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コロナ禍なのに良くも悪くも変わらないロシア経済

迷宮ロシアをさまよう
ロシアの新型コロナウイルスワクチン「スプートニクV」の承認後臨床試験のため注射の準備をする看護婦=ロイター、モスクワ市内の病院、2020年9月17日

第二派が来た

ロシアは、コロナ禍から平常への復帰を、非常に急いでいるように思えます。8月にロシア当局は、自国が開発した新型コロナウイルスのワクチン「スプートニクV」をいち早く承認し、また10月14日にはプーチン大統領が、同国で2番目となる新型コロナウイルスのワクチンを承認したと発表しました。ロシアは、途絶えていた航空便の再開にも動いており、モスクワ~東京便も11月から週2往復で復活するとのことです。

その一方で、非常に気になるのが、コロナの第二派。ロシア国民の感染は、5月にピークを迎えたあと、7~8月頃には沈静化したかに思われました。しかし、9月に入ると再び増加し、10月中旬現在の新規感染確認数・死亡数は、すでに5月のピーク時の水準を上回っています。

こうした中、ロシア経済はどのような動向を見せているのでしょうか。今回は、以前に書いた一連のコラムを「答え合わせ」するような形で、ロシアの今を論じてみたいと思います。

数字上はそれほど悪くない

今年の春頃、新型コロナウイルスの脅威が高まると、ロシアも異例の企業活動停止を決めるなど、厳戒態勢をとりました。その当時の状況については、「日本には真似できないロシアの『1ヵ月休業』 プーチンはコロナとかく戦えり」や、「ロシアは少なくともあと2年は財政破綻しない」といったコラムで論じました。

その頃の見通しとして、ロシアは2020年に4~5%台のマイナス成長に見舞われるのではないかというのが、国内での大方の見方でした(国際的にはもっと厳しい予想もあった)。では、その後、実際はどうなっているでしょうか?

ロシア経済が最も落ち込んだのは、本年5月だった模様で、それ以降は回復基調にあります。ロシア経済発展省によれば、2020年1~8月のロシアのGDPは、前年同期比マイナス3.6%と推計されています。また、9月末に同省が発表した公式的な経済見通しによると、2020年通年のGDPは、マイナス3.9%となっています。

一方、国際通貨基金(IMF)が10月7日に発表した世界経済見通しでは、2020年のロシアの成長予測がマイナス4.1%とされており、ロシア自身による見通しとそれほど大きく変わりません。IMFでは2020年の世界経済についての予測を前回の6月から全般的に上方修正していますが、特にロシアに関しては2.5%ポイントも予測を引き上げています。そして、下図に見るとおり、ロシアは中国の後塵を拝している程度で、主要国の中では比較的落ち込みが軽微になってます。

しかも、主要先進国がコロナ対策で大規模な財政出動をしたのに比べ、ロシアのそれは限定的でした。確かに、6月にロシアが決定した「経済再生計画」の規模は、GDPの5%程度に上り、西欧主要国の財政出動と同じくらいの規模とされました。しかし、ロシアの場合は既存の措置やコロナとは関係なさそうなインフラ建設事業など、様々な政策措置をかき集めたという色合いが濃いものでした。しかも、ロシアはそれを2020、2021年と2年に分けて実施するわけであり、本格的な財政出動と言えるかは微妙でした。財政を出し惜しみしながら、落ち込みを比較的小さく留めているという意味では、他の主要国よりも優秀と言えなくもありません。

構造的な問題

もっとも、コロナ禍でもロシア経済の落ち込みが比較的軽微なのには、産業構造の背景がありそうです。ロシアは石油・ガス産業、その他の資源産業、素材産業などを主力とした国。春にプーチン大統領が原則的に企業の活動停止を命じた時にも、「生産の中断が難しい企業」は例外となりました。ロシアの屋台骨を支える油田・ガス田、製鉄所、化学プラントなどは、平常どおり操業を続けたのです。

もちろん、エネルギー・資源・素材を主力とするロシアにとって、世界的に需要が低下し、価格が下落したのは痛手でした。その最たるものは、OPEC+の枠組みでの協調減産でしょう。これについては、「ロシア、今度こそちゃんと石油減産するってよ」で解説したとおりです。その後も、下図に見るとおり、減産幅の修正を伴いながらも、ロシアは律儀に減産を続けています。なお、クレパッチ氏という著名なエコノミストによると、石油の協調減産と油価下落だけで、2020年のGDPを1.5%ポイント引き下げる効果があるということです。

他方、コロナ危機で直接的な打撃を最も受けるのはどういう部門かというと、労働集約型産業、サービス業、中小企業などでしょう。ロシア経済の特徴は、まさにそうした部門が先進国などと比べて未発達であること。皮肉にも、ロシアはその後進的な経済構造ゆえに、2020年の落ち込みを比較的小幅に留めることができたわけです。

もう一つの問題は、仮に2020年の落ち込みが小さかったとしても、2021年以降のロシア経済の見通しがまったく芳しくないことです。IMFの予測によれば、2021年にはコロナ危機からの回復効果で世界経済は5.2%成長しますが、ロシアは2.8%に留まります。そして、その後もロシアでは2%前後の低成長が続くという見通しになっています。国民の実質所得の低下、投資の低迷などがその原因です。ただし、ロシア政府自身はもっと楽観的で、2021年以降3%台の成長に移行すると見ていますが。

政策目標の再設定

プーチンの『ロシア改造計画』はどこへ 人もコンクリートも重視の欲張りプロジェクト」で解説したとおり、2018年5月に始まる第4期プーチン政権では、「国家目標」と称する数値目標を設定した上で、12本(インフラ総合計画も加えれば13本)に上る「ナショナルプロジェクト」を策定して、ロシアの積年の社会・経済問題を解決しようとしています。2020年1月に発足したミシュスチン内閣にも、それへの取り組みを強化する布陣という意味合いがありました。

実は、コロナ禍を受け、国家目標とナショナルプロジェクトに、修正が加えられることになりました。7月21日にプーチン大統領が署名した大統領令により、ロシア政府の各種政策の目標達成期限が2024年から2030年に延長され、目標自体も修正されることになったのです。プーチンは政府に対し、10月30日までにナショナルプロジェクトを修正することを指示しました。その作業は現在大詰めを迎えているはずですが、国家目標およびナショナルプロジェクトは全体として、良く言えば現実的になり、悪く言えばあまり野心的ではなくなる方向です。

以前、「ロシアでも浮上した統計忖度疑惑 『プーチノミクス』の虚と実」というコラムをお届けしたことがあります。その際に申し上げたとおり、プーチンは国家目標の一環として、「世界平均を上回るテンポでロシア経済を成長させる」、「ロシアを世界の五大経済大国の一つにする」という目標を掲げていました。ところが、2020年7月の大統領令では、その目標自体がしれっと削除されています。

そもそも、各種政策の目標達成期限が2024年から2030年に延長されたというのが、露骨な感じがします。「プーチンは時代に追い越された 改憲国民投票が突き付けた現実」の回で取り上げたとおり、7月1日投票の改憲国民投票の結果、2024年の大統領選にプーチンが再選出馬することが可能となり、そこからさらに6年の任期を務め上げるとすれば、2030年までとなるからです。今回の修正には、目標達成のハードルを下げるということに加えて、プーチン政権の延長に合わせるという意味合いがあったと見られます。

ロシア財務省はヤワじゃない

以前、「ロシアが超健全な金融・財政政策を続けるただ一つの理由」の回で解説しましたが、ロシアは財政出動には慎重な国です。ただ、そのロシアにしても、上述のナショナルプロジェクトの資金手当てが必要で、そこにコロナ危機が加わったので、さすがに本格的な財政拡大に舵を切るのではないかという注目が、今年の春頃にはありました。

しかし、ロシア財務省はそんなヤワな役所ではなかったようです。もちろん、コロナ対策に伴う一定の歳出増はあるのですが、今のところ、財政規律全般が緩む様子は見られません。連邦財政赤字の対GDP比は、2020年こそ4.4%に膨らみますが、今後3年間の財政計画によれば、2021年が2.4%、2022年が1.0%、2023年が1.1%と抑制されていく方向です。

IMFは10月14日に発表した『財政監視報告書』で、2020年の世界全体の一般政府財政赤字がGDP比12.7%と、前年の3.3倍に急膨張すると予測し、コロナ禍での赤字拡大に警鐘を鳴らしています。ただ、その報告書を紐解いてみても、2020年のロシアの一般政府財政赤字はGDP比5.3%に留まっており、主要国の中では際立って低い水準です。

確かに、国民への支援策をとってみても、一律10万円バラ撒いた日本とは異なり、ロシアは多子家庭への給付や失業手当拡充などのピンポイント的な措置が中心で、財布の紐を野放図に緩めることはありませんでした。

上掲のグラフは、そのIMFの報告書をもとに、主要国の政府総債務残高の推移を示したものです。やはりロシアの債務水準はきわめて低く、コロナ対策によってもわずかしか上昇しないことが読み取れます。

「民主主義国家は、財政ポピュリズムに流されやすい。強権的な国の方が、財政規律を守る上で有利である」。そんなことを安易に言いたくはないのですが、上のグラフを眺めていると、否定するのが難しくなってきます。