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かつてモスクワに「友好」という名の書店が存在した

迷宮ロシアをさまよう
筆者がドルージバ書店で購入した2冊。左が『ロシア語・ルーマニア語会話集』、右が『ルーマニア語・ロシア語小辞典』。

たった一度のソ連訪問

筆者がソビエト社会主義共和国連邦(ソ連)という国を初めて訪れたのは、今の職場に入社してから1年後の1990年4月のことでした。モスクワで開催された見本市の事務局員として、ソ連に出向いたものです。恥ずかしながら、初めての海外渡航でもありました。そして、次に筆者がモスクワの地を踏んだ1992年1月には、もうソ連は崩壊し存在していなかったので、結局筆者はソ連に一度しか行くことができませんでした。ただ、たとえ一度だけでも、ソ連を体験できて本当に良かったと思います。

初めて訪れた「社会主義の祖国」は、見るもの聞くものすべて珍しく、鮮烈に印象に残っています。しかし、残念ながら当時は「旅先で写真を撮る」という発想すらなく、ソ連末期の貴重な風景を写真に収めることはできませんでした(なので、今回お話しする書店の写真も残っていません)。今なら一日100枚くらい撮りまくるところですけどね。

ドルージバ書店の思い出

最近、ふとしたきっかけで、往時のモスクワにあった「ドルージバ」という書店のことを思い出しました。「ドルージバ」はロシア語で「友好」を意味し、ここはソ連にとって社会主義陣営の友好国だった東欧諸国などの書籍を扱う専門店でした。筆者は東京外国語大学でロシア語を専攻したわけですが、大学でルーマニア語もちょっとだけかじり、今の職場に就職してからはルーマニア情勢のフォローも担当していました。ですので、モスクワに出かけたあかつきには、ぜひとも「ドルージバ」に立ち寄り、日本では手に入らない貴重なルーマニア関連本を買ってみたいと思っていたわけです。

というわけで、1990年4月、仕事の合間に自由時間をもらった筆者は、とるものもとりあえず、モスクワ中心部にあるドルージバ書店に向かいました。中に入ってみると、各国の書籍が、東ドイツ、ポーランド、ハンガリーなどと国別にセクション分けされ、整然と並んでいます。筆者はお目当てのルーマニア書籍コーナーで、何か良いものがないかと物色。当然、難しい文学作品などは読めませんので、語学本を2点ほど選びました。

問題はそこからです。ソ連の商店では、商品を自分で手に取ってレジまで持って行き、直接支払いをするということはできませんでした。まず、商店陳列コーナーで自分の買いたいものを選び、そこにいる店員に伝票のようなものを記入してもらい、それを持ってレジまで行って代金を支払い、そのレシートを店員に渡してようやく商品をもらえたのです。二度手間ですし、それぞれの場所で行列ができていたりするので、不便なことこの上ありません。

筆者はこの支払方式を知識としては知っていましたが、いかんせんソ連での初めての買い物であり、まごついてしまいました。ルーマニア本2点を選び、どうにか伝票に記入はしてもらったのですが、店員は「もうすぐ閉店です。急ぎなさい。早く」などと急かしてきます。筆者は慌ててレジに走ったものの、その瞬間に終業を告げるベルが店内に響きました。店員は、「残念。間に合いませんでしたね。ではさようなら」などと言って、そさくさと帰ってしまいました。筆者は呆然と立ち尽くすばかりです。

「外国人が困っているから、ちょっと時間を延ばして対応してあげよう」などとは、決してならないわけですね。筆者にとっては、社会主義経済における消費生活の何たるかを体感する洗礼となりました。なお、筆者は数日後に再びドルージバ書店に出向き、今度はしっかりとルーマニア本を入手して、リベンジを果たしました。それが冒頭画像に見る2冊であり、30年前の思い出が詰まっているので、断捨離などと言っても、これらは捨てることができません。

消えたドルージバ

冷戦時代、ソ連と東欧諸国は、軍事面ではワルシャワ条約機構を、経済面では経済相互援助会議(コメコン)を結成し、西側と対峙していました。ソ連は、現実には東欧諸国の主権を制限して衛星国として扱っていたわけですが、表向きは自発的な友好関係を装っていました。

そうしたことから、ソ連と東欧を束ねるものに、「ドルージバ(友好)」という名が冠せられることが、しばしばありました。ソ連から東欧に石油を供給するパイプラインも「ドルージバ」、ワルシャワ条約機構の軍事演習の名称も「ドルージバ」、ソ連・東欧諸国が1984年のロス五輪をボイコットし対抗して開催したスポーツ大会の名も「ドルージバ」でした。筆者にとって思い出深いドルージバ書店も、同様の命名です。

ただ、考えてみれば、筆者がドルージバ書店を訪れた1990年4月は、もう1989年の「東欧革命」の後であり、東欧各国は社会主義と決別して自由化に踏み切っていました。この時点ですでにコメコンもワルシャワ条約機構も死に体であり、実際、前者は1991年6月に、後者も同年7月に解散しています。社会主義を紐帯とする「ドルージバ(友好)」は、もう風前の灯火だったのです。

総本山のソ連邦も1991年末に崩壊し、新生ロシアは社会主義の呪縛から逃れ、新たな国造りに進みました。存在する大義名分がなくなったモスクワのドルージバ書店も、ほどなく消滅したようです。ただ、具体的にいつなくなったのかを調べてみたものの、今回は確認できませんでした。

かつてドルージバ書店があったのはモスクワ市のゴーリキー通り15番であり、現在は通りの名前が変わってトベルスカヤ通り15番になっています。建物はそのまま残っており、現在は大手銀行ズベルバンクの支店が入居しています。同行については、本連載の「ロシア銀行界の巨人ズベルバンク ほぼ太陽の沈まない帝国」の回で取り上げましたね。

筆者のコレクションで、いずれもロシア語との二か国語会話集 左上がウクライナ語、右上がベラルーシ語、左下がモルドバ語、右下がカザフ語

ソ連崩壊から30年後の地域秩序は?

一般的に、ロシアのような大国の国民は、外国の言語や文化を学ぶことに不熱心と言われます。ソ連と東欧の関係でも、東欧の側がロシア語を習得してコミュニケーションをとることの方が多かったはずです。概して、ソ連の人々が東欧の衛星諸国の文化に寄せる関心は低く、現にソ連国家による庇護がなくなるとすぐに、ドルージバ書店も姿を消してしまいました。

かつてのソ連と東欧諸国の関係は、今日ではロシアとNIS諸国(旧ソ連の新興独立諸国)の関係に置き換えられた気がします。社会主義イデオロギーのような大義名分はなくなったものの、モスクワという中心の周りに中小国が衛星状にちらばっている構図は変わりません。

昨今、ロシアの書店を覗いてみると、NIS諸国の語学に触れることのできる教材の類が売られていたりして、筆者も勉強するわけではないのについ買ってしまいます(上の画像参照)。しかし、出版事情の変化でこうしたアイテムが登場はしているものの、ロシアの人々がNIS諸国の言語や文化に関心を示すのは、依然として相当なレアケースではないかと思われます。

かつてソ連が東欧諸国との関係を「友好」と表現したのに対し、今日のロシアではNIS諸国との関係を「兄弟」などと称することが多いと思います。しかし、そうした美名に反し、プーチン政権のNIS諸国への対応は、ぞんざいであると言わざるをえません。

NIS諸国の中には、ウクライナやジョージアのように、すでにロシアの重力圏から脱しつつある国もあります。最近NIS諸国で大きな政治的事件が相次ぎ、来年にはソ連崩壊から30年を迎える中で、この地域の国際関係の力学がどのように変動していくのか、引き続き注視していきたいと思います。