道中、大統領選でトランプに一票を投じた人や共和党員に尋ねても、壁計画には「賢明な投資とはいえない」「不快だ」と冷ややかな反応ばかり。密入国阻止に自費を投じる武装自警団の代表すら、「人々を喜ばせる政治的なものだ」と突き放した。スーパーやカフェで客や店員に手当たり次第に声をかけても、積極的な言葉は聞こえなかった。
私は混乱してきた。トランプが「偉大な壁をつくる!」と訴えるたび、「壁をつくれ!」と割れんばかりの大歓声。そんな選挙集会の場面が強烈に脳裏に焼き付いていたためだ。トランプは今年4月のAP通信とのインタビューでも、「私の支持層は間違いなく壁を求めている」と自信満々だった。
数字上、壁を支持する人はどのくらいいるのだろう。
各種世論調査はおおむね同じ傾向で、下の通り、反対が6割超を占める。ただ、私には賛成が4割近くもいることが実感できなかった。そんなにいるのに、なぜ出会わないのか?
賛成37% 反対60%(1月、ワシントン・ポスト紙とABCニュース)
賛成35% 反対62%(2月、米調査機関ピュー・リサーチ・センター)
賛成37% 反対60%(9月、米キニピアック大学)
移民問題の専門家、カリフォルニア大学サンディエゴ校の比較移民研究所共同代表、デビッド・フィッツジェラルド(45)を自宅に訪ねて、疑問をぶつけた。
詰め寄る私に、なだめるように言った。「まずは国境から離れてください」
国境から遠く、白人が多数を占める田舎町に行け、というのだ。「国境の住人は、壁が交易や家族の再会を妨げ、米国とメキシコを敵対関係のようにしてしまうことを知っています。でも、遠くの人は移民とつきあいもなく、あらゆる不満のはけ口にしがちです。反移民感情が最も強いのは、移民が最も少ない地域なのです」
そうか、もしや・・・。取材を終えた私は車中でパソコンを開き、大統領選の勝敗を色分けした地図にアクセスした。
大統領選では、共和、民主両党が激戦を演じる「スイングステート」以外は勝敗がほとんど変わらない。国境に面した南部4州では、保守色が強いアリゾナとテキサスが共和党支持が高い「レッドステート(赤い州)」で、よりリベラルなカリフォルニアとニューメキシコは民主党が優勢の「ブルーステート(青い州)」。昨年の大統領選でも、トランプが赤の2州を、クリントンが青の2州を定石通りに押さえていた。
だが、クリックしてより細かな、「郡別」に色分けした地図に切り替えると、全く違う図柄が浮かび上がった。
国境沿いだけは、細長いベルトのように青く塗り固められていた。つまり、「壁の世界」は民主党が強い、いわば「ブルーベルト」だったのだ。メキシコ系住民が多く、生活も経済も壁の反対側との結びつきが深い。気付いてみれば、「ブルーベルト」をひたすらたどった私が壁に熱狂する人に出会わなかったのは、それほど不思議なことではなかったのかもしれない。
私は不明を恥じつつ、慌てて飛行機のチケットを手配した。直線距離で3700キロ北東の「ラストベルト」(さびついた工業地帯)に向かった。