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反ロシアデモ勃発で観光立国ジョージアが直面する試練

迷宮ロシアをさまよう 更新日: 公開日:
ジョージア観光を満喫するロシア人の皆さん。これは2018年9月の光景。(撮影:服部倫卓)

反ロシアデモが発生

ロシアの南隣にあるジョージアという国については、昨年10月に「ロシアとの戦争から10年 今ジョージアが熱い」と題するコラムをお届けしました。ジョージアからの分離・独立を掲げる南オセチア、アブハジアという2つの少数民族地域をめぐって、ロシアとジョージアは2008年に軍事的に衝突。その後、両国は政治的には断交状態のままながら、経済関係は2013年頃から急激に回復しているということを報告しました。

ところが、1ヵ月ほど前に、両国の好調な経済関係にとって大打撃となる事件が起きてしまいました。6月20日にジョージアの首都トビリシでキリスト教東方正教会の議員連盟会合が開催され、その際にロシアの議員が議長席に座り、ロシア語で発言するという出来事がありました。悪いことに、ガブリロフというそのロシア議員は、これまでもジョージアの民族主義勢力が敵視していた政治家でした。

ガブリロフ議員は、単に現地主催者の勧めるがままに議長席に座っただけだったようですが、親欧米派の民族主義政党はこれに大反発を示しました。くだんの議会での場面の直後から、議会前の広場で抗議デモが発生、反ロシアだけでなくジョージア現政権への批判も加わり、デモは数千人規模に膨れ上がりました。

この事件は、近年好調だったジョージアの観光業にとって、大打撃となる恐れがあります。今回のコラムでは、一連の出来事の背景と、その影響について考えてみたいと思います。

ジョージア外務省の庁舎。ジョージアやウクライナではよく見る光景だが、国旗と並んでEU旗が掲げられており、あたかもすでに加盟を果たしたかのよう(撮影:服部倫卓)

今回の事件に至る経緯

ジョージアが2008年にロシアとの軍事衝突にまで突き進んだのは、サーカシビリ大統領の率いる「統一国民運動」の政権下のことでした。しかし、多くの国民はより穏健な体制を望み、あまりに激しい反ロシア路線にも戸惑いを感じていたため、2012年の選挙でサーカシビリ政権は野に下ります。代わって政権に就いたのは、「ジョージアの夢」という勢力でした。

この「ジョージアの夢」による政権が、今日まで続いています。この政権においては、大統領や首相が誰であるかにかかわりなく、常にイワニシビリ氏という大富豪が最高実力者となっています。イワニシビリ氏は、ロシアの銀行業や金属産業で財を成した人物。こうした出自から容易に想像できるように、イデオロギーにこだわるというよりは、実益重視であり、自らが立身出世を遂げた国であるロシアとの経済関係再開に前向きでした。

実際、「ジョージアの夢」の政権下で、ロシアとの経済関係は急激に復活することになります。ロシアは一時期ジョージア名産のワインの輸入を禁止していましたが、それを2013年に解除。2008年の両国間の軍事衝突後に運航が止まっていた航空直行便も2014年に復活し、しかもジョージアとロシアの地方都市を結ぶ路線も相次いで開設されました。

中でも、観光分野の関係拡大には、目を見張るものがありました。ジョージアの観光地にはロシア人ツーリストが大挙して訪れ、その効果で、ジョージアは世界で最も急成長している観光立国の一つに数えられるようになりました。従来ジョージアを訪れていたのはアゼルバイジャン、アルメニア、トルコといった近隣諸国の国民が多かったのですけれど、ロシアからの観光客が急増し、2019年1~6月にはついにロシアがトップに立ちました。一方、ジョージアが戦略的パートナーと位置付ける欧州連合(EU)諸国からの観光客も、増えてはいますが、28ヵ国束になっても、ロシアの4分の1ほどの数に留まっています(下のグラフ参照)。

ロシア人にとってジョージアは丁度良い外国旅行先ですが、ジョージア側にとってもロシア人は本当に有難い観光客です。ヨーロッパの人たちなどは、ジョージアに来ても、ガイドブック片手に歩き回ったり、スーパーで買った食べ物で食事を済ませてしまったりして、あまりお金を使わないと言います。また、イスラム圏からの観光客は、基本的にお酒を飲みません。それに対し、ロシア人は夏のバカンスに命を懸けているようなところがありますので、レストランで食事もするし、ワインも空けるし、有料の観光ツアーにも参加するし、とにかくたくさんお金を落としてくれるのです。

直行便の停止を決定

このように、ロシア人観光客の増加により、ジョージアの観光業が活況を呈するようになった、まさにその時に起きたのが、今回の反ロシアデモでした。ジョージア情勢の緊迫化を受け、プーチン大統領は6月21日、ロシア国民の安全確保を理由に、ロシアの航空会社によるジョージア便の運航を7月8日から一時的に禁止することを決定しました。また、国内の旅行会社には、ジョージア旅行に関連した商品を販売しないよう勧告しました。

ロシア人観光客が、直行便でなく、第三国で乗り換えてジョージアに行こうとすると、4倍ほどの時間と、2倍ほどの費用がかかることになってしまいます。7月8日以降、ロシア人のほとんどいなくなったジョージアの観光地は閑散としており、ホテルの料金相場は30%ほど下落してしまったと言います。なぜかジョージアの紛争や事件は観光ハイシーズンの夏に起きる傾向がありますが、今回もまさにこれから夏の書き入れ時というタイミングで反ロシアデモが発生し、観光業への打撃は計り知れません。

ワイン制裁にはプーチンが待ったをかける

観光業と並んで、ジョージアがロシアに経済的に依存しているもう一つの分野が、ワイン輸出です。すでに述べたとおり、ロシアは2013年にジョージアからのワインの輸入を再開し、上のグラフに見るように、2018年にはジョージア産ワイン輸出の58%がロシア向けとなっていました。それに対し、ここでもEU向けの輸出は奮いません。EU域内にはフランスやイタリアのようなワイン生産大国がひしめいているので、ジョージアのような新参者が食い込むのは簡単ではないのです。

7月9日、ロシア連邦議会の下院は、対ジョージア経済制裁を導入し、同国からのワインの輸入を禁止することを、政府および大統領に提案しました。しかし、プーチン大統領は意外にも、制裁には反対の立場を表明し、本件はひとまず沙汰止みとなりました。ちなみに、プーチン大統領は制裁自重の理由を、「ジョージア国民を尊重したい思いからだ」と説明しました。

プーチン大統領ほどの冷徹な政治家が、真に他国の国民を「尊重したい思い」から決定を下すなどということは、考えにくいと思います。ロシア側は、トビリシでの反ロシアデモは局所的な現象であり、鎮静化にも向かっているので、現時点ではロシアの側から対立をエスカレートさせることは得策でないと判断したのではないでしょうか。

ジョージアはワインの販路拡大に努めており、最近では中国や日本にも売り込んでいる。写真は、4月に東京で開催されたイベントでのジョージアワイン展示(撮影:服部倫卓)

政治関係改善なき経済協力は可能か?

というわけで、ロシアが本格的な対ジョージア経済制裁を導入する事態は、ひとまず回避されました。トビリシの情勢が落ち着けば、また直行便が飛ぶようになるかもしれません。ただ、いずれにしても、今回の反ロシアデモと両国関係の緊張は、ここ数年続いてきた経済関係拡大の機運に、冷や水を浴びせるものでした。

ちなみに、ジョージアの経済大臣が先日述べたところによると、もしもロシアが全面的な経済制裁を発動してきたら、ジョージアの損害は年間15億ドル以上に上るということです。内訳は、観光収入の減少が7.5億ドル、ロシアで働くジョージア人労働者から本国への個人送金の停止が6億ドル、そしてワインをはじめとする農産物・食品の禁輸が3億ドル、ということでした(合計すると16.5億ドルになり、やや計算が合いませんが)。15億ドルという金額は、ジョージアのGDPの10%近くに相当します。

振り返ってみれば、2012年以降、ロシアとジョージアの経済・社会関係は拡大しましたが、政治的な対話はほとんど進みませんでした。結局のところ、「ジョージアの夢」は、政治・外交面では、サーカシビリ氏率いる「統一国民運動」の反ロシア政策をそのまま踏襲したわけで、その下での両国のビジネス蜜月には、そもそも危うさがあったのかもしれません。

筆者は、今回のジョージアの事件が起きるまでは、「ウクライナのジョージア化は可能か?」ということをずっと考えていました。つまり、ウクライナもロシアとの関係で、領土や政治・外交の問題は一筋縄では解決しないにしても、そのことはひとまず置いて、せめて経済関係や市民の交流だけでも正常化して、実利を得るという路線があってもいいのではないか、ということです。しかし、ジョージア情勢に変調が生じた今となっては、甘すぎる発想だったかと、反省しているところです。