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トランプ氏とバイデン氏 ロシアにとって望ましいのはどちら?

迷宮ロシアをさまよう 更新日: 公開日:
2019年のG20大阪サミットで会談したロシアのプーチン大統領とトランプ米大統領=ロイター

基本的にロシアは共和党と親和性が高い

113日の一般有権者による投票を控え、アメリカ大統領選挙が大詰めを迎えています。共和党で現職のドナルド・トランプ氏と、民主党で前副大統領のジョー・バイデン氏による対決。下馬評ではバイデン優勢が伝えられていますが、果たしてどうなるでしょうか。今回のコラムでは、この選挙の帰趨が、ロシアにどのような影響を及ぼすかについて、考察してみたいと思います。

今回の選挙に限らず、大前提として言えるのは、基本的にロシアはアメリカの民主党よりも共和党との親和性が高いということです。共和党は保守主義の傾向が強いので、かつて共産主義のソ連を敵視し、今日プーチンの下で反動化するロシアにも厳しい目を向けています。しかし、共和党は国際関係においては孤立主義に傾きがちで、遠い世界の出来事にはあまり干渉しようとしません。そこで、ロシアなどとも、お互いの利益を尊重し合い、共存するという余地が出てくるわけです。

それに対し、アメリカで伝統的に理想主義、国際問題への介入主義を代表してきたのが、民主党です。第一次世界大戦の終結と戦後体制の構築に尽力したウッドロウ・ウィルソン大統領が、その典型でしょう。それは、「核兵器なき世界」という理念を掲げてノーベル平和賞を受賞したバラク・オバマ大統領まで、連綿と続く系譜と言えます。ロシア、特にプーチン政権は、自国の内政や、自らが勢力圏と見なす旧ソ連空間に外部勢力が介入してくることを忌み嫌いますので、何かと首を突っ込んでくる米民主党とはソリが合わないということになります。

また、民主党は伝統的に民族的マイノリティの支持を受け、移民に寛大な政策をとる政党です。その中でも政治力が大きい一大勢力にポーランド系コミュニティがありますが、彼らはロシアに批判的で、2014年のウクライナ危機のような出来事が起こると、ロシアに対する毅然とした対応を求めてロビー活動に励みます。オバマ氏のお膝元であるイリノイ州には、一説によると93万人のポーランド系住民、5万人のウクライナ系移民が暮らすと言われており、オバマ前政権はそうした声に敏感であったわけです。

トランプ政権下の奇妙な4年間

アメリカの大統領が民主党のオバマであっても、ロシア側でリベラルなメドベージェフ氏が大統領に就任していた20085月~20125月には、米露関係はそこまで悪くはありませんでした。しかし、20125月にプーチンが大統領に復帰すると米露の協調ムードは後退し、2014年のウクライナ危機により対立は決定的となります。

2016年米大統領選の結果、共和党のトランプへの政権交代が決まったわけですが、これにより米露関係の改善が進むという有力な見方がありました。というのも、201516年の選挙運動の過程で、トランプはプーチンへの親近感を表明し、ロシアとの関係改善に強い意欲を見せていたからです。

ところが、2016118日に投票が行われ、トランプが当選を決めた後になって、大スキャンダルが持ち上がりました。ロシア政府機関のハッカー集団が、米大統領選に干渉するために大掛かりなサイバー攻撃を仕掛けていたことが発覚したのです。トランプ陣営がロシア当局と共謀し、民主党のヒラリー・クリントン候補にダメージを与えようとしたのではないかとの疑惑も取り沙汰されました。

20171月にスタートしたトランプ大統領の下では、奇妙な状況が生じました。大統領本人は、おそらく歴代の米大統領の中で、最も親露的な人物です。実際、2018年のG7サミットの晩餐会で、「クリミアはロシアのもの。なぜなら大部分の住民はロシア語を話しているから」と発言する場面もあったということです。

しかし、上述の「ロシアゲート」により疑いの目で見られているので、あからさまに親ロシア的な政策はとれません。それに、ロシアであればプーチンの号令で国が動きますが、アメリカは三権分立・二大政党制の国なので、大統領の個人的な価値観がそのまま国家政策になるわけでもありません。かくして、「かつてなく親露的な米大統領の下で、米露関係が厳しく冷え込む」という、実に奇妙な4年間になったわけです。

今回の選挙で大きな争点にはなっていないロシア

さて、全体として今回の2020年アメリカ大統領選挙では、ロシアとの関係はあまり大きな争点になっていません。ロシアは中国問題の添え物として扱われている印象です。ただし、ロシアというキーワードはしばしば登場します。

アメリカの大統領選挙戦で、最大の見せ場は、候補者同士のテレビ討論会です。今回の選挙戦で、930日の第1回討論会は、あまりに低レベルなやり取りで見る者を失望させましたが、この時はロシアはほとんど話題に上りませんでした。

それに対し、1022日に開催された第2回テレビ討論会では、「ロシア」というキーワードが実に27回も登場しています。具体的な中味を伴った話としては、「今回の選挙戦にロシアやイランが介入した」という疑惑を司会者が問題提起し、バイデンがロシアの介入につき同意するという場面がありました。

しかし、全体としては、「ロシア」は実質的な争点になっているというよりも、相手をこき下ろす罵り言葉となっていた印象が強かったですね。以下のようなやり取りが象徴的でした。

トランプ:ジョー(バイデン)はロシアから350万ドルをもらった。プーチンを介してだ。彼(バイデン)はモスクワの元市長と懇意にしていて、その妻からだ。私自身はロシアからカネをもらったことはない。私は戦車破壊砲をウクライナに売った。私ほどロシアに対して厳しい者はいないのだ。

バイデン:私はこれまでの人生で、外国から一銭も受け取っていない。すでに我々が知っているように、この大統領(トランプ)は中国で50回も納税をし、中国で商売をしているというのに、私が外国からカネを受け取った云々と言うのか? 色んな国があなた(トランプ)に多額のカネを支払い、ロシアも多額のカネを支払っている。自分の確定申告を公表してみなさい。

トランプ:私は中国からカネをもらっていない。あなた(バイデン)はもらっている。私はウクライナやロシアで金儲けはしていない。あなた(バイデン)はしており、ロシアで350万ドル稼いだ。

このように、まるで「反社会的勢力との不適切な関係」を批判し合うように、相手こそロシアとずぶずぶに癒着しているということを罵り合っているわけですね。今日のアメリカで「ロシア」というキーワードがどんなニュアンスで語られているのかが良く分かります。

不規則発言が相次いだ第1回討論会と比べ、第2回は「ちゃんとした討論会だった」と受け止められているようですけれど、ロシアについてのくだりを見る限り、内容的に深まったとは言いがたい気がします。直近の米露関係では、20212月に期限が切れる新戦略兵器削減条約(新START)の延長問題が喫緊の検討課題ですが、討論会ではそれについて議論されることもありませんでした。

ロシアの石油・ガス産業への影響は?

ロシアの中核産業は、石油および天然ガス産業です。ロシア側からすると、トランプが勝った場合、またバイデンが勝った場合、それぞれ自国のエネルギー産業にどういう影響が及ぶのかが、最も気がかりな点です。

その際に、現在焦点となっているのが、バルト海海底を通る天然ガスパイプライン「ノルドストリーム2」をめぐる問題です。これは、ロシアのガスプロム社が従来のウクライナ・ルートを迂回して欧州市場に直接ガスを供給することを目指すプロジェクトであり、ノルド1はすでに20112012年に完成しています。そして、輸送能力をさらに増強すべく、ノルド2の建設工事が20189月に始まり、当初は2019年末までの完成を目指していました。

ところが、工事を担当していたスイスのAllseasという会社が、米政府からの圧迫に耐えかね、201912月に海底での鋼管敷設作業を中断してしまったのです。現時点では、工事がいつ完了するのか、まったく目途が立っていません。

ノルド2の問題を含め、米大統領選がロシアのエネルギー産業に及ぼす影響につき、ロシアのS.シモノフ(国民エネルギー安全保障基金)という専門家が論評していますので、以下ではその要旨をご紹介します。どうやら、選挙でどちらが勝つにしても、ノルド2の見通しが厳しいことに変わりはないようです。

「トランプは、ノルド2に厳しい対応をとってきた。それは、アメリカからヨーロッパへの液化天然ガス(LNG)の輸出を拡大したいトランプにとって、ロシアのパイプライン・ガスがライバルになるからだ。このようにトランプにとって、ノルド2はビジネスの問題である。それに対し、バイデンにとっては政治問題であり、仇敵のロシアを圧迫する手段として、ロシアのエネルギープロジェクトを妨害しようとしているのである。

ただし、バイデンが勝利した場合に、ロシアの石油産業にとって得になる面もある。バイデンをはじめ、民主党は石油・ガスをアメリカ経済にとっての優先産業と見なしていない。バイデンは石油産業に課税をして、グリーンエネルギーへの転換を促す構えだ。オバマが寸前で断念した課税であり、それをバイデンが復活させるものだ。これまでウォールストリートは、現在の価格水準では採算がとれなくなりつつあったシェールガス・オイル業者に渋々融資してきたが、バイデンが勝ったら状況が変わる可能性がある。その結果、ロシアにとってライバルであるアメリカのシェール業者の生産が縮小し、弱体化するかもしれない。そうなれば、OPEC+の枠組みでの協調減産を小幅にできるので、ロシアの石油会社にとっては朗報だ。

他方、トランプは2018年に、オバマ前政権が締結した『イラン核合意』から離脱したが、バイデンが大統領選に勝利したら、それに復帰するかもしれない。それにより、イランからの石油輸出は日量200万バレルのレベルにまで急増する可能性があるので、そうなればロシアの石油産業には頭の痛い問題である」

バイデン勝利でルーブル下落?

ロシアは産油国ですので、石油高で輸出収入が増えると通貨ルーブルは切り上がり、逆に石油安になると切り下がるというのが基本的パターンです。

ところが、2018年くらいから、油価と為替が乖離する傾向が目立ち始めました。その大きな要因の一つが、アメリカによる対ロシア制裁の脅威です。ロシアの国債市場では、外資の比率が高まってきたのですが、外資がリスクオンでロシア国債を購入する局面ではルーブルは安定するものの、米政府が制裁をちらつかせると、とたんにリスクオフに振れ、外資が逃避してルーブルが下落するようになったのです。

結局、トランプ政権の4年間でアメリカが対ロシア制裁を大幅に拡充することは、ついぞありませんでした。しかし、いかんせん何をしでかすか分からないトランプ大統領です。「追加制裁が発動されるかもしれない」という心理的重しが、この間ロシア経済にずっとのしかかっていました。

「もしも民主党のバイデンがホワイトハウスの主になったら、我々に対する対応はより厳しくなるだろう」と、ロシア側は見ています。2009年にバイデンが新聞インタビューで、「弱体化したロシアは、アメリカに屈するだろう」と発言したことを、クレムリンは忘れていません。確かに、バイデンは上述の新STARTの延長に前向きな立場を示してはいますが、それは必ずしもロシアと友好的な関係を築きたいという意向を意味するわけではありません。

上図に見るとおり、今年に入ってから暴落した石油価格は、4月を底に回復に転じました。しかし、ルーブル・レートは6月から再び下落に転じています。大統領選でバイデンが優勢との情報が、ルーブル売りの材料になっているという指摘があります。

反体制派ナバリヌィ氏の毒殺未遂事件や、プーチン政権によるベラルーシ・ルカシェンコ体制へのテコ入れなど、新たな対ロシア制裁の根拠となりうる材料には事欠きません。トルコ、ブラジル、サウジアラビアといった他の新興国と同様に、ロシアの経済も、バイデンが勝利したあかつきには、厳しい局面を迎えることになるかもしれません。