外務省職員としてアラビア語の首相通訳を務め、外交交渉の現場に立ち会ってきた中川浩一さん(現在、三菱総合研究所主席研究員)。著書「総理通訳の外国語勉強法」(講談社)を2020年に出版した中川さんに、忙しいビジネスパーソンに向けた外国語の習得術や世界で通じるコミュニケーション術を語ってもらいます。
お悩みを正直に相談いただき、ありがとうございます。
スピーキング力でのスピードアップの方策ですね。24歳でゼロからアラビア語を始めた私からすると、「スピード感が上がらない」とはずいぶんぜいたくな悩みだというのが正直な感想です。なぜなら、さらささんはすでに、話す内容もある程度固まっていて、そのための語彙、表現、文法もインプットされている。ただし、それが細切れになっていて、うまくつながらないだけというレベルに達しているとうかがえるからです。私には、その「細切れ」をつなげてスムーズに話すことは最後の仕上げの段階に感じます。ですから、まずは、ご自身のこれまでの努力に自信を持ってください。
その上で、その「細切れ」をスムーズにつなげていくために、私が通訳として実践した方法をお伝えしましょう。このコラムでもレッスン10に詳しく紹介している「クイックレスポンス」という練習法です。
その名のとおり、ある単語、表現を、脳に思いついてから口に出すまでの時間を縮めることができればできるほど、今まで細切れでバラバラになっていたもののすき間がなくなっていきます。
具体的には、日本語の単語を友人やパートナーに言ってもらい、さらささんが学んでいるフランス語で口に出すまでの時間を1秒以内にする練習をするのです。首相通訳の場合は、ゼロ秒台前半を目指します。
他者の発言を自分の脳にインプットし、訳してアウトプットするまでの時間を縮めるわけですが、発信もロジックは同じです。他者から自分への時間がない分、スピードは速くなるはずです。そのための単語、表現は、市販の単語集ではなく、できるだけさらささんの使うものに絞ってください。そのためにも「オリジナル単語帳」の作成をおすすめします。
そして、単語や表現のスピードが上がってきたら、次は1文を速く言う練習に切り替えましょう。結局、単語や表現の組み合わせが文章なのですから。その際に重要なのは、逐語訳をしていくことではなく、文章として何を伝えたいかを絶えず考えること。逆にそれさえできれば、子細は気にしないと割り切ることです。
コミュニケーションの基本は伝えること!がんばってください。
バイデン大統領の訪日とQUADについて話してみよう
さて、今回は5月下旬のバイデン大統領の訪日と、それに併せて行われた日本、アメリカ、オーストラリア、インド4カ国のQUAD首脳会合です。この会合では、ロシアによるウクライナ侵攻について、インドの対応が焦点となりました。なぜでしょうか?現下の国際情勢、日本の立場について、話してみましょう。
日本語を読んで、ここから自分ならどの単語や表現を使って、自分の意見を言おうかと考えてみてください。英語でなく、日本語で考えましょう。
そして自己発信文を、私が提唱する「自己発信ノート」に書いてみてください。一人称で考えることが重要です。
次に、日本語の記事の英語の原文を見ます。
あなたがイメージした英語と違っていても、まずは原文の英語をそのまま引用して、自己発信文を英語にしてみましょう。
選んだ題材の文章を少し加工するだけで、自分の意見を表す文章が完成しました。
自己発信文に戻ると、英単語はいくつかのバリエーションを持っていくことが、語学力を高めるコツになります。これらを踏まえた「オリジナル単語帳」のイメージは下記の通りです。
みなさんに「宿題」です
次の日本語からいくつの外国語(英語)が言えますか?
少し日本語を言い換えても構いません。バリエーションの訓練が、ビジネス本番で必ず役に立ちます。さきほどもお伝えしたとおり、大事なことは、伝えること。思いつくかぎりの想像力でトライしてみてください。回答は次回、お伝えします。(以前の宿題はバックナンバーを参照ください。前回の宿題はレッスン11、その回答例はレッスン12にあります)
71 減らす、削減する
72 衝突する
73 断る、拒否する
74 主張する、論争する
75 軽視する、軽蔑する
76 促進する
77 取り組む
78 困惑させる
79 混乱させる
80 妨害する
良いコミュニケーションとは? 語学力だけでは足りません
これまでのレッスンでは、外国語力そのものの向上に重きを置いてきましたが、これからは培った外国語力をどう実践の場で生かしていくかについても、私の経験からアドバイスしたいと思います。
私は、外交官としての約26年間のうち、半分の約13年間は海外駐在(アメリカ、イスラエル、エジプト、パレスチナ)、残りの東京でも、世界各国へ出張したり、国際会議に多数出席したりしてきました。そしてエジプトとパレスチナではイスラム教、イスラエルではユダヤ教、アメリカではキリスト教、ユダヤ教の方と数多くの外交交渉をしてきました。
その経験の中で、私が外国人とのコミュニケーションで根本にあり、重要だと思うのは、「多様な価値観」への吸収力と理解力です。
近年、日本でよく言われる「グローバル人材」は、英語がネイティブのように話せる人と捉えられがちですが、外国語ができれば外国人と良いコミュニケーションが取れると考えるのは間違いです。
このコラムでも強調しているように、最終的には、あなたが話す自己発信の「内容」に加えて、実践では、相手の地域や国、文化背景に応じて話すべきこと、話してはいけないことを精査していかなくてはなりません。相手の価値観、バックグラウンドを知ろうとする努力や準備というものは結構大変なことで、世界に広く、高くアンテナを張らないとできません。
このコーナーでは、目前のビジネスの案件から離れた教養を身につけるノウハウのみならず、今後、そのような「知っておくべきこと」、教養についてもお伝えしたいと思います。どうぞご期待ください。