強いのか弱いのか良く分からないロシア経済
今日のロシア経済は、強いのか弱いのか、良く分かりません。対外債務は非常に低い水準で、金・外貨準備は拡大し、経常収支も財政も黒字。それなのに、景気はパッとせず、おそらく2019年も1%台の低い成長率に終わると思います。
実は、肯定的な現象と、否定的な現象は、表裏一体の関係にあるのです。プーチン政権は、自国の経済の先行きについて危機感を抱いており、国家権力の主導により難局を切り抜けていかなければならないと認識しています。そのためには強い国家が必要で、金融・財政政策も健全でなければいけないというのが、プーチン政権の考え方です。
それゆえに、2019年1月の付加価値税の増税、年金受給年齢の引き上げといった措置がとられ、金融面でも高金利政策が続いています。これらの政策は、国民の消費や企業活動にとってはマイナスであるため、国家財政は安定しても、景気の低迷が続く、というわけです。
ロシアの有名なエコノミストであるアレクセイ・ベージェフ氏(ガイダル経済研究所)と9月に面談した際に、ベージェフ氏が、「今のロシア経済は、エキストラ・スタビリティの状態。なぜ政府がこんな政策を採っているのか、理解に苦しむ」と述べていたのが印象的でした。エキストラ・スタビリティ、すなわち「行き過ぎた安定性」というのが、今のロシア経済を紐解くキーワードということのようです。
ロシア中央銀行は稀に見る堅物
ロシアの「健全性」を示す代表的な指標として、ここでは金・外貨準備の数字を見てみましょう。上のグラフに見るように、(欧州中央銀行を除いた国レベルで言えば)ロシアの金・外貨準備残高は世界4位。名目GDPでは世界12位にすぎないロシアにとっては、充分すぎる備えと言っていいでしょう。ちなみに、最近になってロシア当局は、敵対する米国の財務省証券はほとんど手放し、せっせと金(ゴールド)を買っています。
現時点で、ロシアの政策金利は、6.5%。インフレ率が4%程度ですので、実質金利がプラスの正常な状態を保っています。1990年代に、新米の市場経済国だったロシアは、国際通貨基金(IMF)や西側諸国から、「利子率は必ず正に保ちなさい。それが市場経済の常識です」と、厳しく指導を受けていました。それが、今日ではロシアがその基準を律儀に守る一方、日米欧はこぞって際限なき金融緩和にのめり込んでいるわけですから、隔世の感があります。
ロシア金融当局の過剰なまでの優等生振りは、為替政策にも表れています。世界的に、輸出を促進するために通貨安に誘導したり、逆に弱い通貨を人為的に支えたりする国も少なくない中で、ロシア・ルーブルの為替レートは完全に実勢に委ねられています。以前は為替の変動を一定の範囲内に収めようとしていましたが、2014年11月10日から完全フロート制に移行し、それ以降は人為的な介入は一切行っていません。
金融・財政政策は「国家主権」にかかわる問題
それでは、プーチン体制下のロシアでは、なぜこれほどまでに、金融・財政政策がストイックなのでしょうか? 筆者の持論は、「ロシアにとって金融・財政政策は、国家主権にかかわる問題だから」というものです。
思い起こせば、1991年暮れに社会主義のソ連邦が崩壊し、エリツィン大統領の下で船出した新生ロシアは、ソ連末期から膨らんだ対外債務の返済に四苦八苦し、IMFをはじめとする国際金融機関や、西側先進諸国による支援で、かろうじて生き永らえている状態でした。経済政策についても、ずいぶんと外部から指図されました。にもかかわらず、ロシアは1998年8月に債務不履行(デフォルト)に陥り、通貨ルーブルが暴落する憂き目にも遭いました。
ロシア当局が、IMFや欧米に要求されるまでもなく、自ら率先して超優等生的な金融・財政政策を推進するようになったのは、2000年にプーチン政権が成立して以降のことです。プーチンが絶対的に重視するのが、「国家主権」。ロシアにとっての「国家主権」とは、突き詰めて言えば、「アメリカの言いなりにならない」ということです。
まかり間違って、ロシアが再び債務不履行などということになったら、ロシアはIMF管理下に入ってしまいます。IMFはアメリカの支配下にある機関だというのがロシア側の認識であり(それはある程度正しいわけですが)、その機関に箸の上げ下げまで指図される屈辱は、何としても避けなければなりません。それは、軍事面で北大西洋条約機構(NATO)に屈服するのと同じくらい、破局的な事態だと、プーチンは考えているのでしょう。だからこそ、ロシアの金融・財政政策は、過剰と思われるほど慎重になっているのだと、筆者は理解しています。