――2021年2月に帰国して以来、久しぶりのアメリカ訪問でした。
離任から2年足らずの間に、米国のなかの格差が更に広がった印象を受けました。ワシントンの連邦議会議事堂そばの公園には、白いテントがたくさん設置されていました。市がホームレスを支援するテントでした。ニューヨークでもこうしたテントがたくさん設置されているそうです。新型コロナウイルスの影響も大きかったと思います。
西海岸では、ロサンゼルス郊外にある高級スーパーにも足を運びました。販売している食品は、野菜や乳製品、肉類など、すべて添加物を使っていないそうです。普通のスーパーの5割増しくらいの価格ですが、白人の買い物客でにぎわっていました。
米国は過去数十年間、ずっと経済成長を続けてきましたが、格差が広がっていると感じてる人が多いようです。そして、格差の問題に直接、光を当てたのがトランプ氏でした。
――駐米大使として勤務した当時は、トランプ政権の時代でした。
トランプ氏は強烈な個性とカリスマの持ち主でした。日米首脳会談の際にも、安倍晋三首相や同席者に親しく声をかけたり、肩を叩いたり、温かみも持った人物だと思います。
同時に、トランプ氏は大統領になるまで公職に就いたことがなく、いわゆる「インサイド・ベルト」と呼ばれるワシントン特有の政治や行政の常識にとらわれませんでした。それが、人々の間に「何が起きるかわからない」という熱狂を広げると同時に、安定感を感じない不安も与えました。
そして、トランプ氏が「プア・ホワイト」と呼ばれる人々の存在など、格差問題に焦点を当てたことで、有権者の4割ともいわれた熱狂的な支持者を生み出したと思います。
――「インサイド・ベルトの常識」とは何だったのでしょうか。
ホワイトハウスや国務省などの政府組織、上下院などには長年の慣行があります。トランプ氏はこうした慣行を知らないし、気にしませんでした。2018年6月に実現した米朝首脳会談も、トランプ氏が主導して実現したものです。
また、ワシントンには、インサイド・ベルトの人々が集うゴルフ場や社交クラブがあります。私は日本人ですから、そこにある(特定の層だけを優遇する)「見えない差別意識」を感じたこともあります。トランプ氏はこうしたゴルフ場や社交クラブにあまり顔を出すこともなく、ワシントンのエスタブリッシュメントたちと一線を画したことが、熱狂的な支持者を生んだのだと思います。
――今回のアメリカ中間選挙では、予想されていたような共和党の大勝利にはなりませんでした。
トランプ氏の熱狂的な支持者がいることは間違いありませんが、少し熱が下がってきた可能性はあります。2021年1月の連邦議会議事堂襲撃事件の余波が続いているのかもしれません。共和党のなかにも、「北朝鮮はトランプ政権時代に弾道ミサイルを発射しなかった」と評価する人もいれば、「トランプ氏のような非伝統的なスタイルの人物が再び、アメリカのリーダーになって良いのか」と語る人もいます。
ただ、私は中間選挙の結果にそれほど驚いていません。ニューヨーク・タイムズなどは「レッド・ウェーブは起きなかった」と報じていますが、プロの分析家の間では「トス・アップ」という言葉が多く使われていました。コインを投げて裏表を占うように、事前の予測が難しい選挙区が多いという意味です。「バイデン政権の善戦」と評価できる一方、「トランプ氏の退潮」で選挙結果をすべて説明できないと思います。
――これから2年間、トランプ氏が次期大統領選の主人公になりそうです。
トランプ氏が予備選に出る場合、共和党でトランプ氏に勝てる人はそうはいないでしょう。ただ、今回の訪米中に面会した共和党関係者からは、「トランプ氏が本選に出た場合、民主党の相手候補者が誰かにもよるが、必ずしも勝てる強い候補とはいえない。結果的に民主党政権が続くことを許してしまう」と懸念する声をよく聞きました。民主党系の人々も「トランプ氏が大統領候補になってくれた方が戦いやすい」と語る人がいました。
トランプ氏や共和党にとって、今後はこの問題をどうするかが、課題になるでしょう。ただ、バイデン政権が強力だとも言えません。カリスマや発信力があるトランプ氏が簡単に政界を引退することはないでしょう。
――日米関係はどうなっていくでしょうか。
今回の中間選挙では、妊娠中絶の禁止や物価高、移民など内政問題ばかりが争点になりました。ウクライナ問題は多少議論されましたが、中国も北朝鮮も争点になりませんでした。
それは、中国や北朝鮮の問題が、民主党と共和党の間で争点にならないからです。多少、政策のニュアンスに違いがあっても、基本的な認識は一致しています。だから、日米関係にも大きな変化は生まれないと思います。