観測したのは、日本のプロバイダー大手、インターネットイニシアティブ(IIJ)技術研究所の主幹研究員、ロマン・フォンテュニュさん(37)。欧州などの研究者らと共同で調査にあたった。フォンテュニュさんは、今年のロシアによるウクライナ侵攻の最中に、米国の大手通信事業者によるロシアの通信事業者への通信遮断も観測した人物だ。
調査によると、併合前のクリミア半島からのインターネット接続は、半島の北側に位置するウクライナ本土のプロバイダーのサービスが主に用いられていた。しかし、併合後にはウクライナの通信会社の大半がクリミア半島から撤退してしまったという。
その一方で、ロシアの動きは速く、したたかだった。併合直後に国営通信会社のロステレコムがロシアとクリミア半島の間に通信ケーブルを通すと、16年にも2本目のケーブルを海底に敷設した。ロステレコムの子会社がクリミア半島を仕切る新たなプロバイダーとして台頭し、その通信は半島の東側、ロシア国内のプロバイダーを経由して世界のインターネットへとつながるように変わっていった。ウクライナ政府は17年にクリミア半島へのインターネット接続サービスの提供停止を宣言。要するに、クリミア半島からのインターネット接続が、3年かけてウクライナ本土経由からロシア経由へと移行したことになる。
研究チームは、クリミア半島から撤退したプロバイダー会社などから聞き取り調査も行った。併合後はロシアの法規制などに従うよう求められ、通信を監視する機器を設置するよう求められることがあったという。
「併合前のクリミア半島のインターネットには様々な経路があり、だからこそ安定してつながっていた」とフォンテュニュさんは言う。対照的に、併合後は敷設された2本の大きなケーブルを通してまずロシア国内につながることになった。「インターネットは、より多くの接続先とつながることで大きくなってきた。クリミア半島ではそれと反対のことが起きていて、ネットの世界で孤立化している」と話す。
クリミア半島で起きたインターネット構造の変化は何を意味するのか。技術研究所所長の長健二朗さん(61)は「ロシアのインターネット接続会社は国営企業で、そことつながることは、当局に検閲や監視をされかねないという不安を抱くことになる」と話す。
その上で、長さんは「インターネットの根本にあるのは、誰もが等しく同じ情報にアクセスできるということだ」と力を込める。「例えば、何かの出来事を伝える記事について、ある国からはアクセスできなかったり、ある国ではまったく違う内容に書き換えられたりしてしまうような事態を防ぐ。それこそが、インターネットに関わる人間の共通理解だと思っている」と話す。
今年2月のロシアによるウクライナ侵攻が始まってから、ウクライナ国内の通信の断絶やサイバー攻撃の被害なども多く観測しているという。フォンテュニュさんら研究チームは、ウクライナ周辺の地域だけでなく、香港や台湾、アフリカなど世界各地でのインターネットに目をこらしている。