IAEAは、国連と密接な関係を持つ国際機関の中で、極めて強い力を持っている。査察や監視など、国家の主権に踏み込む行為が認められているからだ。
多数の人命にかかわる「核」「原子力」を扱う重みに加え、活動が国際政治と密接に結びついているからと考えられる。IAEAが「核の番人」(nuclear watchdog)と呼ばれることがあるのは、このためだ。
ただその力は、発電など「平和目的」で利用される核物質が兵器に使われるのを防ぐ場合に限られる。軍事利用と直接関係のない「原発の安全性」について、強制力を伴う指示や勧告はできない。
20116月にIAEAが出した福島第一原発事故の調査報告書は、「IAEAが3年前から指摘していた規制当局の独立性が改善されていなかった」と日本側を批判した。だが、日本にとって指摘を受け入れる「義務」はなかった。
事務局長の天野之弥(ゆきや)も「査察や監視の面でIAEAは番人だが、原子力安全については『番人』ではなく『協力者』に過ぎない」と認める。
事故情報を集めたり、調査団を派遣したりするにも、すべて当事国の了承がいる。チェルノブイリ原発事故を受けてつくられた早期通報条約や相互援助条約でもこの原則は貫かれている。
1996年に発効した原子力安全条約も、締約国に「国際的安全基準の達成」を求めてはいるが、目安となるIAEAの安全基準を満たさなくても罰則規定がなく、努力目標の色が濃い。
福島の事故後、IAEAの事務局側に、安全面での権限を強めようという動きが出た。各国から無作為に選んだ全体の1割の原発について、専門家チームが運転状況や緊急時の対策、規制のあり方を調べあげる、といった案を、昨年6月にあった加盟国の閣僚級会合で示した。
だが、2012年9月の総会で承認された「原子力安全に関する行動計画」では、「原発の1割を無作為調査」「10年ごとの調査団派遣」といった具体的な表現は大幅に減り、当初案にあった抜き打ち的な安全検査は、各国が「自発的」に受け入れる仕組みになった。
IAEAの権限拡大を支持する国がなかったわけではないものの、有力な加盟国の間で「規制はあくまで国家主権に基づくもの」との主張が強かったからだ。
急増するエネルギー需要をまかなうために原発を導入したい新興国や途上国も、規制強化で建設コストがかさむことを嫌って反発。コンセンサスを重んじる国際機関としての結論は玉虫色に落ち着いた。
ただ、現在、世界で稼働する原発は約430基ある。深刻な事故が起きれば、影響は一国にとどまらない。国際的規制か、国家の主権か。議論が終わったわけではない。