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ロシアの自由な通信を守る「とりで」が筑波大学にあった 月間100万人がアクセス

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モノであふれる雑然とした執務スペース。ロシアの自由な通信を守るためのサービスを続ける筑波大学客員教授・登遊大さんは、この長机でアイデアを形にする
モノであふれる雑然とした執務スペース。ロシアの自由な通信を守るためのサービスを続ける筑波大学客員教授・登大遊さんは、この長机でアイデアを形にする=須藤龍也撮影

コンピューターのサーバーが積み上げられた部屋で、大量に接続されたケーブルの通信ランプが、それぞれに緑色の点滅を繰り返していた。外部から接続されていることを示すものだ。

接続している人たちは、このサーバーを中継地点にして、世界各国のサイトにアクセスしている。

これは、「VPN(バーチャル・プライベート・ネットワーク=仮想専用線)」と呼ばれるサービスの一環だ。

VPNはもともと、企業など組織内のネットワークに外部から安全に接続する仕組みとして考案された。コロナ禍で在宅勤務をするために使い始めたという人も多いだろう。

VPNにつながる通信はすべて暗号化されており、接続する人がどのサイトにアクセスしているかなど、第三者が知るすべはない。

「この緑色の点滅の中に、ロシアから接続している人たちも大勢含まれていると思います」

こう話すのは、筑波大学の客員教授である登大遊さん(37)だ。

ロシア国内はいま、SNSや海外メディアサイトへのアクセスが制限されている。ロシア政府がアクセス先を監視しているためだ。監視を逃れ、自由なアクセスを求めて、ロシア国民の間でVPNを利用する動きが広がっている。

登さんによると、ロシアからの接続は月間100万人を超える。ウクライナ侵攻前の6倍以上だという。

筑波大学が無償で提供しているVPNサービスは、もともと、2013年に登さんが研究用として開発したものだった。誰もが自由に使うことができ、登さんに共感した世界中の協力者によって、全世界に約6000台のサーバーが設置されている。利用者から見れば、約6000カ所の接続場所があることになる。

例えば、ロシアにいる人が日本のサーバーを選んで接続すれば、ロシアからは見られない欧米メディアのサイトを見ることができる。ロシア当局からすると、ロシアにいる人が日本のサーバーに接続していることまでは把握できるが、その先はわからない。

「外国政府の検閲用ファイアウォールを超えて、世界中の知識に自由にアクセス」。VPNサービスの入り口になっている筑波大学のポータルサイトには、こんなうたい文句がある。

ただ、登さん自身は、特定の国に対する政治的な意図や特別な思いはないという。

「何者かが妨害してつながらないという『けしからんインターネット』を直す。技術者として問題を克服するのは当然のことです」

ネット遮断といえば中国が有名だ。登さんもかつて、中国側からVPNサービスの接続を大規模に遮断されたことがあった。そこで、中国の通信回線から筑波大のサーバーに片っ端からアクセスを試みたところ、大学内に置かれたVPNサーバーだけ接続できなかった。狙い撃ちは明白だった。

中国の通信会社に接続できない原因を聞くと「回答できない」。中国政府の規制かどうかも言えないという。ならば技術的に回避する手段に出ても文句は言われないだろう。「回避策を考え、妨害され、また回避策を考える。こうして技術力を高めることができた」

コロナ禍によるテレワーク需要を救ったのも、登さんだった。多くの人が自宅から職場のネットワークに安全につながる必要が出てきた。

登さんは緊急事態宣言が発令された20年4月、VPNサービスのノウハウを生かしたテレワークシステムをわずか2週間で作り、無料で公開した。職場と自宅に接続ソフトを導入すれば誰でも使える。今では全国に24万人以上の利用者がいる。

自治体職員のテレワークを支える1本の光ケーブル
自治体職員のテレワークを支える1本の光ケーブル=須藤龍也撮影

さらに、約800の自治体が利用するシステムも作り上げた。登さんの仕事場近くにあるサーバーに接続された、たった1本の黄色い光ケーブルが、全国の7万人近い自治体職員の業務を支えている。

こうした登さんの行動の原動力は、ルールや規制にとらわれたり、自由な発想や行動が制限されたりすることへの「けしからん」という思いからきているという。

思いついたら実験し、とにかく挑戦してみる。正しいと思うことは行動に移すが、それはきちんとした理由を考え、ルールを守った上でのことだという。

1人の技術者の「つながりたい」という思いから作られた無料VPNサービスが、ロシア国民に自由なインターネットへのアクセスを提供している。