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ネットが分断「スプリンターネット」の時代 それは「当然の流れ」か、致命的な誤りか

World Now 更新日: 公開日:
インターネット回線のイメージ写真
写真はイメージ(gettyimages)

■ネットの世界にも「領土」の意識

ニコニコ動画などで知られるドワンゴの創業者で、KADOKAWA取締役の川上量生氏(53)は2015年の著書で、「今後10年、20年のタイムスパンで見た場合は、インターネットに国境を作ろうとする動きが活発化するだろう」といった予想をしていた。

「ネットで遊んできた人間」と自認する川上氏は、「エンターテインメントの場としては自由であってほしい。だが今は、人間の生活、経済の中心がネット上に移ってきている。国家の立場にしてみれば、そこをコントロールしたいと考えるのは当然の流れ」と話す。

KADOKAWA取締役の川上量生
KADOKAWA取締役の川上量生氏=目黒隆行撮影

自身のビジネスの経験を踏まえ「例えば国内にサーバーのある日本企業は国内法を守る必要があるが、海外にサーバーのある企業は日本の法律の影響を受けないので、有利になるといったことが現に起こっている」と話す。違反を見逃してしまったり、規制に実効性が伴わなかったりすることがある。

国家の主権が及ぶ領土、領海、領空にならい、サイバー空間にはさしあたり「領網(りょうもう)」という名前をつけた川上氏。領網をコントロールできるかどうかが、国家の視点に立てば今後ますます重要になるという。その上で、「インターネットの今後の姿を考える上で大事なのは、自らの視点をどこに置くか。国家なのか、企業なのか、それとも個人なのかによって、まったく異なるものになる」と話す。

「スプリンターネット」がテーマの6月のオンラインイベントでは、日本のセキュリティー対策機関JPCERTコーディネーションセンター(東京)の国際部部長、小宮山功一朗氏が「分割は起きようとしている段階ではなくて、既に分割されてしまっている」と断言した。

小宮山氏によると、海底ケーブルやデータセンターなどインターネットの基盤に関わるものほど、領土や領海といった国家の管轄権の影響が大きい。こうしたインフラにも現実の国家間の関係が反映されているとして、「インターネットは一つ」という主張にはもはや説得力がないのではと指摘する。インターネットが今後どう分割されていくのかについては、米国と中国を中心とする2分割や、そこに欧州を加えた3分割、民主主義国家と権威主義国家と巨大IT企業が牽制(けんせい)し合う3分割など、学者や政治家らが様々な見立てをしている。

■ひとたび分裂を始めたら、細分化は止まらない

インターネットの自由な開発や発展、利用の保障などに取り組む、「インターネットソサエティ」という国際NPO組織がある。長年インターネット業界に身を置き、トップレベルドメインの一つ「.info」の立ち上げなどに携わったCEOのアンドリュー・サリバン氏は、インターネットの将来をどう見ているのか。話を聞いた。

国際NPO組織インターネットソサエティCEOのアンドリュー・サリバン氏
国際NPO組織インターネットソサエティCEOのアンドリュー・サリバン氏=同NPO提供

IT企業が、特定の国で自社サービスを停止することは、これまでもありました。しかし、インターネットにつながるためのサービスを提供するコージェントのような通信会社が、特定の相手をネットワークから遮断するようなことは、これまでありませんでした。同じネット上でも、次元が違う話です。かつてないことであると同時に、インターネットそのものをむしばみかねない行為であり、大きな懸念を抱いています。

インターネットから、犯罪者や偽情報を流す人を切り離すべきだという声は、以前からありました。今回のロシアによるウクライナ侵攻のように侵略国家をネットワークから排除したいという感情は、私も理解できます。

しかし、この「切り離す」という考えには、三つの問題があります。

第1に、私たちは、「正確に」「特定の対象を」「完全に」インターネットから切り離すという技術を持っていません。政府や軍がインターネットを使えないようにしようと排除を試みたところで、ダメージを被っているのはおおかた一般市民です。人々はまず、この事実を知るべきです。

第2に、政治的な理由で「切り離す」という行為は、インターネットの原則を変えてしまう。技術的に必要な条件がそろえばだれでもインターネットに接続できていたのが、「民主主義的であること」という条件が加わったらどうなるか。そもそも誰がどうやって判断するのか、大きな問題になるでしょう。

三つ目は、問題の解決には相手との対話が必要だということです。コミュニケーションの大部分をインターネットに頼っている現代において、そのつながりを切り離してしまうことは致命的です。

この3点の理由から、ネットワークから特定の相手を「切り離す」という選択は、間違っていると考えます。

切断するのは「ロシア側からの偽情報を防ぐため」という理由もよく聞きます。しかし、偽情報の問題の本質は、インターネットという技術的な問題ではなく、私たち人間社会の脆弱性にあります。解決すべきは、技術を使う人間や社会の側の問題です。

一つの大きなネットワークを、小さく分断していったらどうなるか。補い合っていた力が弱くなり、次第に成り立たなくなります。きっちりと積み上げられたれんがのようなものなのです。

一つの大きな「インターネット」が、分断された「スプリンターネット」になるということは、私たちが当たり前のように使っているインフラが失われるということ。はじめは二つに分かれただけのつもりでも、ひとたび分裂を始めたら、さらなる細分化は止まらないと考える方が自然です。ロシアとインターネットがつながらなくなっても、自分には関係ない。そんな風に考えている人にこそ、知ってほしい。

インターネットはすべての人のためにあり、それぞれがつながる機会は保障されなくてはならない。政治的駆け引きの道具にしてはいけないのです。