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日本には真似できないロシアの「1ヵ月休業」 プーチンはコロナとかく戦えり

迷宮ロシアをさまよう
防護服を着て、モスクワ郊外にある新型コロナウイルス感染者のための病院内を歩くロシアのプーチン大統領=2020年3月24日、ロイター

プーチンの号令で企業活動をストップ

この連載では、3月17日の回からずっと、ロシアの動きを中心に、新型コロナウイルスのパンデミックに関連した情報を発信しています。当初お伝えしていた頃と比べて、ロシアの状況は悪い方に様変わりしました。感染が確認された人は4月5日時点で5,389人となり、死亡者もすでに45人に達しています。最初のコラムで取り上げた改憲を問う国民投票も、延期が決まりました。

ただし、ロシアでの感染者や死亡者は今のところ、アメリカ、スペイン、イタリア、中国などに比べれば、2桁も少なくなっています。むしろ印象的なのは、日本とだいたい同じくらいの感染拡大状況であるにもかかわらず、プーチン政権が厳戒態勢を敷いていることです。

プーチン大統領は3月25日、新型コロナ感染拡大を食い止めるため、3月28日から4月5日までを休日に指定し、自宅に留まるよう国民に呼びかけました。そして、4月2日に再度、国民向けのテレビ演説を行い、この特別休日を4月30日まで延長すると表明したのです。公的機関、生産の中断が難しい企業、医療機関・薬局、生活必需品の商店および生活に必須のサービス業を除いて、基本的に企業を休業させる(ただし、その間の被雇用者の給与は保証する)という大胆な決定です。なお、4月2日の追加措置では、各地域の実情に応じて、それぞれの地域行政に一定の裁量を与えるという方向性も打ち出されています。

日本では、政府や都道府県がお願いベースで自粛を要請したり、テレワークを推奨したりする煮え切らない状態が続いてきました(そんな日本でも、いよいよ緊急事態宣言が秒読みのようですが)。是非は別として、プーチンの号令一つで、企業活動を1ヵ月以上もストップできるロシアは、やはり日本とはまったくお国柄が異なるとしか言いようがありません。

いやむしろ、ロシアはこういう非常時にこそ力を発揮する国なのかもしれません。危機が迫っている時には、最高指導者が即断即決、トップダウンで戦略的決定を下し、細かい法律問題などは後から考えるというのがロシア流。それとは逆に、日本は平時にコツコツと努力をしたり調整したりするのは得意ですけれど、非常事態に直面した時の危機管理が、からきし駄目ですね。

リーマン、ウクライナ、そして新型コロナ

いずれにしても、1ヵ月強もの特別休日が、ロシア経済にとって大打撃となることは間違いありません。プーチン大統領は、休業時の給与は保証すると言っていますが、現実には困難や不安を抱えている国民も多いでしょう。以前のコラムで述べたとおり、今年1月に成立したミシュスチン新内閣は、「ナショナルプロジェクト」を推進することを通じて、ロシアの社会・経済を新たな発展の軌道に乗せるという使命を帯びていました。しかし、新型コロナ問題が発生し、現時点ではすっかり危機対策内閣の様相を呈しています。

プーチン治世下のロシアはこれまで、リーマンショック、ウクライナ危機という2つの大きな危機に見舞われてきました。ロシアは石油輸出を生業とし、国際的な石油価格によって経済パフォーマンスが決まる度合いが大きいので、上図では過去十余年の経済成長率を、油価と対比しながら示しています。

2000年代のロシアは、油価の上昇という追い風もあり、バブル的な好景気に沸きました。それに冷や水を浴びせたのが、2008年9月のリーマン・ブラザーズ破綻に端を発する世界金融危機です。新興国に流れ込んでいた資金が、これを境に逆流し、ロシアの銀行部門でも流動性不足、貸しはがしなどが発生しました。また、ロシアには単一の産業・企業によって支えられている企業城下町が多いのですけれど、突然の不況で企業城下町の経済・社会情勢が尖鋭化し、当時首相だったプーチンが対応に追われました。

結局、リーマンショックの影響が色濃く出た2009年に、ロシアはマイナス7.8%という、世界的に見てもかなり大きな経済下落を余儀なくされたのです。2009年の先進国平均がマイナス3.5%で、金融危機の震源地であるアメリカもマイナス2.5%にすぎなかったことを考えると、いかにロシアがこの危機で割を食ったかが分かります。ただ、ロシア自身は有効な手立てを講じられなかったものの、中国が大型の経済対策を打ったことなどに助けられ、世界経済はほどなく回復に転じ、ロシアも2010年にはマイナス成長を脱しました。

次なる危機は、ロシアが自ら招いたものです。2014年2月に発生したウクライナ政変に危機感を抱いたプーチン政権が、ロシア系住民が多くロシア海軍基地もあるウクライナ領クリミアの併合を3月に強行し、その後さらに東ウクライナ・ドンバスにも介入。欧米がロシアに制裁を導入したことに加え、2015年には油価の急落も重なり、ロシアは再びマイナス成長へと陥っていきました。

ロシア国民はクリミア奪還に拍手喝采を送り、経済の落ち込みに見舞われても、かえってプーチン大統領への支持は急拡大しました。問題は、実はロシア経済はウクライナ危機に巻き込まれる前の2013年の時点で、相当に高い油価水準にもかかわらず、低成長の傾向を見せていたことです(上図参照)。こうしたことから、ウクライナ危機の最も厳しい局面を乗り越えても、ロシアの成長力は力強さを欠きました。欧米による経済制裁も、まだ解除されていません。

そして、ロシア経済は今般、第2の危機であるウクライナ危機の傷もまだ癒えないうちに、第3の危機、すなわち新型コロナウイルスの猛威に直面することになったわけです。

プーチン・ロシアはこの危機に耐え切れるか

ロシア政府は昨年の時点で、2020年の経済成長率を1.7%、石油輸出価格を1バレル当たり57ドル、為替レートを1ドル=65.7ルーブルと見積もり、連邦予算を編成しました。しかし、これらの見通しはもう完全に意味を失っています。プーチン政権が1ヵ月強の特別休日という強硬手段を打ち出したことで、企業・市民の活動は大幅に制限され、2020年のロシアがマイナス成長に陥ることはまず避けられないでしょう。

4月2日のプーチン大統領の声明によれば、「生産の中断が難しい企業」は、活動停止の対象とならないということです。となると、ロシア経済の基幹部門である油田、ガス田、製油所、化学プラント、製鉄所、発電所などでは当面、生産が継続されると見られます。活動停止を迫られ、とりわけ影響が大きいのは、労働集約型の製造業、中小企業、サービス業、旅客会社などでしょう。

ロシア中央銀行のナビウリナ総裁は4月3日のオンライン記者会見で、1ヵ月の特別休日を設定することにより、2020年にロシアのGDPが1.5~2.0%程度押し下げられるとの見通しを発表しました。ただし、実際に影響がどれだけ広がるかは、制限措置がどれだけ長く維持されるかによって左右されるというのが、ナビウリナ総裁の見解でした。

コロナ危機を受け、様々な機関や専門家がロシア経済の新たな成長予想を示していますが、数字はだいぶバラバラです。バンク・オブ・アメリカは4月2日(おそらく同日のプーチン演説は踏まえていない)、2020年のロシアの成長率がマイナス5.6%になるとの予測を発表。かつて連邦政府で副首相・蔵相を務めたクドリン会計検査院長は4月1日、2020年のロシア経済は穏当なシナリオでは3~5%のマイナス成長だが、悲観シナリオではリーマンショック時のマイナス8%の再来となりかねないと発言。一方、ロシアを代表する民間エコノミストとして知られるアルファバンクのオルロワ氏は、普段はロシア経済を手厳しく論じる印象があるものの、意外にも今般の危機に関しては楽観視しており、2020年のマイナス成長は1.0%程度に留まるとの見方を示しています。

ただ、悲しいかな、筆者を含めエコノミストは、これからコロナ渦がどれだけ広がり、そしてその災厄がいつまで続くかを、見通すことができません(ウイルスおよび医学の専門家にも正確なところは分からないはずです)。そうである以上、現時点でエコノミストが示す経済予測には、あまり意味がないのかもしれません。もう一つ、ロシア経済を決定付けることになるのが石油価格の行方ですが、こちらの方もロシア、サウジアラビア、アメリカの三すくみが続いており、まったく見通しが立ちません。

こうした中、ロシア国民のプーチン大統領への信頼度は、上の図のように推移しています。今年に入り、不人気だったメドベージェフ内閣を1月16日に切り、改憲やナショナルプロジェクトを前面に掲げることで、政権の求心力は高まる方向にありました。しかし、3月10日に新たな改憲案が明らかになると、それがこれまでのプーチンの任期をカウントせず、プーチンがまっさらな状態で2024年の大統領選に出馬することを可能とする内容だっただけに、その戸惑いからかプーチンへの信頼度がやや低下。しかし、おそらくは3月25日のコロナ問題に関するプーチン演説が効いて、同29日の調査では国民の信頼度は再び高まりました。まだ数字は出ていませんが、国民は4月2日のプーチン演説も好意的に受け取っているのではないかと想像します。

現在までのところ、プーチン大統領は、危機に強い指導者としての本領を発揮しています。しかし、国民がコロナ問題による経済的痛みを真に実感するのは、これからでしょう。しかも、それが長期化する可能性もあります。これから数ヵ月後、国民のコロナ疲れが頂点に達したところで、改憲国民投票を実施するというのは、プーチン政権にとって不都合な成り行きです。