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プーチン流GoToは不発でも期待されるロシア国内旅行の発展

迷宮ロシアをさまよう 更新日: 公開日:
ロシア屈指の観光地ソチにて、様々なツアーを販売するブース(撮影:服部倫卓)

ロシア版GoToとは?

世界が新型コロナウイルスに翻弄された2020年が、暮れようとしています。日本でも旅行産業が大打撃を受け、落ち込みを軽減するための措置として「GoToトラベル事業」が打ち出されました。しかし、我が国のGoToは迷走し、制度的な歪みも指摘されました。

注目すべきことに、ロシアでも日本のGoToに良く似た国内旅行促進策が実施されました。ロシアでは「旅行キャッシュバック・プログラム」と呼ばれています。今年7月のロシア連邦政府の決定にもとづくものであり、その時点では予算規模は150億ルーブルで、2020年中に300万人が利用することを想定していました。

ロシア版GoToの実施主体は、ロシア連邦観光庁です。ロシア独自の支払システムである「ミール」がプログラムのパートナーとなっており、国内旅行をした国民にその旅費の20%(ただし上限は2万ルーブル)がミールのカードに払い戻される仕組みです。

先日、観光庁が発表したデータによると、2020年にロシア版GoToを利用した国民は約30万人で、プログラムを利用した旅行の総額は65億ルーブルであり、12億ルーブルが旅行者にキャッシュバックされたということです。元々の予算規模から考えると、消化率は1割以下に留まったようです。直近の為替レートは、1円=0.73ルーブル程度となっていますので、キャッシュバックされた12億ルーブルを日本円に換算すると、16億円くらいでしょうか。

一方、我が国の観光庁が発表した日本のGoToトラベル事業の利用実績を見ると、7月22日~11月15日の期間で、利用人泊数:少なくとも約5,260万人泊、割引支援額:少なくとも約3,080億円だったということです。日本とロシアは、人口数はそれほど変わりませんが、実際に執行されたロシア版GoToの事業規模は、日本のそれよりも2桁ほどスケールが小さかったと言えそうです。

2020年の消化率が非常に低かったことから、ロシア政府としてはこの12月に、旅行キャッシュバック・プログラムの予算規模を、当初の150億ルーブルから、実際にかかった12億ルーブルへと修正しました。プログラムを今後も継続するかどうかについては、現在検討中です。

ディスカバー・ロシア

このように、ロシア版GoTo自体はやや不発だったものの、2020年がロシアの国内旅行産業にとって一つの転機となったことは間違いありません。というのも、ロシア国民で、ある程度経済的に余裕のある人たちは、これまでは夏休みなどでまとまった休暇を取得すると、外国旅行に出かけるのが一般的でした。しかし、今年はコロナ禍で国境を越える移動が困難になったので、ロシア国内の旅行に目を向ける人が増えたのです。通貨ルーブルのレートが下落したことも、ロシア国内の旅行業には有利に働きました。

プーチン政権も、そのような機運を捉えて、国内旅行を奨励する姿勢を打ち出しました。5月、プーチン大統領は「国内旅行産業の形成に、特別な関心を払うべきだ」と発言しています。ロシアは近年、輸入代替政策、すなわちこれまで輸入で賄ってきた商品を国産に切り替えていくという路線を推進していますが、旅行についてもいわば輸入代替を目指そうというわけです。7月に決まったロシア版GoToも、そうしたプーチンの号令を受けて出てきた政策でした。

ちなみに、ある調査によると、ロシア国民のうち、2018年に外国を旅行した人は16%、国内を旅行した人(正確には「自分が居住している地域の外に出かけた人」)は29%ほどだったようです。当然、敷居の低い国内を旅行する人の方が多いわけですが、国内旅行と言っても、仕事や友達に会う目的などあらゆるものを含んでおり、観光目的は一部にすぎません。一方、外国への旅行は大部分が観光旅行であることが知られています。

筆者の感覚から言っても、ロシアの皆さんが観光のためにあえてロシア国内に旅行に出かけることは、やはり盛んではないと思います。日本人が京都で寺社仏閣を巡るような感覚で、ロシア人がベリーキーノブゴロドに出かけ古刹巡りをするようなケースは、少ないでしょう。日本人が北陸にズワイガニを食べに行くように、ロシア人がカムチャッカにタラバガニ(ロシア語では「カムチャッカカニ」と呼ぶ)を食べに行くかと言えば、まずありえません。

逆に言えば、これまで未発達であった分、国内旅行開拓の余地は、非常に大きいということなのだと思います。実際、今年のある時期からロシア国内旅行が活況を呈していることを示すデータがあります。当然のことながら、コロナによる厳戒態勢が続いた3月頃から7月頃にかけては、国内旅行も大幅に落ち込みました。しかし、8月後半からは、国内旅行の申込み数が前年同期を上回って推移しています。

「2020年はロシア国民が自分の国を再発見し、国内旅行元年と位置付けられる年になった」といった論調も見られます。ロシア版GoToも、消化率は低かったものの、国内旅行ブームの一助にはなったかもしれません。

圧倒的にビーチリゾートが人気

ここで、ロシア国民が旅行に何を求めるかを示すデータを見てみましょう。「全ロシア世論調査センター」が2020年9月頃に実施したアンケート調査で、「貴方はどんな休暇の過ごし方が好きですか?」ということを複数回答で問うているので、その結果を上のグラフにまとめてみました。ただし、この調査はコロナの年に実施されたものなので、田舎・別荘・家庭菜園、自宅などで、混雑を避けおとなしく過ごしたいというムードが例年以上に強まっていたことを考慮すべきかもしれません。

他の機関による調査では、ビーチリゾートという回答がもっと多くなっているケースが目立ちます。たとえば、NAFIという機関が2019年にロシアで行った調査では、好きな休暇の過ごし方として、ビーチリゾートが43%の支持を集めトップになりました。Momondoという企業が今年初めに実施した国際的な比較調査でも、ロシアでは実に64%の回答者がビーチリゾートを挙げており、他の国よりも海と太陽を好む傾向が確認されています。

とにかく、北国ロシアの人々は、太陽への憧れが強いのです。科学的根拠があるかどうかは知りませんが、「夏にたっぷり日差しを浴びておかないと、冬に風邪をひく」と信じている人が多く、それもビーチリゾートへの需要に繋がっているのでしょう。ロシア国民にとって最も身近な外国のビーチリゾートはトルコのそれですが、時間とお金に余裕があればもっと遠いところまで出かける人もいます。

そして、ビーチリゾート好きは、国内旅行の勢力図にも表れています。今年、OneTwoTripという会社がロシアで行ったアンケート調査で、国内で行きたい旅行先を尋ねたところ、クリミア26.5%、クラスノダル地方25.2%、アルタイ山脈7.8%、バイカル湖5.9%という結果になりました。黒海に面したクリミアは以前からロシア人にとって手頃なリゾート地でしたが、2014年にロシアがウクライナから同半島を併合したことにより(むろん国際的な承認は得られていない)、ロシアの立場によれば「国内旅行先」に変わったわけです。また、ロシア南部のクラスノダル地方もやはり黒海に面し、ソチ、アナパ、ゲレンジクなどを擁するビーチリゾート地帯となっています。

一方、改めて上のグラフを眺めてみると、特徴的なのは、ロシア国民が休暇の過ごし方で「グルメツアー、現地料理の体験」をあまり重視していないことです。日本であればトップに来てもおかしくない項目だと思うのですが、どうもロシア国民は「色んなところに行ってその土地ならではの料理を食べたい」という熱意が低いような気がします。

そして、それと裏表の関係として、ロシアの各地方には「ご当地グルメ」というものがほとんど存在せず、これがロシア国内旅行をやや味気ないものにしてしまっていると思えてなりません。その問題については以前、「ロシアの外食産業事情と『なんちゃって和食』」の回でも論じましたね。日本人がご当地グルメに寄せる情熱の方が異常と言えばそれまでですが、ロシアの国内旅行でも、もう少し地方ごとの「食」の要素が充実するといいのではないかと思います。

黒海沿岸地域で食されるバラブリカという魚の唐揚げは、ロシアにあっては貴重なお勧めできるご当地グルメ(撮影:服部倫卓)

来年は自由に旅行できるような年になるのか?

ロシアのあるサイトでは、「2020年にはロシア国内旅行の黄金時代が到来した」として、「訪れるべきロシアの美しい都市ベスト20」なるものを発表していました。ちなみに、1.カザン、2.ソチ、3.カリーニングラード、4.ニジニノブゴロド、5.ウラジーミル、6.アルハンゲリスク、7.ヤロスラブリ、8.ボルゴグラード、9.ロストフナドヌー、10.ノボシビルスク、11.イルクーツク、12.エカテリンブルグ、13.プスコフ、14.ヨシカルオラ、15.ボロネジ、16.ピャチゴルスク、17.スーズダリ、18.クラスノヤルスク、19.リャザン、20.ウラジオストク、となっています(別格のモスクワとサンクトペテルブルグは除外した地方都市のみのランキング)。

こういうのを見ていると、自分もロシアに行きたくなってしまいます。思えば、この連載の今年1回目は「まだだいぶ遠いロシア全地域制覇への道」というコラムでした。その中で、ロシアには83地域があるが(クリミア共和国およびセバストーポリ特別市は含まない)、自分が訪問したことがあるのは53地域であり、まだ未踏破のところが30地域だということを申し上げたと思います。

結局、筆者は2020年に一度も日本から出ることがありませんでしたので、訪問したことのあるロシアの地域や街も、一つも増えませんでした。個人的に、一度も外国に出かけなかったのは、30年振りくらいです。

本当に、とんでもない1年でしたね。一日も早く世界が正常化し、国内も国外も再び自由に移動できるようになることを祈りながら、2020年の連載を締めくくりたいと思います。