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「障害を強みに」かけ声だけじゃない 高い定着率を支える独自の職業訓練、秘密は

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発達障害の人にとって「視覚化」はスムーズに仕事を進めるための工夫の一つ。写真で例を確認しながらチェックしていく

■発達障害ならではの難しさ

この会社は、Kaien(カイエン)。2009年に生まれた。

発達障害は脳機能の障害で、コミュニケーションや社会性の障害、特定のものへのこだわりなどがある場合が多い。主な種類に、ASD(自閉スペクトラム症)、ADHD(注意欠陥・多動障害)、LD(学習障害)などがある。文部科学省の2012年の調査では、小中学生の6.5%が発達障害の可能性があるという。2018年の厚生労働省の推計によると、発達障害と診断されている人は約48万1千人いる。

ASDなら場の空気が読めない、自分のやり方にこだわるといった元々の特性を理解してもらえず、人間関係がうまくいかなかったり、失敗を繰り返したりして、不安やうつなどの二次障害を伴ったりする人もいる。

発達障害も厚労省の「障害者雇用促進法」の対象だが、見た目では障害が分からないこと、同じ障害でも逆の特徴が現れることもあるなどから理解されにくく、雇用する側は二の足を踏みがちだ。

いったん雇用されても、長く続かないことが多い。障害者職業総合センターの「障害別の職場定着率の推移」(2017年)によると、発達障害の人の就職後1年後の離職率は28.5%だった。

そんな中で、Kaien2012年に就労支援を始めた。15年に、それまでに就職した300人を調べたところ、1年後の離職率はたった5.1%だった。

この定着度の高さ、秘密はどこにあるのか。

 

「訓練に入る前に、まず本人と面談して『アセスメント』をします」と鈴木さんは言う。

 

利用者にこれまでの経歴や、職種の希望、将来どうしたいかなどについて聞き取る「問診のようなもの」だ。さらに簡単なチェックで、得意なことや苦手なことをざっと見る。

 

鈴木さんは、利用者がどのような仕事ならできそうか、経験からこの時点である程度は見通せるという。

「得意/不得意」自分が納得する

だが、Kaienの真骨頂はここからだ。100を超える様々な職種の体験プログラムが用意されていて、利用者本人と相談もしながらプログラムを組み立てていく。

 

「訓練は、子どもが職場体験をするキッザ二アのようなものです」

8月下旬、Kaien秋葉原サテライトで行われたグループワークを見せてもらった。実際に古本を販売するネットショップ「こしょこしょ あきはばら」のグループワークだ。 

この日事務所に集まったのは20代から30代の5人。それぞれ店長、副店長、経理などの役職を持って働く。Kaienの講師が「上司」役として、相談に応じたり作業を確認したりする。

 

店長役の男性が朝礼で「本日の注文は1件です」と、ホワイトボードにそれぞれの役割を書き込み仕事が始まった。

 

商品の古本は寄贈されたもの。本の段ボールを開けて廃棄するものをより分け整理する。一冊一冊の本の状態を確認して、シミや汚れなどをメモし、タイトルなどとともにPCに打ち込んでいく。担当者のそばには、視覚的に分かりやすいよう、シミや汚れを例示した写真をプリントしておいてあった。 

在庫管理やメールのやりとりなど実践的な訓練を受ける

古本にやすりをかけるなどのクリーニングをし、注文のあった商品は輸送時に傷つかないように決まった手順で梱包する。少し迷ったときには「上司」に相談し、手が空けば、同僚の仕事を手伝う。オンラインでこれまでの売上データをグラフにする業務についている利用者もいる。

 

発送、お礼や完了のメールの送信まで、それぞれの業務を2時間弱で終えた。

 

なるべく実際の仕事と似た状況をつくることで、どんなところでつまずくか、どういう環境なら仕事がしやすいかを体験するのが狙いだ。それぞれの役職は数カ月で希望も聞きながらローテーションするという。

 

Kaienにはこのようなネットショップのほかにも、総務や営業、マーケティングやプログラミングなど、100種類以上の体験プログラムがある。事業所は東京、神奈川、大阪などに計13箇所。登録者は1万人を超える。いまはコロナ禍のためオンラインで行っているものがほとんどだ。

 

ほとんどの利用者が、訓練を始めて半年から1年で就職に至るという。

 

「何より大切なのは、訓練を通じて『自分はこういうことができる、こういうことができない』と本人が納得すること」と鈴木さんは言う。「障害者雇用」だからといって本人の納得感がないまま妥協して決めても、仕事は続かないからだ。 

■受け入れ企業も求められる工夫

Kaien秋葉原サテライト

本人も、そして企業側も納得して力を生かせる雇用を目指す。

鈴木さんがそんなKaienを起業するきっかけになったのは、当時3歳だった息子が発達障害と診断されたことだった。MBAの留学のために渡米する3日前のことだったという。

最初はショックが大きく、ビジネスの勉強をしながらも「発達障害」のテーマが常にあった。「息子を守るだけじゃなく、彼自身が社会貢献できるようになるには」を考えるうちに、「発達障害の人の力を活用するビジネス」を自然に目指すようになったという。

Kaienは200以上の企業で採用支援の実績がある。目指すのは、障害者雇用枠のための数あわせではなく、戦力になる障害者雇用だ。

例えばYahoo! JAPANにはモバイルアプリのテストエンジニアとして採用された。集中力や細かいところに気づくという特性に期待をかけた採用だった。

発達障害の人の「強みを生かす」という言葉通りの採用だが、鈴木さんは「彼らの『特別な能力』に期待しすぎないで」と話す。

 

必要なのは、業務にきちんと優先順位をつけたり、指示を小分けにしたり視覚化したり、納期を緩く設定するなど、小さな工夫の積み重ねだ。今後は契約時に職務内容を書いた「ジョブ・ディスクリプション」を作るといった体勢も必要だという。

 

Kaienで職業訓練を受け、2020年の2月、ウェブ系の広告代理店に就職した東京都在住のMさん(31)は、「Kaienでいろんな仕事の体験をしたことがすごく生きている」と話す。

 

ADHD(注意欠陥多動性障害)とASD(自閉症スペクトラム)の複合障害と診断されたのは大学入学前。卒業後、国立の職業訓練校で経理などを学び、障害者雇用に特化した人材派遣会社に登録したが、軽作業の仕事ばかりで能力が生かせていると思えなかった。1年ほどで退職。その後ネットでKaienを見つけて登録した。

 

Mさんは一つのことに集中し過ぎてしまう「過集中」の傾向があり、マルチタスクが苦手だ。

 

最近、事務所の移転があり、マルチタスクでこなさなければいけないことが大量にあった。上司も初めてのことでマニュアルもない、Mさんにとって「一番苦手な状況」だった。

 

それでも無事に移転作業が終わったのはKaienでの体験が生きたからだ。

 

具体的に作業を表に書き出して優先順位をつける、トラブルになりそうなことは上司や同僚に早めに報告・相談を心がける。「一番良かったのは『ホウレンソウ』の意識付けが出来たこと。あとは様々な業務の体験ができたので、自分で工夫して対処することができました」。

 

職場のフォローもある。配慮して欲しいこととして伝えている「過集中」については、上司が様子をみて声がけをするようにしているという。「自分でも自分の状況を客観的に見るようにしようとは心がけていますが、声をかけてもらえるのは助かっています」。

 

Mさんはいまも仕事のことについてKaienの職員に相談するようにしている。これは、離職率の高い障害者の就労をフォローするため、厚労省が18年から実施している就労定着支援制度を利用しているもの。最大3年のフォローが可能だ。 

■職場環境の改善、全ての人に恩恵

Kaienの鈴木慶太・代表取締役

「マルチタスクが苦手」「不注意」「急な予定変更に対処できない」…発達障害の特徴とされる特性だが、心当たりがある人も多いのではないだろうか。発達障害は、明確に診断はされていなくても、同じような傾向を持っている「グレーゾーン」の人を含めると、人口の10パーセントという推計もある。

 

どういう環境ならその人の能力が生かせるのかを考えること。それは、発達障害の人に限らず必要な視点と言える。そこに「優しさ」や「福祉的な発想」は絶対的な条件ではない、と鈴木さんは言う。

 

「誰にでも分かりやすい管理や伝達方法」を徹底すること。Kaienではそれを「ユニバーサルな管理法」と呼んでいる。

 

「発達障害は実はどこにでもいる人たちだし、その人たちの助けになりたいと思っている人たちもたくさんいる。そして、少数派ではあるけれど、とても強い力を持つ人たちでもある」と鈴木さんは考えている。