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こんにちはシベリア鉄道 世界最長路線を楽しむには何日間乗るのがベストか?

迷宮ロシアをさまよう
シベリア鉄道の終点に当たるウラジオストク駅。モスクワからの距離9,288kmを掲げたモニュメントが設置されている。(撮影:服部倫卓)

シベリア鉄道はロマンチック?

日本では、ロシアの大動脈であるシベリア鉄道に、ロマンチックなイメージを抱いている人が多いようです。実際、「シベリア鉄道」、「憧れ」といったキーワードでネット検索すると、日本の旅行会社が企画したシベリア鉄道の旅のプランが、色々とヒットします。

まるで、オリエント急行か何かのように、ロマンチックな旅情に訴えようとするシベリア鉄道ツアーの広告などを目にするたびに、筆者などは、「ちょっと待ってよ。シベリア鉄道って、そんなに良いものじゃないんだよ」と、ツッコミたくなるのです。

もちろん、日本人がロシアの鉄道という異文化を体験することは、結構なことだと思います。「シベリア鉄道に1日乗ってみた」というくらいなら、ロシア旅行の素晴らしいハイライトになることでしょう。しかし、それが3日、4日となると、話は別です。増してや、ウラジオストクからモスクワまで、全行程を鉄道で旅するようなプランは、考え直した方がいいでしょう。

思うに、日本でシベリア鉄道が何やら情緒たっぷりの鉄道であるかのようにイメージされている一因に、「さらばシベリア鉄道」という歌があるのではないでしょうか。松本隆作詞・大瀧詠一作曲によるこの曲は、1980年に太田裕美が歌い、翌年、大瀧詠一によるセルフカバーも発表されました。念のため申し上げれば、今回のタイトル「こんにちはシベリア鉄道」は、「さらばシベリア鉄道」のパロディです。無類のパロデイ好きだった大瀧さんも、草葉の陰で喜んでくれているでしょうか。パロディの説明をするなどというのは無粋ですが、若い方はご存じないかもしれないので、解説した次第です。

ロシア人も勧めないシベリア鉄道の旅

実は、シベリア鉄道の旅については、当のロシア人が、「シベリア鉄道で旅行すべきでない理由」というコラムを書いているほどなのです。日本語の記事なので、ぜひご一読ください。ちなみに、これが載っている「ロシア・ビヨンド」というのは、ロシア国営系のメディアです。ロシア政府はしばしば、日本の経済界にシベリア鉄道の利用拡大を訴えますけど、それはあくまでも貨物輸送の話で、「シベリア鉄道で旅行してください」という話は、それほど聞いたことがありません。

前掲の「シベリア鉄道で旅行すべきでない理由」で語られているのは、主にシベリア鉄道のアメニティの問題ですが、私見によれば、そもそも不便な思いをしてシベリア鉄道に乗っても、得られる喜びが小さいのです。鉄道旅行の楽しみの一つは、窓から見える景色のはず。しかし、ロシアの旅客列車は、乗客が景色を眺める前提で作られていません。窓のガラスが曇ったり汚れたりしていて、外が良く見えないことも多いです。

また、「シベリア鉄道であれば、雄大なパノラマが車窓に広がり、ドラマチックに違いない」などと期待すると、裏切られることになるでしょう。もちろん、シベリア鉄道のどのあたりの区画を走るかにもよりますが、概して景色の変化が乏しく、単調な原野が延々と続きます。最初のうちは「自分は今まさに広大なシベリアを旅しているのだ!」と感動するかもしれませんが、何日も続けて見たいような景色ではありません。また、旧ソ連圏の鉄道では、線路沿いに防風林のような木々がずっと続いていることもあり、視界が遮られて遠くが見えないこともしばしばです。

車窓の景色に期待できないので、結局のところ、シベリア鉄道の旅というのは、「移動密室」のようなものになります。気の合う仲間と寝台コンパートメントをシェアできればいいですけど、見ず知らずの人と数日間、寝食を共にするはめになるかもしれません。まあ、もしかしたら、その結果、一生の親友や伴侶を得ることになるかもしれませんけどね。

石炭を満載して港に向かう貨物列車(撮影:服部倫卓)

圧倒的に貨物に偏重

ここで改めて、シベリア鉄道の概要を整理しておきましょう。建設されたのは帝政ロシア時代で、現在のルートで完成したのは1916年のことでした。モスクワのヤロスラブリ駅を起点として、太平洋に面したウラジオストクまで伸びる全長9,288kmの路線。これは世界最長の鉄道路線ということになります。シベリア鉄道はロシア国内の7つの時間帯を通過し、沿線にはロシアの産業の80%が集積。ロシアの鉄道事業は、㈱ロシア鉄道による独占であり、シベリア鉄道を運行しているのも㈱ロシア鉄道です。

ロシアの鉄道の特徴は、旅客輸送よりも、圧倒的に貨物に偏重していることです。たとえば、ロシア鉄道のパフォーマンスを、中国国鉄のそれと比較してみましょう。ロシア鉄道の貨物輸送量は、中国国鉄のそれをわずかながら上回っており、世界一の輸送量を誇ります。それに対し、ロシア鉄道の旅客輸送量は、中国の10分の1以下にすぎません。

貨物偏重は、シベリア鉄道ではさらに激しく、中でも石炭が最大の品目となっています。ロシア政府が石炭輸送を優遇していることもあり、現状でシベリア鉄道が輸送している貨物の実に3分の2近くが、石炭となっています(重量・距離ベース)。ですので、筆者のようなロシア経済の関係者が、シベリア鉄道と聞いて真っ先に連想するのは、延々と数十両も続く石炭貨車であり、そこには情緒も何もあったものではありません。

これまた古い音楽の話で恐縮ですが、かつてフュージョンサウンドで一世を風靡した渡辺貞夫の代表曲に、「オレンジ・エクスプレス」というのがあり、アメリカの西海岸を駆け抜けるような爽やかな空気感が印象的でした。筆者に言わせれば、シベリア鉄道は、「オレンジ・エクスプレス」ならぬ、「石炭鈍行」といったところです。

イルクーツク駅の待合室。電光掲示板の一番上に、「北京~モスクワ急行」と表示されている(撮影:服部倫卓)

興味をそそられた北京~モスクワ急行

このように、シベリア鉄道は「石炭ファースト」の鉄道で、日本人観光客の求めるような旅情がそこにあるかと言うと、疑問です。1日くらいの体験ならぜひお試しになってほしいですけど、長旅はお勧めできないというのが、筆者の見解です。

ところが、最近、ちょっとだけ心境が変わる出来事がありました。シベリア鉄道の路線上にあるイルクーツク駅に立ち寄ったところ、電光掲示板に、「北京~モスクワ急行」という列車が表示されていました。近年、急激に関係を深めるロシアと中国ながら、両国の首都間を直接結ぶ列車が運行されているとは知らなかったので、興味をそそられたわけです。

調べてみたところ、モスクワ~北京間の急行列車は、週2往復運行されているようです。ルートは2つあり、モスクワからウランウデ(バイカル湖に近い街)までは普通のシベリア鉄道と同じですけれど、ウランウデで2つに分かれ、一つはモンゴル経由で中国の北京に至り、もう一つは中国東北地方を経て北京に至ります。モスクワ~北京間の所要時間は、6日前後のようです。

さすがに、モスクワから北京まで、6日間も列車に揺られるというのは辛いですけど、シベリアのイルクーツクまたはウランウデを起点とし、モンゴルを通って、北京に至る旅程だけであれば、2日くらいで済むようです。食堂車では、それぞれの国の民族料理が供されるのだとか。そんな旅行であれば、ぜひ一度体験したい気がしてきました。