1. HOME
  2. World Now
  3. ロシア経済の逆襲がここから始まるのか?

ロシア経済の逆襲がここから始まるのか?

迷宮ロシアをさまよう
このほどミシュスチン新首相が乗り込んだロシア連邦政府庁舎(撮影:服部倫卓)

やっぱり冴えないロシアの経済パフォーマンス

ロシアの経済パフォーマンスがどうにも冴えないということについては、この連載でも何度か取り上げたことがあったと思います。2019年の経済指標が出揃いつつありますが、案の定、パッとしない数字が目立ちますね。

最も根幹的な指標である国内総生産(GDP)を見ると、2019年の成長率は速報値で1.3%に留まっています。1年ほど前に、「ロシアでも浮上した統計忖度疑惑 『プーチノミクス』の虚と実」で報告したとおり、ロシアが世界平均を上回る成長率を遂げ、その結果として2024年までに世界の五大経済国(購買力平価ベース)の仲間入りをするというのが、プーチン政権の目標です。そのためには、少なくとも年率3%以上の成長が必要なはずですが、2019年の成長率1.3%は、それに遠く及ばないものです。

はっきり言って、1.3%成長の中身もヤバいです。2019年に割と頑張ったのは、個人消費でした。しかし、同年にロシア国民の実質所得は0.8%しか伸びていません。にもかかわらず、消費が伸びたのは、国民が借金をしているからです。ロシアにおける消費者信用の利用は、2018年の22.4%増に続いて、2019年にも18.5%もの伸びを示しました。ロシアは高金利の国ですし、中央銀行も消費者信用の拡大を抑えようとしているのですけど、所得が伸びない中で国民もやむなく、お金を借りて消費を賄っているようです。

ロシアが確固たる成長軌道に乗るためには、投資が肝心です。投資は、マクロ経済的にも重要ですし、また産業を近代化して競争力を強化するためにも必須です。しかし、投資を見る指標である総固定資本形成は、2019年に1.4%しか伸びませんでした。ロシア政府が昨年秋に示した公式的な経済見通しでは、成長率は2021年以降3%台に乗ることになっているのですが(下図参照)、この分では心許ないと言わざるをえません。

そもそも、ロシア経済が2019年に1.3%成長したということ自体、本当なのでしょうか? それを疑問視する専門家もおり、たとえばガイダル経済研究所の高名なエコノミストで経済発展省の次官も務めたことがあるベージェフ氏は、「私の評価では、成長率はせいぜい1.0~1.1%だ」と述べています。

外需に生じた異変

まだ2019年の貿易の詳しいデータは明らかになっていないのですけど、ロシア中央銀行の国際収支統計によれば、2019年にロシアの商品輸出は前年比4.5%減となり、他方で商品輸入は2.2%増となりました。下図に見るとおり、ロシアの貿易は依然として輸出が輸入を大きく上回る出超が続いているものの、2019年には貿易黒字が縮小し、頼みの外需が不振に陥りました。

2019年にロシアの輸出が減ったのは、主力商品である石油、天然ガスなどの価格下落によるところが大きく、国際相場で決まるものですので、やむをえない面があります。ただ、思い起こしてみれば、ロシアはこういう時のためにこそ、「非原料・非エネルギー商品」の輸出拡大を目指していたはずです。それについては、以前、「プーチンの『ロシア改造計画』はどこへ 人もコンクリートも重視の欲張りプロジェクト」で解説したとおりです。それでは、2019年に非原料・非エネルギー輸出は、どうなったのでしょうか?

まだ詳細は分かりませんが、2019年の非原料・非エネルギー輸出は、期待外れに終わったと伝えられています。まあ、経済が政策当局の思いどおりにならないのはよくあることで、そのこと自体は大きな問題ではありません。筆者が感心しないのは、ロシアが非原料・非エネルギー輸出のデータを公表しなくなってしまったことです。非原料・非エネ輸出拡大を担う国策企業「ロシア輸出センター」は、当初ホームページ上で毎月データを発表していたのですが、2019年6月で更新が止まってしまいました。

これはロシアの悪いクセだと思うのですが、新しい経済政策を発表した時や、それが上手く行っている時期には、膨大な情報が発信されます。ところが、政策が行き詰まったり、成果が出なかったりすると、とたんに沈黙してしまいがちです。かくして、鳴り物入りで打ち出された政策が、成果を検証することもなく、忘れ去られていくわけです。数年前の「輸入代替政策」がそうでしたし、今また非原料・非エネ輸出がそれを繰り返そうとしているように思えます。こんな調子では、プーチン大統領やロシア政府がどれだけ立派な政策を打ち出しても、「どうせまた一過性のブームで終わるんだろ」と、誰も真に受けなくなってしまいます。

ミシュスチン新内閣による巻き返し

逆に言えば、このようにロシア経済が閉塞した状況だったからこそ、1月にメドベージェフ内閣が退陣を迫られ、ミシュスチン氏が新首相に起用されたとも言えます。先日の「プーチンを動かした『朕は国家なり』という信念 ロシア1月政変を読み解く」 でも解説したとおり、ミシュスチン新内閣は実質的に「ナショナルプロジェクト」の実行部隊として起用されたような格好です。

これまで政府では緊縮財政派のシルアノフ第一副首相・蔵相が金庫番としてにらみを利かせていましたが、同氏は蔵相にこそ留まったものの、第一副首相のポストは失いました。代わって第一副首相に就任したのは、ナショナルプロジェクトの発案者とも言われるベロウソフ氏であり、今後ロシア政府が積極財政に転じていく可能性をうかがわせます。

ロシアが超健全な金融・財政政策を続けるただ一つの理由」で説明したとおり、従来はロシアの財政政策だけでなく、中央銀行による金融政策も真面目を絵に描いたような堅実路線でした。しかし、それにも変化が生じるかもしれません。ミシュスチン氏は首相就任直後、政府と中央銀行のより緊密な連携を呼びかけました。2013年に安倍内閣と黒田日銀がアコードを結び、日銀の金融緩和策が始まったことを連想させます。早速、ロシア中銀は政策金利を0.25%引き下げ、2月10日から6.00%としています。日銀の「黒田バズーカ」と比べれば、ロシア中銀の利下げは水鉄砲くらいのインパクトしかなさそうですが、一応は政府と調子を合わせた形です。

経済発展省の試算によれば、プーチン大統領が1月の教書演説で表明した社会・経済施策(その多くがナショナルプロジェクトの枠組みで実施される)による経済効果は、2020年には0.3%になるということです。上掲の図に見るとおり、もともと政府では2020年の成長率を1.7%と予測していたので、それに0.3%が上乗せされ、2.0%の成長率が期待できるとされています。同様に、投資の伸びは5.0%が6.0%に、国民の実質所得の伸びは1.5%が2.0%にそれぞれ引き上げられ、国民の貧困比率は11.7%とされていたものが10.4%に縮小するということです。

ただ、そのような短期的な経済効果ということ以上に、ナショナルプロジェクトはロシアにおける積年の課題を解決する中長期的な使命を担っているという点が重要だと思います。それが成果を挙げれば、ロシアが質的に新たな成長に転換するということが期待できるはずです。もちろん、ナショナルプロジェクトが頓挫し、上述の輸入代替や非原料・非エネ輸出のようにフェイドアウトしていく恐れも大きいのですが、筆者としては当面、ミシュスチン内閣による取り組みを期待を持って見守りたいと思います。