■「数学やITが強みに」親の期待
まず訪ねたのは、東京都江戸川区西葛西にあるグローバル・インディアン・インターナショナル・スクール(GIIS)。江戸川区内に三つあるキャンパスに幼稚園児から高校生まで約800人が通う。そのうち3~4割が日本人で、中国やアメリカ国籍の子どもも学んでいる。シンガポールに拠点を置き、UAEやタイなどにも姉妹校を持つ国際的なインター校で、日本には2005年に開校した。
午前8時半。徒歩や自転車、スクールバスで児童・生徒たちが登校してきた。始業前の校内には、インドの国歌と君が代が流れている。
インド式インター校は、数学やIT教育に力を入れる特色に加え、欧米系のインター校と比べて学費が割安なこともあり、近年日本人の間でも人気が高まっている。日本人の受け入れは、学力などの諸条件をクリアし、クラスの定員に余裕がある場合に限ることもあるという。
小学生の子どもを送りに来た日本人の母親(44)に話を聞くと、やはり魅力は語学と算数だという。「英語力が自然につくうえ、インド系なので数学やITが強みになると思って選びました」と話す。「先生方の面倒見も良くて、安心して通わせています」と満足している様子がうかがえた。
小学生の算数の授業を見学した。2年生は15人ほどのクラスを三つに分け、グループで4桁の足し算・引き算をブロックを使いながら考えていた。繰り上がりや繰り下がりがあるときに、違う桁のブロックを使うのがポイントだ。どの桁のブロックをいくつ使えば計算した後の数を表せるのか、英語でにぎやかに相談しながら考えていく様子は楽しそうだ。
そういえば、インドの人は「12×23」のような、2桁×2桁のかけ算がぱっとできる、という話を耳にしたことがある。実際はすべての人ができるわけではないようだが、この学校でも教えているのだろうか。5年生の教室をのぞくと、赤と青の2種類の棒を使って2桁×2桁を解く「インド式計算法」に、まさに取り組んでいた。日本で習う筆算とは違った答えの導き方があることに驚く。インド人は暗算が得意とも言われているが、こういった計算のトレーニングがその背景にあるのかもしれない。
5年生の臼井まやさん(10)は「友達と一緒に考えながら解いていくのがすごく楽しかった」と笑顔を見せた。先生が一方的に教えるというより、グループで手も口も動かしながら理解を深めているのが特徴的だった。
GIISのマドゥ・カナ校長は、「数学は理科やコンピューターなどにも関わるとてもとても重要な科目。子どもたちは黒板に書かれたことだけ学ぶのではなく、自分の手を動かしながら考えることで数学を好きになるのです」と話す。日本には理数系科目に苦手意識を持つ子も少なくないが、「テクノロジーが発達した現代世界では、理数系の科目は子どもたちが必ず身につけなければいけないものになっています。数や身の回りの自然に対して、子どもたちが抱く自然な関心を育ててあげることが大事です」。
■小1から三つの言語が必修
もう一校は、2004年に江東区に開校した日本初のインド式インター校、インディア・インターナショナル・スクール・イン・ジャパン(IISJ)だ。統廃合で使われなくなった公立中学校の校舎を使っており、見た目はよくある日本の学校。だが足を踏み入れると、こちらの学校でもやはり英語しか聞こえない。理科室の人体模型の説明や掲示物も英語。日本人は生徒も教員もほとんど見当たらない。
10年生(高1相当)の英語の授業のテーマは、「商品のクレームを入れる」。ずいぶん実践的な内容だ。購入した時計に欠陥があり、店にどんなメールを送るか。タイトル、本文の構成、いつまでにどうしてほしいかを議論し、発表していく。
先生の解説中にも教室ではたくさんの手が挙がるが、黒板の近くに置かれたノートパソコンからもひっきりなしに生徒の声が聞こえた。コロナ禍のため、クラスの約半分は自宅からオンラインで参加しているというが、画面の向こうからも発言が止まらない。にぎやかで活気があり、私が学んだ日本の公立中の英語の授業とは内容も雰囲気もかなり違った。
滑らかな英語を話す生徒たちだが、母語が英語とは限らないと聞いて驚いた。家に帰れば、ヒンディー語や日本語を使う人も少なくないという。インド本国でのカリキュラムと同様に、インド式インター校では小1から三つの言語が必修(英語・ヒンディー語・タミル語・日本語など)で、幼いうちから多様な言語を操るのが当たり前なのだ。
7歳から通い、インター校では珍しくない飛び級もしている日本人の丸山慧さん(14)は、「日本式の授業は受動的な印象がある。ここでは英語で議論する力がつく。この学校を選んで正解でした」。
■コンピューターの授業も小1から
インドと言えばITに強いというイメージがある。コンピューターの授業も取材した。
「CPUとは何ですか?」
「Central Processing Unit,the brain of the computer!(中央処理装置、コンピューターの脳です!)」
先生の問いかけに、児童が元気よく答える。IISJの小学2年生の授業だ。マウスやキーボード、CPUなど、教科書を使ってパソコンの基本的な構造から丁寧に教えていた。
決して難しい内容ではないが、ふと考えてみるとコンピューターについて教科書を使ってしっかり学んだ経験は私にはなかった。いまはノートパソコンを開かない日はないほどなのに。別の学年の授業では、文書作成ソフトの「ワード」を効率よく使う方法も教えていた。便利なショートカットなどの機能を使いこなせたら、作業がはかどることは間違いない。こうした基礎的なスキルの積み重ねが、後に決定的な差を生み出すのだろうか。
もう少し上の学年の授業も見てみよう。
GIISの11年生(高2相当)の教室で、ホワイトボードに先生が数字を書いていく。
0、1、1、2、3、5、8……。二つ前の数と一つ前の数を足し合わせる「フィボナッチ数列」だ。プログラミング言語のPython(パイソン)でこのコードを書く課題が出ると、すかさず教室にキーボードをたたく音が響く。「Done(できました)」。この4月からPythonを学び始めたばかりというパベト・コールさん(15)が手を挙げた。画面にアルファベットや数字が並んでいるが、プログラミング言語の素養がない記者の頭の中は「?」でいっぱいだ。コールさんは自信たっぷりに言う。「Pythonは簡単。大学でも勉強を続けて将来はエンジニアになりたい」
今回訪ねた2校ではいずれも、小1からコンピューターの授業があり、学年が上がるとプログラミング言語も学ぶ。Pythonの教科書は600ページを超える厚さで、当たり前だが全て英語。真剣なまなざしで学ぶ高校生の表情が印象的だった。
インド式教育からは、いま世界のどこに行っても、すぐに使える知識やスキルを積極的に教える姿勢が感じられた。インド国民の平均年齢は約28.5歳(日本は47.4歳)。若さあふれる国ならではの柔軟さだろうか。
■「日本とインド、双方のために」
インド式インター校がコンピューターの教育に力を入れているのは、その成り立ちとも関係がありそうだ。外国IT人材に対するビザ発給要件緩和などを受け、2000年代に都内のIT企業に勤めるインド人技術者の数が増えた。だが、その子どもたちの受け皿となる学校がなく、家族をインドに残して働くインド人も多かったという。
IISJ理事長のニルマル・ジェインさんは、そうしたインド人の姿を見て学校を作ることを決めたという。ジェインさんは日本に長く暮らし、NHKヒンディー語放送のアナウンサーを務めたほか、他のインター校での教員経験もあった。「欧米系のインター校は学費が高く、日本の公立校には日本語の壁があって、インドから来た子どもたちが通うことができないという問題がありました。インドは家族のつながりを重視する国。インド人向けの学校があれば、家族一緒に日本で暮らすことができると考えたのです」とジェインさんは振り返る。
幼稚園児と小学生合わせて27人で始まったIISJは、今では幼稚園から高校まで約1000人が通う。横浜にも校舎を持ち児童・生徒数は合わせて約1500人にまで増えた。
ジェインさんは言う。「学校があることで、(若手だけでなく)プロフェッショナルのIT人材も安心して家族で日本に来て働けるようになりました。日本とインド、双方のためになっていると思っています」
■「世界で活躍するインド人、誇り」
インター校を卒業した生徒たちは、どこへ進学するのだろうか。両校はいずれも、日本の高校に相当すると認められており、卒業すれば日本の大学受験の資格も得られる。米国や英国、カナダ、オーストラリアなどの英語圏や、母国のインドの大学に進学する生徒も多いが、近年はコロナ禍の影響で、早稲田や慶応、名古屋や筑波など日本の大学を選ぶ生徒が多かったという。
GIISの12年生(高3相当)のディティプリア・パンダさん(17)は今秋、コンピューター理工学専門の会津大に進学し、AI(人工知能)エンジニアをめざす。他の大学も検討したが、コンピューターに特化して学べるところが決め手になったという。「世界中でインドの人が活躍していることを誇りに思います。私もグーグルやマイクロソフトのようなところでキャリアを積みたい。目標に向けて頑張ります」と話す。
幼稚園からGIISに通った日本人の12年生林萌望さん(17)は、米国かオーストラリアの大学に今秋進学する。「英語が話せるのは日本人の自分にとって強み。学校では人前で発表する機会が多かったので、家族からはプレゼンがうまいと言われている」と話した。看護学やスポーツ関係の医療について学びたいという。
IISJでは取材に訪れた日、卒業を控えた生徒のための講演会が開かれていた。楽天で働くインド人のエンジニア(24)が、インド出身で米グーグルCEOのピチャイ氏らを挙げ、世界にインパクトを与える仕事のやりがいを語っていた。参加したサニカ・デシュマクさん(16)は、「コンピューターサイエンスを大学でもっと学びたい」と目を輝かせた。世界で活躍するお手本がたくさんいる生徒たちが、少しうらやましくなった。
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