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店員に話が伝わらない BGMが超大音量の「爆音コンビニ」、仕掛けの裏にある深い意味

World Now
お互いマスクをして必死で意思疎通をしようとする「爆音コンビニ」の参加者=東京都内、鈴木暁子撮影

「爆音コンビニ開店です」。合図で店に足を踏み入れると、大音量の音楽が響いた。買う物が書かれた指示書には「フランクフルト一つ、ケチャップ1個、マスタード1個」。レジで店員に声をかけても聞こえていないし、お互いマスクをしているから口の動きも見えない。

チキンを包もうとする店員に、注文していないと首を振る。ケチャップはにゅるっとかけるしぐさでゲット。でもマスタードってどう伝える? 困っていると、マスクの店員の目が冷たく「は?」と言っているように見える。もう帰りたい。

東京・板橋区で催されたイベント「爆音コンビニ」を訪れたのは、昨年12月のこと。口の動きや表情を見て相手の意思を読み取る聴覚障害者にとって、マスクは大きな壁になっている。誰もがマスクをする社会で、耳の不自由な人がコミュニケーションをとる難しさを疑似体験できる催しだ。

耳が聞こえにくい人たちも、店員役で参加した。「不要なお箸もからしも全部渡される」「金額が表示されないのでわからず、いつもお札で払うから財布はお釣りの小銭だらけ」と、コンビニでの日常的な経験を明かした。

「あれですー」と手を伸ばして店員に伝えようとする「爆音コンビニ」の参加者=鈴木暁子撮影

主催したNPOは、口元が見える透明なマスクの活用を呼びかける。だが理事の尾中友哉さん(31)は、それだけでは解決しないと言う。「例えば『たばこ』と『たまご』は口の動きが同じ。お互いに歩み寄る気持ちがなければコミュニケーションはうまくいきません」

あきらめずに歩み寄る、その大切さを尾中さんは子ども時代に学んだ。耳が聞こえない両親のもとで手話を中心に育ち、5歳ごろまで日本語がわからなかった。保育園に通っていたが、友だちもおらず、いつも泣いていた。ある日、遠足で山へ行った。男の子があるものを手渡してくれ、一緒に食べた。「おいしいね」の意味を初めて知った。母に教えたくて帰宅後に手話を繰り返したが、何時間かけてもそれが何なのか伝わらない。もどかしくて、悔しくて、「母と二人で泣き出してしまった」。

帰宅した父は状況を知り、家族を車に乗せた。遠足で行った山に戻って暗い道を歩き、ついに見つけた。お父さんこれだよ! 3人は同時に理解した、ああこれは、きれいな赤い「木イチゴ」だと。

尾中さんが2014年に創業したSilent Voiceの社員は聴者と聞こえない人が半数ずつ。一般企業に音や言葉を使わないコミュニケーション研修をすると、「コミュニケーションがうまくいかない理由を相手のせいにしていた」と感想が寄せられる。相手に伝わったかどうか、確認しようとしない姿勢を、尾中は「言ったよな問題」と呼ぶ。「聞こえない人たちは粘る。わからない経験をしてきたから、伝わることに価値を置いている」

尾中友哉さん

店員役をした役者の中村ひとみさん(39)は、家族の中で一人だけ耳が聞こえなかった。中学生だったある金曜の夜、食事の時に母親が言った。「明日の朝買い物に行くから9時ぐらいに起きて着替えておいてね」。だが中村さんだけその予定を知らず、翌朝母親に「なぜ起きていないの」としかられた。母も姉も妹も、誰かが中村さんに言うだろうと考えていた。

「その時気がついたのが、私からも今何の話してるのって聞けば良かったなということ。教えてもらうのを待つだけではだめなんだと」。わからないのが当たり前の状況に慣れて、あきらめていた結果、自分だけがしかられた。明日の予定を私も聞くようにするから、みんなも教えてねと伝えると、家族は謝り、聞く前に教えてくれるようになった。「意識を変えるきっかけは自分から踏み込むこと、それが大事かなと思う」

中村さんは、聴者と話すときはいつも頭の中で「予測変換」をしているという。「今日は晴れだねと会話が始まったら、いまの季節は春だから花見の話をするかな?と、この先の会話に出てくる単語を想像して相手の口の形を読み取っています。花見、食べに行く、気持ちいいとか、文脈から次に来るのはこれだなって。想像していない言葉が出ると、ん?とわからなくなる」。聞こえない人と手話で話すときは、見ればわかるので先読みする必要がないので「楽と言えば楽ですね」。マスクで表情が読みにくい毎日の中で、聞こえる人も、聞こえない人と同じように推測しながらコミュニケーションをし始めているのではないか。

マスク生活で、聴者のコミュニケーションのありようは聞こえない人に近づいている。テレビ電話やオンライン会議は、実は手話で交流する人が使い倒してきたツールだ。尾中さんは「表情や体の動きでその人らしさを発信する表現が世の中に増えている」と感じている。