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E-Traノート、学校のお便りを多言語でweb送信 外国ルーツの子・保護者を取り残さない

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E-Traノートの画面
「お弁当と水筒を持ってきてください」という内容をポルトガル語で表示しているE-Traノートの画面。弁当のイラストも添えられている=目黒隆行撮影

8言語、2万通り以上の連絡文

「給食の白衣を洗濯して戻してもらう」「弁当持参を伝える」「悪天候のため明日の登校を遅らせる」。凸版印刷が運営する学校向けウェブサービス「E-Tra(イートラ)ノート」には、学校から保護者への連絡事項が500以上、定型文として登録されている。

持ち物や提出期限などを組み合わせると、作成できる連絡文の種類は2万通り以上。教員が文面を作って送信ボタンをクリックすると、日本語はもちろん、ポルトガル語、中国語、フィリピノ語など、保護者ごとにあらかじめ登録された言語になってメールが届く。

作成した連絡文はその場でコンピューターが翻訳するのではない。誤訳を避けるため、あらかじめプロの翻訳者が定型文を翻訳している。必ずしも必要でない時候のあいさつなどは省き、伝えたい連絡事項だけに特化した。現在は八つの外国語に対応しており、来年度以降はさらに増やしていく計画だ。

E-Traノートの画面
E-Traノートの画面=目黒隆行撮影

アイデアを生み出したのは、外国人児童生徒教育が専門の宇都宮大国際学部客員准教授、若林秀樹さん(60)。もともと栃木県内の公立中の英語教師で、南米からの労働者が増えてきた1990年代後半から、ブラジル人生徒らに日本語を教えるなどしてきた。

日本語が不得意な保護者の元へは自作のポルトガル語のノートを片手に訪問し、単語を指さしながら必死で子どもの学習の様子を伝えた。親から信頼を得られるようになると、次第に子どもたちが落ち着いて学べるように様子が変わっていったという。「100%通じなくてもいい。少しでも思いが伝われば、向こうも歩み寄ってきてくれる」と実感するようになった。

若林さんの取り組みは評判を呼び、各地の学校関係者から「外国人とどのように関係を築いたら良いか」「家庭にこういった内容を伝えたいが訳してくれないか」などの問い合わせが来るようになった。「どこの学校も同じような課題を抱えている。なんとか効率的に解決できないか」と考えていた。

コロナきっかけに凸版印刷が注目

連絡帳のアイデアは、そうした経験から生まれたものだ。2019年、総務省の翻訳アイデアコンテストで最優秀賞を受賞。「さあ、これからだ」と意気込んでいたが、企業からはなかなか実用化の声がかからず、「悶々(もんもん)としていた」と若林さんは振り返る。

潮目が変わったのはコロナ禍がきっかけだった。突然の休校、検温のお願い、オンライン授業……。学校現場からは、言葉の壁がある保護者とのやりとりがうまくできないと、多くの声が上がっていた。デジタル教材の導入などで学校と付き合いがあった凸版印刷でも、できることがないか社内で検討が進められていた。そこで、若林さんのアイデアをビジネス化することに決まった。

凸版印刷でE-Traノートに携わる永野量平さん(43)は「教育現場に(新しい)インフラのようなものを作ることになる。事業として継続的に成立できるようにするのがポイント」と話す。

外国語だけでなく日本語の連絡も日本の保護者向けに同時に送ることができ、「デジタル化で既存の仕事をやりやすくすれば教員の負担も減らせる。誰でも簡単に使えるよう工夫を重ねた」という。

E-Traノートを開発した若林秀樹さんと永野量平さん
E-Traノートを開発した若林秀樹さん(左)と永野量平さん=目黒隆行撮影

このような支援が必要な家庭は、いまや日本のどこにでも存在する。文科省が2021年に実施した調査によると、日常会話が十分にできなかったり、言葉の問題で学習活動への参加に支障があったりする児童・生徒は全国で約5万8000人。2008年と比べると約1.7倍に増えている。

若林さんによると、指導が必要な子が在籍する学校数も増えていて、2021年までの5年間で1300校以上増加したという。「特定の地域、特定の学校に外国籍の児童・生徒が集中していれば、そこに専門の指導教員を配置すればよかった。今は多くの地域に支援が必要な子が散らばる『散在化』が起きていて、使う言葉も様々。テクノロジーの力を活用して支えていかなければならない」と若林さんは指摘する。

E-Traノートは実証実験を経て、今年4月から栃木県真岡市や壬生町など、北関東の自治体を中心に約30校で運用が始まった。費用は1校ごとに月5000円だ。「連絡がスムーズに伝わって保護者が喜んでくれた」と上々の滑り出しで、100校以上で試験運用が行われている。

「こちらから近づけば、向こうも近づいてくれる。それが人間同士のコミュニケーションだと思う。言葉の違いで諦めてしまうような外国人との最初の壁を、いまはツールを使って壊すことができる」と若林さん。「E-Traノートは日本人も外国人も同じツールを使う仕組みなので、『外国人は特別』という意識を変えるきっかけにもなる。身の回りの世界を少しでも広げることができればいいなと思っています」。