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なぜ私たちはマスク顔の下に「理想の形」を想像するのか 資生堂社員に聞いた

World Now

――人の印象は様々なもので形作られると思います。顔は、どのような情報を発信しているのでしょうか。

顔は人の印象や感情、年齢や国籍など、様々な情報の発信源です。

表情を基本動作のユニットに分け、コード化して記述する表情研究の第一人者であるエクマンとフリーセンという学者は、顔が発信する「シグナル」を大きく四つの要素に分けました。このうち「静的信号」(顔立ち、瞳の色など)、「素早い信号」(表情など)、「ゆっくりした信号」(加齢や環境によるしわなど)の三つは、生の顔にのっている情報です。さらに別の要素がもう一つあるとして、彼らが後に加えたのが技巧的信号です。

例えばめがね、帽子、化粧など、一時的に顔に着けるものを定義したもので、それが人物の判断に大きく寄与するとみたのです。マスクはまさに技巧的信号そのものです。

――印象に影響するアイテムの一つであるマスクを、コロナ禍で多くの人が手放せなくなっているわけですね。

マスクは従来、風邪の予防やほこりの侵入を防ぐなど、予防や保護のための一時的な役割をもつものでした。

ところがコロナ禍の今、マストアイテムになり、常に着けなければいけないものになった。日本で新型コロナウイルス感染症が拡大し始めた2020年の3、4月、マスクを着ける習慣は感染予防や他人にコロナをうつすリスクを下げるためのエチケットや義務から始まったと思います。感染リスクを低くする「付加価値」として、次第にメッシュの構造が密・多重であるといった機能が求められるようになりました。気温が高くなってくる春先にはマスク内の蒸れや肌荒れが問題になり、さらに通気性の高さといった機能が付加価値として求められました。

4~5月にはマスクにファッション性が出てきました。当初は多くの人が不織布のマスクなどをしていましたが、米国のトランプ前大統領が黒色のマスクをしたように、おしゃれ性や見た目がプラスされてきたのです。野球チームの応援におそろいのマスクをするなど、マスクの意味性が拡大していきました。

ファッション性が高まっていた昨夏の時点では、マスクの演出性がもっと広がると思ったのですが、感染拡大が不安な冬になると、またマスクは機能重視に戻ってきました。

■隠れたところに「理想」当てはめる

日本顔学会の理事でもある資生堂・社会価値創造本部の高野ルリ子さん。化粧による心や体への効果、顔の印象に関する研究などを続けてきた=資生堂提供

――マスクを着けると、印象はどう変わるのでしょう。

マスクは顔のかなり大きな範囲を覆ってしまいます。通常、素顔で感じている印象とはまったく違ってくるはずなんです。素顔を見たことのない、知らない人と初めて会う場合には特に、人物印象も違ってくる。ではそのときにマスクの裏側に私たち何を見ているのだろうかと。

そのとき思い出したのが以前おこなった研究でした。今から25年前の1996年、大学の先生方と共同での基礎研究でした。マスクそのものではありませんが、20代の女性32人の真顔と笑顔の顔写真を用いて、目、鼻、口の部分を隠し、さらに化粧の有無も加えた上で、見た人の印象がどう変わるかを短期大学の女子学生32人に回答してもらったのです。

1996年の基礎研究で用いた顔写真の一部。見た人の印象を聞いたところ、「美しさ」に関しては、どこかを隠していた方が評価が上がる傾向が見られた=高野さん提供

それぞれの写真が「美しい」か「好き」かを、「全くそう思わない」(0点)~「確かにそう思う」(3点)で評価してもらったのですが、面白い結果になりました。どこも隠していない時と比べて、隠した部分があるときの方が評価が高かったのです。それぞれの人が感じる美しさに関しては、どこかを隠していた方が評価が上がる傾向がある。マイナスにはならないんですね。隠された部分に、私たちは理想的な形態を想像して当てはめているようだという結果になったのです。

――マスクで顔の一部が隠れていると、想像をたくましくしてしまうのでしょうか。

それもあると思います。「日本顔学会」の発起人でもある東京大学名誉教授の原島博先生が以前話していましたが、どんな姿を「美人」だと感じるかというときに、「夜目、遠目、笠の下」という言葉がある。つまり、ちょっと隠れていたほうが想像力をかきたてられるのだと。私たちが研究を経て解釈したのは、隠れたところに対して、私たちは減点法ではなく加点法で評価しているのだろうということでした。隠れていないところの要素から推測して、最適なバランスを当てはめてプラスの評価をしているのだろうということです。

――別の簡易的な実験では、男性の写真を並べて、顔の一部を隠してみたそうですね。写真を見ると、顔の一部が隠れていても、大きな笑顔を見せていたら笑っていることがわかりますね。

そうですね、ほおが上がり目が細くなる、目尻にしわができる、大きな笑みをすればわかります。ただ、ほほえみ程度だと、表情がちょっとわからない。マスクを着けてコミュニケーションをするときには、オーバーリアクション気味にしないと、視覚的にはうまく伝わらないと思います。見えていないところを私たちは想像するのだけれども、見えているところの情報量がより重要になってくるんですね。

簡易的な実験で用いた男性の顔写真。上右の写真を見ると、大きな笑顔の時は口元が隠れていても笑っていることが伝わる=高野さん提供

――髪の毛でも顔は隠れますよね。前髪を厚めにする髪形が若者の間で流行していましたが、表情はちょっと見えにくくなるかも。

この写真は資生堂が昨年6月に公表したものです。前髪で眉が隠れるなど一部しか顔が見えなくなると、表情がわかりにくくなります。マスクをしたときのコミュニケーションは、顔全体を想像させるような工夫がより必要です。

マスクをしているとき、前髪で眉を覆い隠してしまうと表情が分かりにくく、暗く寂しげな印象になりがちだという=資生堂提供

しっかりと眉全部を見せるのでなくても、少し透けて見えるだけでもいい。眉の存在と動きを見せる。眉は悲しみ、怒り、喜びなどの表情によって動きが激しいところです。肌とのコントラストが高いので、形が認識されやすいところでもあるんですね。

眉やヘアスタイルは顔の「額縁」であり、印象を決める大きな要素です。マスクでここまで顔の面積が見えなくなってしまう状況にあると、見えている部分のメイクでその人らしさを演出するとか、コミュニケーションをスムーズにする演出はより重要になってくると思います。食事の時などにマスクをとって口元が見えるときもあるので、バランスも大切になる。メイクで言えばマスクにつかない口紅やファンデーションが求められてきていますが、マスクと同じで、化粧品も機能性の高いものが重視されるようになっていると感じます。

資生堂が提案する、マスクをしている時の前髪や眉のアレンジ例。軽やかで明るい印象になるという=資生堂提供

■顔を見たい欲求と不完全燃焼感

――初対面からマスクをしている顔しか知らない、ということも増えました。「私らしさ」を伝えにくいだけに、印象づくりは大事ですね。

以前から知っている人なら、マスクをしていても元の顔がわかるので問題はありませんが、初めて会う人と、オンラインでもオフィスでもマスクをしたままコミュニケーションするということもあるでしょう。この場合、最初の印象が「マスク顔」ということになる。実際にフィジカルに会ったときに、まったく違う印象の人もいると思います。

ただこのあたりは、マスクをずっと着けるわけでもないし、例えば別の機会に写真を見ることで顔の記憶形成は補完されますから、人物印象も補完されるだろうと思います。

逆に、マスクをした不特定多数の人、つまり顔を同定できない人が増えていることが、今は気になっています。「匿顔性」と原島先生がおっしゃっていますが、責任の散逸、分散の危険性もはらんでいると思います。例えばゴミを道に故意に落とした時、マスクをしているとその人の匿名性は高くなります。その人は誰なのか限定しにくくなるので、無責任になり得るのではないか、ということも気になっています。

――誰かに怒られても、マスクで顔を隠していると素顔の時ほど気分がへこまない気がします。

そういうこともあると思いますね。数年前に「だてマスク」が話題になりましたが、マスクを顔に着けることで安心感を得られる。皮ふ接触による守られた感覚もあり、自分の表情を読み取られない。一種の他者から隠れるガードになるのです。表情のリアクションをせずに済むため、コミュニケーションとしては一方通行になる。つまりスルーする、されるため、互いの感情への影響力が減少するのだと思います。

海外でも、自分の顔の写真を撮り、鼻から下の画像を布に転写して、ぱっと見だと自分の顔そのものに見えるマスクを作った人もいました。液晶画面を使って、口元の動きを表示するマスクの話題も見たことがあります。やはり人間は顔を見たいんですよね。プラスの関係を築けている時は、顔を見ることでコミュニケーションが促進される部分がある。

ただこれもすべて、ある意味、問題なくマスクを着けることができる人の側からの視点です。一方で、肌荒れを起こすので化繊のものを使えないという方もいます。外見上はわからないので、そういう方には周囲から圧力がかかっているのではないかと思います。聴覚障害のある方は口元の動きを頼りに言葉を読み取っていた情報がなくなっている。つい一方向から見がちですが、マスクができない、しづらいという立場からも考察を進めていくことが必要だと思っています。

――自分も相手もマスクをしているという状態に、私たちはすっかり慣れてしまうのでしょうか。

慣れはあると思いますね。ただ、顔そのものを見たいという欲求があるから、慣れはするけれどもどこか不完全燃焼みたいなものがあるのだと思います。相手に本当に私の話が伝わったのかという確証が、お互いにない状況なんだと思いますね。マスクって便利なものですが、もっと別の観点のものが出てくるかもしれません。ただそれがすぐに一般に普及するわけではないと思うので、機能性と演出性という軸をいったりきたりするのでしょう。

やはりオンラインで画面を通して相手を見る時は、情報量が少ないですよね。リアルで会っているのとは違うので、より言語を使って補おうとするでしょう。ある程度のタイムラグがあるのでコミュニケーションのすれ違いもある。

実際の距離は遠い一方で、イヤホンやスピーカーから入ってくる音声の情報ってとても近く感じませんか?会っている時よりもすごく近い距離から入ってくるんです。そのことによって逆に親しみが出ることもあるかもしれない。両方の面があると思いますね。

――声や集中力など、私たちは今、いろんな機能を総動員させて相手のことを知ろうとしているんですね。

ある意味、脳にはすごい負荷がかかっていると思うんですね。通常と同じコミュニケーションをしようと思ったらいろんなものを補完しないといけない。声のトーンから類推したり、言葉を選んで短く言おうとしたり、みんな工夫していると思います。だから、話の内容によっては顔情報よりも音声に集中した方がいい場合もあるのでしょうね。

5、6年前、こんなにデジタルが便利には使えなかった時期にテレビ会議をすると、顔が見えるだけでうれしかった。でもここからのコミュニケーションはある程度、リアルな、自然なコミュニケーションに回帰していくと思います。何を選択するかということなんです。オンライン会議でも顔を出した方がいいときは出すし、ないほうがいい場合もある。

■自己表現するのは顔だけじゃない

――顔って当然あったほうがいいと思っていたのですが。最近はアプリを使って全然違う顔でオンライン会議をする人もいますね。顔がコミュニケーションの際に必ずしも必要ではなくなっているような気もしています。

そういうところもあると思いますね。ただ、やはりその人との関係の中で何をコミュニケーションに求めるかですよね。短い時間で仕事で必要な情報だけが欲しいということであれば、余分な情報はマイナスした方がいいし。おじいちゃまおばあちゃまとお孫さんという場合なら、多分、余分な情報のほうが価値があるでしょう。お孫さんのちょっとしたしぐさとか、趣旨とする文脈と違うものが豊かさにつながっていたりするので。こういったことを通じてコミュニケーションや顔の意味を考えさせられる時代にあらためてなっているのかなと思いますね。

――とはいえマスクがマストの時代、どういうことに気を配ってコミュニケーションをしたらいいのでしょうか。

一言でいうと、やはり自分の顔に対して客観性をもち、責任をもつということでしょうか。顔はやはり見られる存在です。マスクをしてもしなくても。見られる存在である顔を自分がどう調整していくかが求められていると思います。マスクをした顔じゃなくて、その裏側にある人物像を人は推し量っている。これまで以上に意識をしていかないと、伝わり方がまがってしまう危険性がある。

――これまで顔で勝負できた「美男美女」も、さらに自分磨きをしないといけないかもしれませんね。

声のトーンや全体の身だしなみ、動作も一体としてとらえていくことが自己表現につながるのだと思います。「人は見た目が8割」という言葉が独り歩きしていますが、元になった研究はそもそも、「表情と言っている内容がミスマッチ」である場合や、「声のトーンがミスマッチ」の場合などの組み合わせで、何が一番印象を判断するときに重要視されるかを検証したものでした。

怒った顔で「君を愛しているよ」と言うのと、にこにこ笑って言うのではどうかというように。その実験では表情が一番重きが高く、次に声のトーン、言語情報は一番最後でした。いまのオンラインコミュニケーションでは言語化が必須で、言語の比重が増えているとは思いますが、それを言っているときの顔の表情や声のトーンが複合されて、人に伝わるメッセージになっていくということだと思います。

高野さんの文献:
桐田隆博・遠藤光男・阿部恒之・高野ルリ子 (1996).顔の魅力に及ぼす化粧と表情の効果―評定項目と評定方略の観点からー フレグランスジャーナル