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コロナ禍の世界でしたたかに立ち回るプーチン・ロシア

迷宮ロシアをさまよう
改憲問題を審議した3月10日の下院本会議で演説するプーチン大統領=ロイター

ロシアの感染状況は比較的軽微

ロシアは、国土が広大で人口もそれなりに多い割には、現在までのところ、新型コロナウイルスの感染は比較的軽微に留まっています。3月15日までにロシア国内で感染が確認されたのは63人で、死亡者はまだ1人も出ていません。今やパンデミックの中心はヨーロッパに移ったと言われる中で、今のところロシアはそれとは一線を画しています。もちろん、「本当はもっと感染者が多いのではないか?」といった疑問の声もありますし、これから悪化することは充分考えられますが、今のところ状況は最悪ではありません。

ロシア国内で見付かった63人の感染者のうち、60人がロシア人、2人が中国人、1人がイタリア人です。これとは別に、クルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス号」に乗船していたロシア人乗客・乗員のうち、ロシア帰国後に3人の感染が判明しましたが、いずれもすでに回復しました。また、中国の湖北省に滞在していたロシア人など144人が、2月5日に軍の輸送機2機でロシアに帰国しましたが、経過観察の結果、全員の陰性が確認されたため、すでに帰宅しています。

ロシアは中国とのかかわりが深く、両国は4,000kmにも及ぶ国境線を共有しているのですが、ロシアは中国からの感染の流入はほぼ阻止しました。初動で思い切った措置をとったことが効いたようです。1月31日にはロシア極東にある中国との国境検問所がすべて閉鎖され、2月2日には中国人のビザなしによるロシアへの観光渡航が停止されました。その後さらに、労働、私的訪問、教育、観光目的の中国人について、入国を拒否する措置をとっており、露中間の航空便はモスクワ・シェレメチェボ空港を利用する定期便以外は運航を停止しています。いかに中国が戦略的パートナーであろうと、必要な措置は躊躇せずに断行するあたりは、ロシアらしいところです。

2月末までは、ロシア国内で確認された感染者は、上述の中国人2人だけでした。この時期までは、ロシア国民にとって新型コロナウイルスはそれほど差し迫った問題というわけではなかったようです。しかし、3月に入ってから、ロシア人の感染者が毎日のように報告されるようになり、上述のとおり半月で60人に達しました。実はロシア人感染者の大部分は、イタリアからの帰国者です。中国からの感染流入はほぼ阻止したロシアでしたが、大流行の中心がヨーロッパに移ったことで、ロシアにとってもコロナ問題は新たなフェーズに入ったと言えそうです。

思わぬ展開を見せた改憲問題

ここ1、2ヵ月ほどのロシアを見ていると、この災厄が案外、プーチン体制にとっての追い風となるかもしれないと思えるふしもあります。

その最たるものが、改憲問題です。この連載では「プーチンを動かした『朕は国家なり』という信念 ロシア1月政変を読み解く」というコラムをお届けし、年明け早々プーチン大統領が改憲を提案したことを報告しました。筆者のコラムだけでなく、多くの専門家は、プーチンは憲法で禁止されている三選はさすがに目指さないものの、政治制度を変えることによって、任期の切れる2024年後も権力を維持し、「院政」を敷くのだろうと見ていました。

ところが、3月10日に、新たな憲法改正案が浮上しました。連邦議会の下院でテレシコワという議員が提出したもので、既存の大統領経験者の任期は、今後大統領の任期をカウントする上で「なかったこと」にする、つまりプーチン大統領がまっさらな状態で次期大統領に出馬することを可能にするという改憲案です。それを受け演説したプーチン大統領も、憲法裁判所が違憲でないと判断すれば、そのような案に賛成であると表明。結局、4月22日の国民投票にかけられるのは、プーチンに院政を許すどころか、プーチン政権をそのまま延長することを可能にする憲法改正案になることが、確実になったわけです。ちなみに、テレシコワというのは、1963年に人類史上初めて女性として宇宙飛行を行った国民的ヒロインであり、こういう人物に提案をさせたというところがミソです。

そして、おそらくコロナ禍は、プーチンが改憲を強行突破する上で、有利に働くと思います。第1に、今日のような国家的・国際的な危機下では、国民が強力な権力を支持する傾向があることが挙げられます。第2に、ロシアには大都市部を中心にプーチン体制にうんざりしている市民が一定数いるものの、ウイルス感染が懸念される状況下では彼らが改憲反対運動を展開する意欲がそがれ、また体制側は感染防止を口実に反プーチン・デモなどを禁止できるという点です。あれだけ燃え盛っていた香港のデモが、コロナ騒動ですっかり下火になってしまったことを考えれば、この春にロシアで反プーチンの大きなうねりが生じるとは、とても想像できません(これから急激にロシアでコロナが広がれば、国民投票の日程が影響を受けたりする可能性はありますが)。

先日GLOBE+に、北海道大学公共政策大学院の鈴木一人教授による「新型コロナウイルスに最も強いのはどの国か? 国際政治学者が読み解く」という論考が掲載されました。この中で鈴木教授は、権威主義的な政治体制の方が市民の自由を制限しやすいのでウイルス感染に対処しやすいといった俗論を退けており、なるほどと納得させられました。と同時に、ロシアを見ていて思うのは、権威主義体制を正当化するために、ウイルスの脅威が利用されることは、起きうるだろうなということです。

戦勝記念日の式典はどうなる?

ロシアにとって一つ誤算だったのは、5月9日の対独戦勝記念日の式典が、コロナ問題で縮小を余儀なくされそうだという点です。「我が国は甚大な犠牲を払いながらナチス・ドイツを打倒し、人類を魔の手から救った」というのは、ロシアの国家イデオロギーの根幹であり、例年5月9日の戦勝記念日には晴れがましい式典が開かれます。特に、今年は戦勝75周年に当たることから、諸外国の元首も招待し、とりわけ盛大な式典を開催しようとしていました。

プーチン政権にしてみれば、この一大イベントを通じて、国内で愛国的ムードを高め政権浮揚を図るのはもちろん、対外的にもロシアの存在感を誇示し、あわよくばウクライナ危機後に悪化していた欧米との関係を修復するきっかけにしたいという狙いもあったはずです。それが、コロナ問題の影響で、どうやらプーチンの思惑どおりに事が運ぶことはなさそうです。

諸外国の元首にとっては、プーチン主宰の75周年式典に駆け付けるかどうかが「踏み絵」と化していた中で、コロナ問題を理由に出席を断りやすくなったという面があるかもしれません。3月10日に明らかになったところによると、トランプ米大統領はすでに式典に出席しない旨をロシアに回答したということです。もっとも、ロシアにしてみても、重要国の元首たちが軒並み欠席しても、「コロナ問題のせい」と説明することで、面目が潰れずに済みます。

石油価格が急落するも

新型コロナの流行で需要が低下したことなどから、2月後半以降、国際石油価格が下がり始め、3月に入ると急落しています。これは、石油・天然ガス輸出を生業としているロシアにとっては、大打撃のはずです。ロシアの通貨ルーブルも、ほぼ石油価格と連動しており、上図に見るとおり、油価と軌を一にするように下落しています。

ところで、油価下落を決定的にしたのが、OPECとロシア等の減産協議が3月6日に決裂したことでした。そもそもロシアの石油産業は減産が技術的に困難なのですが、普段は上辺だけでもOPECに歩調を合わせるロシアが、今回ばかりは明確に減産を拒絶。それを受け、OPECの盟主であるサウジアラビアも一転して増産姿勢に転じたことで、油価急落がもたらされたわけです。アナリストの間では、ロシアはあえて石油価格を引き下げることで、(生産コストが高く価格下落には耐え切れない)アメリカのシェール生産者にダメージを与えようとしているとの分析が聞かれます。だとすれば、肉を切らせて骨を断つという、ロシアの胆力を見て取れます。

世界的に株式市場が動揺していますので、ここでロシアの株価も見ておきましょう。実は、経済そのものはパッとしないのに、つい最近までロシア株は絶好調で、1月には史上最高値を付けていました。下の図に見る青い線がルーブル建ての株価指数で、緑の線がそれを米ドル換算した指数ですが、いずれも1月にピークを迎えていることがお分かりいただけると思います。経済成長力が弱いのに、株式市場だけがバブル的な活況を呈していたのは、株価収益率(PER)などから見てロシア株は割安であり上昇余地が大きいと信じられていたからでした。それが、2月下旬以降のコロナ暴落で、この1年ほどの上昇分があっという間に失われてしまいました。もっとも、日本などと違って、ロシアでは株式市場への一般的な関心はあまり強くありませんが。

プーチン大統領本人は大丈夫?

以上のように、新型コロナウイルス問題およびそれに付随する世界情勢の動揺は、当然のことながらロシアにも打撃を与えているものの(これからさらに悪化する恐れもある)、これまでのところプーチン政権は状況をコントロール下に置いており、場合によってはそれを奇貨として、したたかに国益を追求しているようにも見えます。

こうなると気になるのは、プーチン大統領その人がコロナウイルスに感染したりしないかということです。院政(陰性)ではなく陽性でしたなんてことになったら、シャレになりません。筆者の印象では、プーチン大統領は疲れが溜まると呼吸器系に来るタイプのようで、演説中に咳込んだりする場面が目立つので、なおさらです。タフガイのイメージのあるプーチンさんですが、すでに67歳であり(くしくもロシア男性の平均寿命67.8歳に近付きつつある)、新型コロナに罹患するようなことがあったら、2024年以降の続投などというプランも吹き飛んでしまうかもしれません。