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まだだいぶ遠いロシア全地域制覇への道

迷宮ロシアをさまよう
モスクワの空港から小型機に乗って、いざロシアの地方都市へ(撮影:服部倫卓)

ロシアの83地域のうち53を訪問

明けましておめでとうございます。新年第1回のコラムは、まだお屠蘇気分が抜け切っていないということで、シリアスな内容ではなく、気軽な話題をお届けしたいと思います。

筆者はここ15年くらい、所属団体の業務として、ロシアの地域開発、経済特区、工業団地を調査する事業を、毎年のように担当してきました。その現地調査のために、ロシアの地方を訪問する機会が、数多くありました。気付けば、結構な数のロシアの地域を訪れてきたなあという感じがします。ですので、今回のコラムではその行脚の記録を披露してみたいと思います。

まず、基本を整理しておくと、ロシアは85の「連邦構成主体」から成る連邦国家です。「連邦構成主体」では堅苦しすぎるので、以下では単に「地域」と呼ぶことにします。85地域の内訳は、州が46、地方が9、共和国が22、自治州が1、自治管区が4、特別市(連邦的意義を有する市)が3となっています。

ただし、85の中には、ロシアが2014年に合法的に編入したと主張しているクリミア共和国とセバストーポリ特別市の2つが含まれています。ロシアによるクリミア領有は国際的に承認されていないので、以下ではロシアの地域は83であると見なすことにします。

勘定してみたところ、筆者は2019年までに、ロシアの83地域のうち、53地域を訪問したことがあるということが判明しました。まだ未踏破のところが、30地域です。自分が訪問したことのある地域を赤、行ったことのない地域を黒で塗り分けたのが、下の地図になります。

ところで、「訪問」ということを語る場合に、その定義をはっきりさせておくべきかもしれません。私の知り合いのロシア人は、大変な日本通で、日本のすべての都道府県をとうの昔に訪問し終え、もう「2周目」も終えたということです。その方の「訪問」の定義は、「現地で少なくとも一泊すること」だそうです。

筆者はというと、もうちょっと緩い定義で勘弁してもらっています。たとえ日帰りでも、あるいは途中下車でも、目的意識をもってある都市や地域に立ち寄ったなら、「訪問」としてカウントさせてもらっています。ロシアの場合、そうでもしないと、なかなか数が稼げませんので。

ロシアの全地域制覇は至難

日本では、「47都道府県のすべてを訪問してみたい」と思っている国民は多いと思いますし、実際にそれを達成したという人も少なくないでしょう。移動距離が比較的短く、交通網も発達している日本では、その難易度は高くありません。かく言う筆者も、そんなに頻繁に旅行に行くタイプでもありませんが、残り8県でコンプリートというところまで来ています。

それから、「アメリカの50州をすべて回ってみたい」というのも、ありがちな夢なのではないでしょうか。アメリカ国民自身もそうでしょうし、日本人でも憧れる人はいるでしょう。行った記念に各州のスプーンを集めるというコレクションもあるそうですね。他方、中国も広大な国ですが、一級行政区は23省・5自治区・4直轄市・2特別行政区の計34だそうですので、数が少ない分、全部行こうと思えば行けそうな気がします。

問題は、世界一広大で、その割には交通が未発達であり、地域の数も83と多いロシアです。「私はロシアの全地域制覇を目指しています」などという人がいたら、かなりの変人だと思います。日本であれば行く先々でのご当地グルメといった楽しみがありますけれど、ロシアは地方ごとの名物などが乏しいので、「全部行ってやろう」というモチベーションも沸きにくいのですね。さすがに、プーチン大統領やメドベージェフ首相はロシアの全地域を行脚しているはずですが、一般人で全地域に出没したことのあるような人がいるのか、はなはだ疑問に思います。

惜しくも亡くなってしまったのですけれど、筆者の所属団体のモスクワ所長を長く務めた池田正弘さんという有名なロシア・マニアがいました。池田さんは自らハンドルを握ってロシア各地をドライブし、その経験を『ロシア縦横無尽』(東洋書店、2014年)という著書にまとめています。しかし、池田さんに生前お聞きしたところ、「ロシアの全地域を訪問するのは無理。僻地のようなところや、ややこしい民族共和国などが多すぎる」とのお話でした。池田さんのようなロシア上級者ですら匙を投げるくらいですから、ロシア全地域制覇というのはかなり無謀な挑戦だということが分かります。

筆者がまだ訪問経験のない30地域は上の地図にまとめたとおりですが、大きく3つに大別できると思います。

第1に、首都モスクワに比較的近く、行こうと思えばそれほど苦もなく行けるのに、これまで機会のなかった一連の地域があります。ロシアのヨーロッパ部には、これといった大企業や産業がなく、経済発展水準の低い州が散見されます。筆者は個人的な旅行ではなく、所属団体の経済調査業務でロシアを訪れるため、そうした経済的にやや見劣りする地域にはなかなか足が向かいません。コストロマ州、イワノボ州などは観光コース「黄金の環」に入っており、一般の日本人でも行かれた方がいらっしゃるかもしれませんが、経済調査が生業の筆者には縁遠い地です。

第2に、辺境地域が挙げられます。ロシアは天然資源の国なので、実は辺境地域の重要性が高く、筆者の業務上もかかわりはあります。しかし、やはりアクセスが圧倒的に不便であり、現地に行って調査をしたくても、どうしても二の足を踏んでしまいます。ユーラシア大陸の東端にあるチュクチ自治管区などは、どうやって現地にたどり着けばいいのか、見当もつきません。また、天然ガス産地として知られるヤマロ・ネネツ自治管区などは、現地の行政や企業からの招聘がないと、そもそも行くのが難しいという事情もあります。

第3に、地図の左下あたりに未訪問の小さな地域が固まっていますが、これらは北カフカス地方にある一連の民族共和国です。これらの地域は、経済が後進的ということもありますが、日本政府の海外安全情報で「レベル3:渡航中止勧告」の危険情報が出ているという問題があります。というわけで、ダゲスタン共和国やチェチェン共和国といった地域への渡航は、自粛せざるをえません。

ただし、日本政府の海外安全情報に関しては、その公平性に疑問を感じます。欧米に甘く、ロシアなどには厳しいという印象を禁じえません。たとえば、ここ数年だけでも何度かテロ事件が起きているベルギーに関しては、一応はテロへの警戒を呼びかけながらも、「危険情報」という形では警告を発していません。それに対し、ロシアのある地域で一度テロ事件などが起きると、その地域を対象に、10年以上、延々と危険情報を出し続けたりします。筆者が得ている情報では、ダゲスタン共和国などの例外を除くと、現実にはロシア北カフカス地方の治安は改善されており、海外安全情報も実情に合わせて臨機応変に見直してほしいものです。

これはペンザ州の州都ペンザ市の中心部広場。とりたてて何もなく、一泊するほどのところではないので、途中下車で立ち寄っただけのパターン(撮影:服部倫卓)

ウクライナの全地域制覇は頓挫

ところで、筆者がロシアと同じくらい研究に力を入れてきた国が、ウクライナです。ウクライナは、全国27の地域から成ります(州が24、自治共和国が1、特別市が2)。ウクライナに関しては、仕事の出張だけでなく、私費で出かけた個人旅行でも地方を巡ったりしたので、これまでに20の地域を訪問することができました。

ちなみに、ウクライナの地域が27で、そのうち20を訪問したというのには、クリミア自治共和国とセバストーポリ特別市の2つも含まれています。国際社会はロシアによるクリミアおよびセバストーポリ併合を認めていませんし、筆者がクリミアを訪れたのもまだウクライナが半島を実効支配していた2012年でしたので、ウクライナの地域として数えるのがフェアでしょう。

しかし、筆者のウクライナ全地域制覇の夢は、あと7つに迫ったところで、暗礁に乗り上げてしまいました。未踏破の地域の一つであるルハンスク州(ロシア語読みではルガンスク州)が、2014年以降のドンバス紛争の舞台となってしまったからです。ルハンスク州全体が親ロシア武装勢力に支配されているわけではなく、ウクライナ政府の支配地域もあるのですが、日本政府はルハンスク州全域を対象に「レベル3:渡航中止勧告」の危険情報を出しています(上述のロシア北カフカス地方の例とは異なり、これは妥当な判断でしょう)。平和なうちにルハンスク州に行っておけばよかったと、激しく後悔しています。