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職場コミュニケーション、もし「言葉」を禁じたら…村田製作所の「無言語」研修の狙い

World Now 更新日: 公開日:
ジェスチャーで自分と同じ仲間を探す研修に参加する出雲村田製作所の従業員
ジェスチャーで自分と同じ仲間を探す研修に参加する出雲村田製作所の従業員ら=11月、島根県出雲市、目黒隆行撮影

午前8時過ぎ、工場へと向かう道には、車や徒歩で出勤する人たちの列ができていた。島根県出雲市にある出雲村田製作所。

7000人以上が働くこの工場では、スマホや車に欠かせない電子部品の積層セラミックコンデンサーを生産している。世界各地に拠点を持つ村田製作所グループの中でも、最大規模の工場の一つだ。

出雲村田製作所
出雲村田製作所=11月、島根県出雲市、目黒隆行撮影

11月中旬、「無言語コミュニケーション」なる研修が開かれると聞き、取材に向かった。研修室に集まったのは、部門長や課長、係長クラスなど役職者の18人。言葉を使わない無言語の空間でコミュニケーションを図ることで、伝えようとする姿勢や相手を理解する力、忍耐力などを向上させる目的だという。

和やかな雰囲気で始まった研修だったが、社外講師の一人、竹下善徳さん(32)がマイクを持つと空気が一変した。

聴覚障害者の竹下さんは、話せるが聞こえない。一人ひとりの目を見ながら、時に身ぶり手ぶりを使って研修の狙いや流れ、「諦めてはだめ」というルールを説明していく。次第に、「今日は本当にしゃべってはだめだ」という覚悟のようなものが部屋に満ちていった。

「相手に合わせて表現変えて」

研修の一つ、「仲間探し」は自分と同じカードを持っている仲間を見つける課題で、他の人が何を持っているかは分からない。

「生卵」のカードを持つ人が、手で丸を作ったり、鳥が羽ばたくまねをしたりすると、それを見てすぐにたくさんの仲間が「自分も同じだ」と集まってくる。「すぐに見つかって良かった」とニヤリと見やって講師を呼び、カードを一斉に開けると、実は「ゆで卵」や「ニワトリ」のカードを持つ人ばかり。

その後は、「火は通っているか」「割れるか」「ニワトリかヒヨコか(ヒヨコのカードもある)」といった細かな点を身ぶり手ぶりで確認していく参加者が増えていった。

分かりやすいジェスチャーを誰かが始めると、それがすぐに広がっていった。コロナ禍でマスクが顔の大部分を覆ってはいるものの、目を見れば伝わったかどうかが分かるのが印象的だった。

社外講師の桜井夏輝さん(32)は、研修後の振り返りで「『自分の伝え方は正しい』と思い込んでいると、このワークはクリアできない。相手に合わせて表現を変えられるかどうかが大事」と種明かしした。

無言語コミュニケーション研修の説明をするサイレントボイスの竹下善徳さんと桜井夏輝さん
無言語コミュニケーション研修の説明をするサイレントボイスの竹下善徳さん(左)と桜井夏輝さん=11月、島根県出雲市、目黒隆行撮影

参加者から「本気でコミュニケーションを取ろうとすると、すごくエネルギーを使って疲れることが分かった」という感想が出ると、「コミュニケーションには、伝わるまで諦めない『スタミナ』も大事な要素の一つ」と強調した。「好きな食べ物を説明する」という課題でも、手を変え品を変え、相手に伝わるまで諦めずに試行錯誤する参加者が多かった。

出雲村田製作所で製造部の研修に携わる中川雄一朗さん(52)は「『傾聴』などコミュニケーションに関する学びを取り入れてきていたが、『無言語』は未体験。希薄になりがちな日々のコミュニケーションをいま一度皆に考えてもらいたい」という思いから企画したという。今回の「無言語」研修には計約120人が参加した。

部門長の宮本健さん(51)は、今年7月に別の拠点から異動してきたばかり。「規模の大きい製造部門には、大きいがゆえの悩みがある。職場と職場の壁、コミュニケーションの不足感。これまでの経験だけで組織の活性化につなげられるのか」との思いを抱いていた。

研修では「伝わったとき、共感できたときの喜びを一番、感じることができた。所帯の大きい部門だからこそ、現場の一線で働いている皆さんと共感できるレベルまで伝え合うにはどうしたら良いか、考えるヒントを得ることができた」と話した。

無言語コミュニケーション研修を企業や自治体向けに実施している株式会社サイレントボイス(大阪市)では、聴者と聴覚障害者が1:1の割合で働いている。聞こえるか聞こえないかという違いを乗り越えてきた経験を生かし、コミュニケーションの壁と向き合う研修プログラムを策定。これまで、村田製作所グループやトヨタ、オムロンなど計約600社で、3000人以上を対象に研修を行ってきた。

聴覚障害者が持つ強み

コミュニケーションにおいて、聴覚障害者の強みはどんなところにあるのだろう。ノートに書いて竹下さんに尋ねると、「第一に表現力。声や言葉ではない、ジェスチャーなどの身体表現力が大きい。もう一つは、質問の観点が違う。聞こえる人はだいたい分かっていればそれでOKとしてしまうけど、細かいニュアンスまで確認するんですよ」という。

言葉の意味は合っているか、自分や相手の認識に違いはないかなど「細かい所も『分かった』となるまで聞く」ところだという。聴者が普段何げなく読み取っている言外の情報をいかにくみとるかが大切なのだという。

サイレントボイスを2016年に立ち上げた尾中友哉さん(33)は、聴覚障害者の両親のもとで育った聴者で、「手話が母語」だという。障害者も聴者も対等に働ける社会をめざし、研修や教育支援、講演活動などさまざまな取り組みを進めている。

両親とコミュニケーションを重ねてきた経験から、「『伝える』ではなく『伝わる』が大切」だと気づいた。「『伝える』は一方的な行為で、プロセスの一部でしかない。それに対して、『伝わる』というのは結果。コミュニケーションで求められているのは『伝わる』ことだと考えている」という。

「伝えることを諦めたり、伝わらないことを人のせいにしたりする人がいる一方で、粘り強く伝えることを諦めない人もいる。コミュニケーションが成長するというのは、諦めない中で内省したり、気づきを重ねたりすることによって実現するんじゃないでしょうか」と尾中さんは話す。