■バリアフリーに「偏り」 当事者の声生かす
ミライロはバリアフリー化やユニバーサルデザインのリサーチやコンサルティング事業が主な事業。商品開発や店舗デザイン、接客サービスなど、対象は多岐にわたる。力を発揮するのは登録している障害者など当事者のモニターだ。その数約5000人。身体障害や視覚・聴覚障害など、様々な障害の人がいる。
「当事者たちの声を届けられることが何よりの強みです」。自らも骨形成不全症という難病で、車いすユーザーでもある垣内さんは話す。
モニターの人たちは、ウェブのアンケートからインタビュー、施設などのアクセスや使いやすさを調べる調査、さらには客として実際の店舗を訪れ、接客を確認する覆面調査も担当する。
モニターの人には数百円から数千円の報酬を支払う。これは「質の高いレポートのため」と垣内さん。「障害者への調査というと、どうしても福祉の枠で考えがち。これはマーケティングの一つ。そして障害者の社会参加という意味もあります」
2009年にミライロの前身の事業を始めて12年。2016年に障害者差別解消法が施行され、事業者には社会的な障壁を取り除くための「合理的配慮」が求められることになった。今年はコロナ禍で無観客ではあったが東京パラリンピックも開催され、社会のバリアフリー化はぐっと進んだと感じている。「多くの企業がバリアフリーやユニバーサルデザインの導入に前のめりになっている」
だが問題は、「事業者がバリアフリーを進めるうえで、いまだに『なんとなくこうじゃないか』という仮定しかないこと。そして、その仮定がとても偏ったイメージになってしまっている」ことだと話す。
車いす対応なら幅広い通路をつくる、聴覚障害者の場合は筆談道具を用意する。間違っているわけではないが、それだけでは不十分なことが多い。当事者の生の声を提供することで、そんな特定のイメージに偏らない、具体的な解決策を提示してきた。
例えばホテルのバリアフリー客室のリニューアルでは、図面の段階から改修するべきところを指摘、ホテルのホームページにはエントランスやエレベーターの幅、車いすでも届くシャワーヘッドの高さや移りやすいベッドなど、部屋の見取り図を公開して利用者が安心できるようにした。
あるフレンチレストランでは、オープン前に車いすユーザーや視覚・聴覚障害者を接客するロールプレイをして、課題を見つけていった。車いすが通りやすいスペース、テーブルを低めにしたところ、ベビーカーを使う母親たちの間でも口コミで「子連れに優しい」と評判になったという。
■「どうされますか?」の一言が大事
日本の街のバリアフリー化は、ハード面を見ると諸外国と比べても進んでいると垣内さんは言う。
「パラリンピックもきっかけになって、駅など、公共交通機関のバリアフリーは特に進みました。ハード面の課題は、その『点』のバリアフリーを『線』に、そして街全体の面へと広げていく段階だと思います」。
これまでに1万五千件以上のモニター調査や、大学や自治体など約200件のユニバーサルデザインのマップやサイン作りなどのコンサルタント事業を行ってきた。
だが、ハード面での整備や対応のマニュアル化ではどうしてもカバーできないものがある。
例えば垣内さんが食事しようと入った店では、車いすのまま食事ができるよう、テーブルの椅子を動かしてくれることが多い。「私にとってはありがたい対応だけれど、同じ車いすユーザーでも普通の椅子に移れる人もいるし、椅子で食事をしたい人もます。必要なサポートはそれぞれ違うんです。そこで必要なのは、個々の対応より『どうされますか?』と、相手のニーズを尋ねるひと言なんです」
ハード面でのバリアフリーが進んでいない国でも、困っている人がいたら気軽に声をかける人が多ければ、障害者は安心して街に出られる。
「ハード面のバリアフリーと同時に、これからはハートのバリアフリーが必要です」
「障害者向けの特別な対応」の前に、自分とは違う誰かのことを考える、困っている人がいれば助け合う。そんなマインドを培うこと。
そこで、施設の設備や案内板などのハード面での具体的な提案と同時に、ミライロが力を入れてきたのは、「どういうサポートをすれば良いのか分からない」という声に応えるための研修と「ユニバーサルマナー検定」だ。
「ユニバーサルマナー検定」は障害者だけでなく、高齢者や子連れの人、外国人、性的少数者など多様な人々の視点や特徴をまず知ること。そしてアクションを起こすための具体的なサポート方法を学ぶカリキュラムを、当事者らが監修した。これまでに600を超える企業や教育機関などで実施された。
助けたい気持ちはあっても、どうすればいいか分からない。「つい口にしがちな『頑張ってね』という言葉も、励みになるひともいれば、重荷になるひともいる」。ユニバーサルマナーは、そんな人が自信を持って行動できるようにするためのものだ。
■ 当事者たちの負い目なくしたい
心理的なバリアフリーを実現するためのもう一つのツールが、アプリ版の障害者手帳「ミライロID」だ。
障害者手帳は、身体や精神などの障害の種類ごとに自治体が発行するもので、鉄道や映画館などで割引や福祉サービスが受けられるものだ。だが自治体ごとに細かな違いがあり、手帳のフォーマットは250以上。サービス提供側が提示された手帳が本物かどうかやサービスの対象になるのかを一つ一つ確認するのは「面倒な仕事」になってしまっていた。
「ミライロID」はこの手帳を電子化したもの。国も公的な証明として認め、スマホ画面での提示が可能になった。
電子化しアプリにすることで、障害者がさまざまなサービスを使うのに感じる負い目を減らすのも狙いだ。
手間をかけさせる申し訳なさから「すみません」と言いながら出していた手帳を「IDあります、とお店のポイントカードを使うぐらいに手軽なものにしたかった」。
2019年に6社から始まり、現在、自治体のほか、全国の鉄道会社や航空会社などの公共交通機関を始め、レジャー施設など計3090の事業者が対応している。
テーマパークでは障害者割引を利用する際、窓口に出向いて障害者手帳を示さないとチケットが買えないケースもあった。そこでオンラインチケットが購入できるなどの機能もつけた。飲食店やコンビニで使えるクーポン機能もある。
導入したあるサッカーチームは、オペレーションが簡素化し、利用率も上がったという。
克服ではなく新たな価値をつくる
手伝ってもらうことに対して「申し訳ない」という気持ちは、垣内さん自身がかつて感じたものだ。常に誰かの手を借りる生活に、かつては自尊心も損なわれた。
高校に入学後、自分の障害を克服して自分の足で「歩きたい」と休学。親元を離れ、手術を受けてリハビリに熱中した。結局、歩けるようにはならなかったが、「やりきった」と納得できた。
学生時代にIT企業で「修行」させてもらおうとバイトとして営業の仕事をした。車いすの営業が珍しかったのか、顔を覚えてもらい、成績も良かった。
当時の上司が「障害に誇りを持て」と言ってくれた言葉が心に残っている。
障害を「克服」するのではなくて、持っているものを生かせば、障害が新しい価値になる。そう感じた経験だった。
「自分の障害と向き合い続けることで、何か生かせる瞬間、価値に変わる瞬間がある」
垣内さんは、その価値が新たなマーケットを生むと考えている。
国内の障害者は936万人。彼らのニーズの延長線上には、高齢者4000万人のマーケットがある。「当事者の人たちには色んなことをあきらめて欲しくないし、社会は彼らを応援して欲しい。そのためには、まず一人一人違う彼らの言葉に耳を傾けて欲しい」