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ロシアで差別と闘うには、皮肉とウィットが必要だ

World Now 更新日: 公開日:
5月1日のメーデーにサンクトペテルブルクで性的少数者のシンボル、レインボーフラッグを掲げる活動家=AP

5月初旬、ロシア・サンクトペテルブルクで会ったLGBT(性的少数者)活動家のアレクセイ・ナザロフから、メールで動画が届いた。「次の記事にぜひ」。1日のメーデーに、LGBT(性的少数者)の権利を訴えたパレードの様子だ。レインボーの旗を掲げて、太鼓などを叩きながら行進する人々は叫んでいた。「ファシズム、ホモフォビア、性差別、もうたくさん!」

LGBTの活動に障壁の多いこのロシアで、ナザロフたち活動家は、時にはウィットに富んだパフォーマンスで、彼らに対する差別にユーモアで対抗している。ホモフォビックな政治家に暴言を浴びせられれば、「ホモ」「豚野郎」といった罵詈雑言をつないでオペラの歌をつくって、路上で高らかに歌いあげた。軍をたたえる「祖国防衛者の日」には「LGTB特殊部隊」と称して、コミカルな軍隊式の行進をしてみせた。3月の大統領選前には「プーチン大統領を支持するゲイの会」という皮肉をこめたキャンペーンを展開し、凜々しいプーチンの肖像にレインボーの旗をあわせ、「我らがプーチン」とうたったTシャツもつくった。

→サンクトペテルブルク市議の暴言を歌にした「ミロノフのアリア」(YouTube)

→「LGBT特殊部隊」のパフォーマンスを報じるRadio Free Europe/Radio Libertyの映像 (YouTube)

そんなユニークな路上パフォーマンスをするロシアのLGBT活動家たちだが、メーデーのデモで険しい顔をしていたのは、降り注ぐ小雨のせいだけではない。ロシアでLGBTが公然と声を上げることは、日に日に難しくなっているのだという。

この日、ナザロフはレインボーの旗を掲げ、警察に拘束された。

→サンクトペテルブルクで行われた今年のメーデーの様子(YouTube)

プーチン大統領は2013年、「非伝統的な性関係を子どもに広める」ことを禁じる同性愛宣伝禁止法に署名した。目的は「子どもを守るため」とされている。ただ、法律は定義が幅広く解釈される余地があり、活動家らによると、公の場所でLGBTの権利を訴えるデモなどは、この法律が成立して以降、当局の許可が下りなくなっているという。だからこそ、さまざまな団体がパレードをする5月1日のメーデーは、彼らが公然と声をあげられる、めったにない機会だったのだ。

LGBTの権利を訴え街頭に立ち、警察に質問されるアレクセイ・ナザロフ=本人提供

法律は撤廃されても

旧ソ連時代、同性愛行為は法律で禁じられていた。法律は1993年に撤廃されたが、同性愛者に対する偏見はロシアの社会に根強くある。

ただ、ナザロフはこの法律が、ホモフォビア(同性愛への嫌悪)をあおったとみている。「おい、ホモがいるぞ」。彼が地元サンクトペテルブルクの地下鉄で、聞こえよがしにこう言われたのは、この法律が成立した直後だった。サンクトペテルブルクは、ロシアの他の地方都市や田舎に比べれば、LGBTに寛容な街だ。「個人的にはそれまで、あからさまなホモフォビアに遭ったたことはなかった。ホモフォビアは国民の中からではなく、国家がつくっているのです」

ロシアの独立系世論調査期間レバダ・センターの調査では、この法律に肯定的な回答は、成立直前の13年2月は67%だったのが、成立後の15年3月は77%に増えた。

また、サンクトペテルブルクの「独立社会研究センター」がロシア全土の裁判記録を調査したところ、LGBTをねらったヘイトクライム(憎悪犯罪)は、2010年の18件から、2015年は65件にまで増加していることが明らかになった。

調査をした社会学者のアレクサンドル・コンダコフは、「ロシアの人々はLGBTについてポジティブなことや正しい知識を学ぶ代わりに、彼らを辱め、スケープゴートにすることを政府の方針から学んでいる」と背景を分析する。「政府はLGBTに対する無知と憎悪をかきたてる政策をとっている」

この調査の統計はあくまで加害者が起訴され、判決に至ったものだけだ。そもそも同性愛者らは被害を表沙汰にしにくい状況があり、泣き寝入りに終わった被害はさらに多くあることは想像に難くない。

LGBTの権利を訴え、一人で街頭に立つ活動家=アレクセイ・ナザロフ氏提供

実際に、インターネットにはゲイらへのおぞましい暴力をとらえた動画がいくつも見つかる。こうした映像はLGBT側の活動家によって撮られたものもあるが、一部は加害者側が「犯行」を誇らしげにSNSで公開したものだ。ゲイと見られる男性を集団で拉致・監禁し、彼らを脅しながら、頭を剃ったり、裸体に落書きをしたりといった、目をそむけたくなるようなものもある。

加害者は顔を隠そうともしない。捕まることはないと確信しているからだろう。ナザロフらの活動を撮影した動画の多くにも、喜々として妨害したり、嫌がらせをしたりする若い男性たちが映っている。たまたま居合わせた市民だ。

「プーチン大統領を支持するゲイの会」という皮肉を込めたキャンペーンで作製したシャツを着るアレクセイ・ナザロフ=本人提供

ナザロフの友人にも、運動への参加に踏み出せないゲイの人たちがいる。ナザロフに会ったのは、サンクトペテルブルク中心部の共同住宅内だったが、一緒にいた友人の一人が用があって先に出る時、ナザロフは彼に、地下鉄の駅に着いたら連絡するよう伝えた。「中庭にどうも様子のおかしい若者がいた。待ち伏せしていたのかも、ということが頭によぎったので」

それでも、ナザロフや彼の仲間は、当局による逮捕や一部市民による暴力的な嫌がらせにもひるむことなく街頭で声を上げ続ける。「5年後には大きなゲイプライド(ゲイのパレード)を開きますよ。その時はぜひ来て下さい」とナザロフ。「プーチン大統領がその先頭を歩いているかもしれませんよ」

2015年のメーデーにLGBTの権利を訴えるロシアの活動家たち=アレクセイ・ナザロフ氏提供

「ロシアのゲイに聞いた 『この国に自由はあるのか』(ロシアの謎)」はこちらから