オーストラリア南東部の大都市メルボルン。州立ウェストール・セカンダリーカレッジ(中高校)は市中心部から南東に20㌔の静かな住宅地クレイトンサウスにある。校内を歩くと、すぐに気づく。白人の姿をほとんど見かけない。全校生徒540人のうち400人近くがアジアや中東、アフリカなど英語を母語としない国をバックグラウンドに持つ。移民や難民が多く集まるメルボルンでも、ここは多様な人々が集まる地区のひとつ。2016年の国勢調査によると、人口約1万2600人のうち家で英語だけを話す人は4分の1余りしかいない。
8年生(日本の中2に相当)のグロリア・キデンさん(13)はウガンダ生まれ。穏やかな笑顔から想像できないが、幼いころ、内戦の続いたウガンダで父が殺されて家族とスーダンに逃れ、4年前にオーストラリアに来た。「スーダンの学校では、英語の先生がいたんですけど、生徒たちがあまりに理解できなかったので、教えるのをやめてしまいました」。8年生のアフメド・アルカフさん(14)は、サウジアラビア出身。「2年前、大学に研究に来た母といっしょに、僕もオーストラリアに来ました」
ネイティブの白人たちに交じって学ぶ、という豪州留学のイメージとはかなり違う環境だが、2人とも、自然に英語を話している。ノンネイティブが大多数の学校でも英語ができるようになるとしたら、その秘訣は何なのだろう。
絵やホワイトボードを活用
「あなたは第1次大戦に志願した豪州兵です。毎日、経験を日記に書いています」。9年生の社会科の教室で、授業の後半にコニャ・コジー教諭が課題の内容を説明していた。若い兵士になったつもりで、大戦について学んだ内容を日記にして書くことが課題だという。
パソコンやタブレットを使って書き始める生徒もいるなか、コジー教諭が理解の十分でなさそうな生徒の席を回って個別に説明していると、終わりのブザーが鳴った。
「ふだん、私がどんなふうに教えているのか話しますね」。生徒が休み時間で飛び出していった教室で、コジー教諭が説明してくれた。「例えば、毎回、新しいテーマのときは必要な語彙をわかりやすく教えます」
見せてくれたプリントには、第1次大戦を学ぶときのキーワードが大きく書かれ、その下にイメージ画像、さらに用語の定義の説明文がある。生徒たちはこれらを線で結ぶ。
たとえば、Alliance (連合)なら、「握手をしている絵」と、「An agreement between two countries(国々の間で結ばれる盟約)」という説明文を、Imperialism(帝国主義) なら、「大きな地球儀の周りで二人の男が指を指している絵」と「Trying to build up your empire (帝国を拡大しようとすること)」をそれぞれ線で結ぶ。「絵と単語を結びつけることが、ネイティブでない生徒たちにはとても理解の助けになります」
「それから、今日やったのは、これです」と取り出したのは、下敷きのようなサイズのホワイトボード。大きなスクリーンに問題を表示し、即座に生徒に答えを書かせて掲げさせる。
問題の一つは、「Which is the following was not a cause of World War One?(次のうち、第1次大戦の原因でないものは?)」
「 The assassination of Franz Ferdinand (フランツ・フェルディナンド=オーストリア皇太子=の暗殺)」 「Countries building up their armed forces(各国による軍事力の増強 )」など六つある選択肢の中で、答えは「The Industrial Revolution (産業革命)」だ。
「掲げたボードを見れば、だれが理解できていないか、すぐにわかる。その場ですぐに教え直すことができます」
これらはみな、英語がネイティブでない生徒たちを念頭に置いたものだという。同校には、そんな英語教授法を指導する「教員のコーチ役」の教員が3人いる。スエ・パーランティ教諭は、その1人。「ノンネイティブの生徒たちにわかりやすく教えて、授業で取り残されないようにするのが主眼です。たとえば、ビジュアルやオーディオの教材を多く使います。生物の授業でknee(ひざ)の関節の組織について話したとします。でも、そもそもkneeって何?という生徒がいるかもしれませんよね」
ホワイトボードを使った方法は、全校的にやっている手法だという。通りがかった別の数学の授業でも実践しているのが見えた。
編入後も英語力向上をサポート
生徒たちのほとんどは、併設されている「英語集中校」(メルボルンのあるビクトリア州では、英語学習センター=ELC=という)で半年ほど学んでから、同校に入ってくる。でも、当然ながら、「あなたが英語を話した経験のない13歳だとして、13年の遅れを半年間では追いつけない」(トリスタン・ラナルス校長)。
現地校に編入後も、一般の科目と並行して英語力を継続して上達させる核となるのが、ネイティブでない生徒向けの英語(EAL=第2言語としての英語)の授業だ。同校では、EALを担当する教員が12人と全教員の4分の1を占める。ノンネイティブの生徒たちの割合が多い学校には、州政府が英語教育の予算を多く配分するからできるのだという。75分間のEALの授業は、各学年とも週3、4回が割り当てられていて、ほかの科目の授業の半数の12人のクラスで、きめ細かく教える。
もっとサポートが必要な生徒たちには、「ブリッジ(一般の授業への橋渡し)クラス」として、さらに最大で週3回ほどのEALの授業が、ほかの科目の代わりに当てられる。例えば、文法や読み書きはそれなりにできるが、話す、聞くが弱い、といった生徒たちに向けては、字幕付きの映画や音声テープ、新聞記事、詩など様々な教材を使って、繰り返し読み、話す練習をしながら、正しい発音を身につけてもらう。
「とくにブリッジクラスは、アカデミックな内容ではなく、楽しくやりとりしながら、ということを重視します」とEALのデニス・ボール教諭。前回に紹介した英語集中校のような専門の教員による集中レッスンが、現地校に移っても続けられるのだ。
英語で自己表現できなければ評価されない
ネイティブが少ない環境でも英語を上達させるために、同校が設けているのが、水曜日の午後の時間をすべて当てる「iCreate」と名付けられた選択授業だ。ドラマ、テコンドー、料理、美術、コンピュータープログラミングなど、日本なら「実技」やクラブの時間でやりそうな内容の中から、生徒たちがやりたいものを選ぶ。ともすれば、よく顔を合わせる同じ学年の出身国の同じ友人たちと、かたまりがち学校生活で、学年の枠も越えて集まる環境をつくることで、交流の幅を広げることを促す。交流するには、「共通語」の英語を使うしかない。
取材に訪れたのはちょうど水曜日。午後の実験室をのぞくと、科学を選択した生徒たちがこの日、訪れた地元の小学生といっしょに自作のロボットを操作して遊ぶイベントをしていた。生徒たちの出身を聞いてみた。ベトナム、カンボジア、中国、パキスタン、クック諸島……。10年生(日本の高1)のカテリナ・カコラスさん(15)はギリシャ出身。ELCに半年通い、半年前から同校に編入したところだ。「ハイスクールに移ったら、先生は速く話すし、難しい。ギリシャ人以外の友達もつくって話すようにしている。iCreaeではいろんな人と知り合う機会になります」
パーランティ教諭がいう。「生徒たちの出身国の文化では、自分の意見を言うことがあまり求められない場合がある。でも、豪州では、いつも意見を言うことが期待される」。自分の言葉で意見を伝えられなければ、評価されない。移民としてこの国で生きていこうとするならなおさら、英語で自己表現するコミュニケーション能力の向上は欠かせない。
ネイティブの先生に英語を丁寧に学びながら、いろいろな背景を持つ人たちが集まる環境を自然に受け止める。友人同士で話す英語は、必ずしもネイティブのような流暢さはないかもしれない。でも、多様な人々と、英語を共通語にやりとりする環境は、世界を眺めたらごく普通に起きていることだろう。こんな学校に留学するのも、外国の若者たちにとっては貴重な経験になるのではないか。実際、同校ではノンネイティブの生徒400人のうち、120人は中国やベトナムなどから受け入れた留学生なのだ。
(次回は8月15日です)