文化も世代も違う人々が、互いに安心して暮らせるような環境を実現するにはどうしたらいいのか。地域住民とともに、課題解決を図る学生のボランティア団体が「芝園かけはしプロジェクト」だ。2015年2月に団体が立ち上がり、ちょうど4年半が経つ。現在、大学生・高校生合わせて50人ほどが活動に携わるという。
ーーもともとなぜ活動を始められたのですか?
代表の圓山王国さん:2014年秋に、芝園団地で祭りがありました。その祭りに、いろいろな大学から学生がイベントスタッフとして参加したことが、芝園団地と大学生との接点が生まれたきっかけです。
芝園団地の自治会の方は、外国人の方とのコミュニケーションを進めていかなくてはいけないという意識はあったものの、自治会だけでは対応に苦労していたようで、外部の学生を呼んでみてはどうか、という意見が出たようです。
学生が住民の方々とでお話しするなかで、文化と習慣の違いからさまざまなトラブルが起きているという話を伺う機会が多く、自分たちにも何かできないかということで、有志がボランティアとして2015年に団体を立ち上げました。
ーー実際に、芝園団地ではどのような問題が起きていたのですか?
圓山さん:芝園団地は1990年代後半から外国人の方、特に中国人の方の人口が増えていきましたが、文化や習慣の違いから、いろいろなトラブルが起きたそうです。
例えば、分別の方法がわからないといった、ゴミ出しの問題。また、中国の方々は夜遅くに外で夕涼みをする文化があるのですが、それがどうしてもうるさいと感じてしまうという“騒音”問題。もともと住んでいた方のどんどん不満が溜まっていくという状況があったと伺っています。
また、そういうトラブルがあっても、言葉が通じず、コミュニケーションが取れないという問題もありました。なかなか接点が得られず、相互不理解が生じてしまっていたそうです。
ーーそれらの現状を踏まえた上で、具体的にどういう活動をされているのですか?
圓山さん:大きく2つの取り組みをしています。1つ目は、月1回開催する何か接点が持てるような関係や安心できるコミュニティをつくるための交流イベント。書道や太極拳、持ち寄りのランチ会や、中国人の住民の方が講師の中国語教室などをやってきました。
もう一つは、外国人の住民の方向けに、「芝園ガイド」という団地での暮らし方や生活習慣などを分かりやすく書いたパンフレットの作成です。日中両言語で書かれていて、どうしてそういうルールなのかということを理由を含めて説明しています。
ーー副代表の菅沼さんは帰国子女だそうですね。
副代表の菅沼毅さん:はい。もともと中国に15年ぐらい住んでいました。日本に帰ってすぐの時から生活に問題ない程度には日本語ができたのですが、例えば、たまに病院に行くと専門用語が出てきて全然分からず、そういう万が一の時や緊急時に不安を感じました。芝園団地に住んでいる人たちも、旅行ではなく長期で住んでいてそういう不安を感じている人が多いので、生活面のサポートができたらいいなと思っています。
ーーいろいろなバックグラウンドの「第三者」が集まって、「かけはし」となるプロジェクトを行う意義は何だと思いますか?
圓山さん:文化や習慣が違う者同士が二者いたとして、新しい交流の場をつくりましょうというのは心理的に難しい部分もあると思います。もともと接点もないし、複雑な心情も入っている。そこで、我々のような第三者が、つなぐという役割を担いやすいのだと思います。
ーー文化も世代も違う方々が一緒に暮らす上で、一番重要なことは何だと思いますか?活動を通じて感じていらっしゃることを教えてください。
圓山さん:「一緒に暮らしていく」という言葉の中にも、仲良く暮らしていこうという側面と、大きなトラブルになることもなく、お互い静かに暮らしていこうという側面の両面が含まれると思います。
活動をしていく中で、全員が交流をしたいわけではないのだということを深く感じました。関係が築けるような場所も用意しながらも、静かに暮らせる面もサポートしながらやっていくことが必要なのかなと、活動をしながら考えています。
菅沼さん:大事なことは、やはりコミュニケーションをとることだと思います。日本人同士でも隣人トラブルにはなり得ますし、トラブルが起こることを完全に避けるのは難しいですよね。国や文化が違う人同士だと、言語の壁もあるし、接点が少ないので、より難しいのです。
交流イベントで、日本人のお年寄りと中国人の子育て世代の方がたまたまお話されていたのですが、実は隣同士だということが分かって。もし災害等が起こってもより安心できるのではないかなと思います。
ーー活動を通じて見えてきた、課題はありますか?
菅沼さん:団地に住んでいる外国人の方は三世代で一緒に住んでいることが多いんです。一番下の若い世代は、日本の学校に通っていて、日本語と中国語が両方できて、そのパパママは仕事をしているので日本語がある程度できるのですが、その上のおじいちゃん・おばあちゃん世代は全く日本語が分からない人が多いんです。
活動している中でも、そのおじいちゃん・おばあちゃん世代は言語が壁となって、イベントにもあまり参加しません。高齢者世代なので病院に行く時などに本当に困っている世代だと思います。
圓山さん:パパママでも、仕事をしている方は日本語をしゃべれる方が多いんですけど、例えばパパについてきたママなどは日本で暮らしているだけなので、必ずしも日本語がお上手というわけではありません。子どもを保育園や幼稚園に預けたいときに、親が日本語を喋れないという理由で預かってもらいづらいという話も聞きます。また、出産の時に通訳がいる病院をわざわざ選ぶという話も聞いたことがあります。
ーー翻訳アプリなど「言語の壁」をテクノロジーを活用して越えようとしている企業があります。
圓山さん:言葉が通じないのが心配だから、あまり交流の場に行かないというご意見を聞いたことはありますので、面白そうだな、話してみようかなというきっかけになるでしょうね。これで伝わるんだ、コミュニケーションをしたいというモチベーションを生む意味でもいいと思います。
ーー最初に、「はなして翻訳」が生まれた経緯を教えてください。
鄭さん:ドコモは2020年に向けて掲げている企業のビジョンの1つに、国と地域を超えて、豊かな世界に貢献するというテーマがあり、多言語支援のサービスに取り組んでまいりました。
弊社は、いろいろな制約があって自分らしさを発揮できないでいる方々に、テクノロジーの力で寄り添い、一人ひとりが自分らしさを発揮できる社会の実現をめざす活動を「ForONEsー世界は、ひとりの複数形でできているー」として掲げてもいます。その一つとして「はなして翻訳」があります。
ーー鄭さんご自身は中国ご出身で、来日して13年になるそうですね。
鄭さん:はい。中国で大学を卒業してから来日し、最初に日本語学校に入りました。大学院を経て、ドコモに入社しています。来日当初、日本語は勉強してきたつもりではいましたが、実際に会話をすると、全然何を話しているか分からなくて。とりあえず「はい」「すみません」「ありがとう」だけは言えるようにしました。
ーーどんな場面が一番大変でしたか?
鄭さん:来日して、初めて銀行口座を作るとき、「外国人登録証が発行されないと、銀行口座は開設できない」という話をしたのですが、3回ぐらい同じことを言われても理解することができませんでした。説明してくれた方はいつも笑顔で対応してくれて、そのことにすごく感動しつつ、申し訳ない気持ちがあって。その時は、翻訳アプリがあれば便利だったなと思いました。
ーー子育ての面での苦労もありそうです。ドコモが行った、日本在住外国籍の25~49歳男女200人を対象にしたアンケート調査でも、「子どもより自分の方が、周囲の日本人との日本語のコミュニケーションで苦労していると思う」と設問に、69.5%の人が「とてもそう思う」もしくは「ややそう思う」と回答していますね。
鄭さん:そうですね。中国には、子どもの面倒を親が見てくれるという文化があります。私も母親が日本に来て、子どもの世話をしてくれましたので、よくわかります。
その際、母は日本語が分からなくても、スーパーなどでの買い物は一人でできたのですが、病院にはいけませんでした。私が仕事でどうしても一緒に病院にいけなかったとき、いつも行っている病院でもあったので、翻訳アプリを持たせて行かせたことがありました。
在日外国人でも言葉が通じないと、日本の良さを理解し、楽しむことが難しいと思います。少しでも言葉の問題を解決できればと思い、もっと使いやすいUIと便利な定型文などを検討したいですね。
ーー今後、「はなして翻訳」はどのような展開をしていかれるのですか?
鄭さん:今後ますます訪日外国人が増えていくので、その時に日本人、外国人双方が使えるコミュニケーションツールとして活用してもらえるように取り組んでいます。
また、法人のお客様と協力して、在日の外国人の方、訪日の観光客の方に向けた環境づくりも進めています。具体的には、買い物のシーンや交通機関での活用が進んでいますが、今後は更に役所や病院などコミュニケーションが難しい場面でもよりスムーズに対応できるようにしていきたいと考えています。
ドコモは、皆様が安心安全かつ快適に、そして豊かに暮らすことができる社会を目指しています。この「はなして翻訳」でも、お困りでいらっしゃる皆様にお力添えが少しでもできればいいなと考えています。