります。

ーーコミュニケーションについて考える上で、何かきっかけのようなものはあったのでしょうか。

祖父母や両親と振り返って思い起こすのが、保育園の時の遠足です。友達はみんな遠足を楽しみにしていましたが、僕は言葉も遅くて友達がいなかった。行きたくないなと思っていたんです。

山登りをしたのですが、頂上でちから君という子がキイチゴを2つ取ってくれて、一緒に食べたんです。「おいしいね」「おいしいね」って言って、手をつないで山を下りた時に、初めて友達ができたという感覚があったのを強く覚えているんです。

家に帰ってそれをお母さんに伝えようとしたのですが、キイチゴがどうしても伝えられない。泣きそうになって一生懸命やっても伝わらない。そこにお父さんが帰ってきて、車でその山に連れて行ってくれました。そこでキイチゴを見つけて、「これだ」って。

がんばって伝えたら伝わるんだ、報われるんだと思いました。コミュニケーションの可能性について、自分の中で何かが芽生えた日でした。

ーーコミュニケーションには伝わるまで諦めないことが大事だと言っています。

両親は、伝わらない経験をすごく重ねてきたと思うんです。だからこそ、自分たちの子どもが何かを伝えようとしているとき、それを諦めなかったんだと思います。いま、それはすごく大事なことなんだと思っています。

SNSが発達して、誰とも気軽につながれる社会になっています。中には、コストパフォーマンスの良いコミュニケーションというものがあるのかもしれません。

僕は、伝わるまで諦めない、粘り強くコミュニケーションに取り組める力を「スタミナ」と言っています。スタミナは無尽蔵ではありませんよね。限られています。やっぱり、その限られた力の中で、相手が自分に対して熱心にコミュニケーションを取ってくれると、自分もうれしいですよね。コミュニケーションって決してコスパだけでは計れないと思います。

おなか・ともや
滋賀県大津市出身。2016年に株式会社サイレントボイスを設立。17年には同名のNPO法人も設立し、聴覚障害のある子ども向けの学習塾なども開校している。