1. HOME
  2. World Now
  3. 安倍・プーチン時代の日露経済関係を振り返る

安倍・プーチン時代の日露経済関係を振り返る

迷宮ロシアをさまよう
ロシアのプーチン大統領(右)との首脳会談の冒頭、握手を交わす安倍晋三首相=2019年9月5日午後1時34分、ロシア・ウラジオストク、岩下毅撮影

日露関係に関する新著が話題

本連載では、このところずっとベラルーシを語ってきましたが、久し振りに違う話題です。日本では、安倍晋三首相が8月28日に退陣を表明するという大きな出来事がありました。2012年12月に第2次内閣を発足させて以降、安倍首相はロシアとの間で北方領土問題を解決し、平和条約を締結することに強い意欲を示してきました。そして、それに向けた環境作りの一環として、ロシアとの経済協力を積極的に推進しました。

北方領土と平和条約の交渉に関しては、朝日新聞の駒木明義論説委員が最近、『安倍vs.プーチン ―日ロ交渉はなぜ行き詰まったのか?』(筑摩選書)という著作を発表し、話題となっています。この本を読むと、多くの日本国民の抱いた期待が、いかに現実からかけ離れていたかを思い知らされ、愕然とします。

政治・外交的な観点は、駒木さんの著書によって余すところなく論じられていますので、ぜひそちらを参照していただければと思います。今回のこのコラムでは、安倍・プーチン交渉をサイドストーリーとして彩った日露経済協力につき、簡単に振り返ってみることにします。

経済カードを切ったのは順当

日本という国の特質や、日露関係の構造を考えれば、安倍首相が対露関係の打開を図るに当たって、経済協力というカードを切ったのは、妥当だったと思います。ロシアが日本に期待しているのも、経済分野であることは間違いありません。経済協力により、二国間関係の雰囲気は、確かに改善されるでしょう。

ただし、ロシアが日本の経済協力に恩義を感じ、それゆえに領土や平和条約の問題で態度を軟化させるということは、なかなか難しいと思います。よほど大胆な経済協力を打ち出し、ロシア側に戦略的パートナーとして認めてもらえないと、効果は薄いでしょう。

ロシアと中国の間では、2014年に天然ガス供給の30年契約が結ばれ、ロシアから中国に至るパイプライン「シベリアの力」が建設されました。ロシアの琴線に触れるのは、このような巨大プロジェクトです。

我が国に当てはめて言えば、たとえば、日本がシベリア鉄道およびBAM鉄道の近代化および活用に国策として全面協力するとか、ロシアが必死で売り出そうとしている北極海航路を日本が国を挙げて活用するとか、そういった次元の協力です。また、ロシアがかねてから打診しているサハリンと北海道を結ぶトンネル建設および送電線敷設に応じるといったこともあるでしょう。

それから、2014年以降、西側先進諸国とロシアの間で続いている経済制裁合戦で、日本はそもそも限定的な対露制裁しか打ち出していませんが、それを率先して撤廃するようなことをしたら、ロシアは高く評価するでしょう。

言うまでもなく、筆者はこれらのことをやるべきだと主張しているわけではありません(むしろ、やらないべきだと考えます)。ロシアが経済の分野で多少なりとも色めき立つことがあるとしたら、このくらい大胆な協力姿勢を示した場合に限られるだろうと申し上げているにすぎません。

日本は中国と違い、経済の主役は民間企業であり、G7の一員という立場もあります。一定の制約の中での対露経済協力ということにならざるをえません。しかも、ロシアの経済パートナー候補は日本だけではありません。現在は欧米との関係こそ冷え込んではいますが、国ぐるみでロシアとの経済協力を推進しようとする中国や、財閥系を中心に貪欲にロシアビジネスに取り組む韓国などの存在もあります。日本にとって、経済カードを切ってロシアを動かすというのは、一筋縄では行かないのです。

発想は良かったナショナルプロジェクトとの連携

とはいえ、日本政府も、日露経済協力の重要性をアピールするため、知恵を絞りました。安倍首相は、2019年9月にウラジオストクで開催された第5回東方経済フォーラムに駆け付け、全体会合でスピーチを行いました。安倍首相は、プーチン大統領も同席していたこの席で、8項目の「日露経済協力プラン」が、プーチン政権が取り組んでいる12本の「ナショナルプロジェクト」と、見事な対応関係をなしていると訴えたのです。その際に首相が使用したスライドを日本語にしたのが、上掲の図になります。

なお、ナショナルプロジェクトに関しては、本連載の「プーチンの『ロシア改造計画』はどこへ 人もコンクリートも重視の欲張りプロジェクト」の中で解説していますので、そちらを参照してください。

また、8項目の経済協力プランというのは、2016年5月に訪ロした安倍首相がプーチン大統領との会談において提示し、その後の日本政府による対露経済協力の指針となってきたものです。具体的には、①健康寿命の伸長、②快適・清潔で住みやすく、活動しやすい都市作り、③中小企業交流・協力の抜本的拡大、④エネルギー、⑤ロシアの産業多様化・生産性向上、⑥極東の産業振興・輸出基地化、⑦先端技術協力、⑧人的交流の抜本的拡大、という8項目から成ります。なお、2019年9月の安倍首相のプレゼンでは、それに「デジタル経済」が追加されていました。

日本の対露経済協力は、一つ一つはどうしても小粒なものになりがちです。それを、このようにパッケージして、日本の経済協力は全体としてロシアの国益、プーチン政権の課題に合致するものだと示してみせたことは、なかなかのヒット作だったと思います。スピーチの中で安倍首相は次のように述べて、胸を張りました。

「(12の国家プロジェクトは)プーチン大統領が懸命に進めている数々の事業です。これを、私始め日本政府はよく知っています。よく調べたからであります。調べたのはなぜかというと、日本はロシアと何の分野で、どう協力するのが最も効果的か考えたかったからでした。プーチン大統領と私は会う度言うのですが、両国関係には無限の可能性があります。その可能性を開花させ、日本とロシアの関係を未来へ推し進めるにはどんな事業が望ましいかと、そこに私たちは目を向けたわけであります。スライドを御覧いただきたいと思います。向かって左側が、ロシアが進める12のプロジェクト。右側が、現在進行中の日露協力の8項目。保健や人口、住宅、都市、環境の向上、中小企業や、労働生産性、雇用のサポート。左側、ロシアのそうした項目と、右側、日本が進める協力のあれこれが、赤い糸でつながるところをじっくり御覧ください。日露の協力8項目は、ロシアの国家的課題にとって、一つのソリューションとなることを望んで選んだものでした」

しかし、問題はアピールの仕方にあったようです。これは駒木さんの前掲『安倍vs.プーチン』の中で指摘されているのですけど、安倍首相のスピーチは日本の先進性を強調し、それを導入すればロシアの問題を解決できるといったニュアンスを帯びており、ロシア人が最も嫌う「上から目線」の提案になってしまっていたということです。

確かに筆者も、ロシアとの協力に取り組む上では、「ロシアにはロシアの秀でた点があり、それを日本の長所と組み合わせることにより、相互利益が得られる」といったロジックの方が、相手に響くと思います。一方的な施しのような態度は、受け入れられません。「(東方経済フォーラムにおいて日本側は)プーチンやロシア人の思考回路を十分理解していないスタッフが『こうすればプーチンは喜ぶはずだ』という思い込みで動画や演説を用意したのではないか」(『安倍vs.プーチン』p.24)という指摘は、非常に重いものです。

一時代の終わり

筆者は、日本とロシアの経済関係を促進する団体に勤務しています。ですので、安倍首相がここ数年、日露経済関係を大いに奨励してくれたことについては、感謝しかありません。従来は、ともすれば、ロシアとのビジネスは領土返還という国益に反するかのような色眼鏡で見られることもありましたが、安倍首相の下ではロシアとのビジネスはむしろ国益に貢献すると位置付けられることになりました。

ところが、現実の日露経済関係は、日本政府の号令ほどには、拡大しなかったという現実があります。上の表は、ロシア側の貿易統計にもとづいて、同国の主要貿易相手国の変遷をまとめたものです。日本は、2016年までは7位をキープしていましたが、2017年以降は順位・シェアともに低下傾向にあります。

日本が伸び悩むのを尻目に、中国などは首位の座をますます確固たるものとしています。また、2017年に日本は東アジアのライバルである韓国にも抜かれてしまいました。さらに、ロシアと抜き差しならない対立関係にあるはずの欧米主要国が、ロシアとの貿易で日本より上を行っているのを見ると、狐につままれたような気分にさせられます。

以前も述べたことですが、経済がグローバル化・高度化した現在では、二国間のモノの貿易統計だけで、日ロ経済関係の発展度合いを測ることはできません。日系企業のマレーシア工場から製品がロシアに輸出されたら、それはマレーシアからロシアへの輸出としてカウントされます。また、日系企業がロシアでの現地生産に乗り出せば、その分、日本からの完成品の輸出は減ることになります。ただ、いずれにしても、二国間の貿易統計は最も基礎的なバロメーターであり、それが低迷していることは事実なのです。

結局のところ、企業の活動を決めるのは、利益になるかどうかということです。儲かりそうであれば政府の支援なしでもロシアとビジネスをしますが、そうでなければいくら政府が後押ししてくれても動けません。ここ数年、ロシアとのビジネスを進めるよう、政府から発破をかけられたことは、日本企業にとって心強かった半面、東方経済フォーラムやペテルブルグ国際経済フォーラムのような大イベントのたびに新しい「成果」を発表するよう期待され、息切れしていたことも事実です。

日本は、北方領土と平和条約の問題を抱えているため、G7の中で例外的に穏便な対露経済制裁で勘弁してもらっていました。しかし、従来のウクライナ問題に加えて、最近になりベラルーシ問題や反体制派ナバリヌィ氏の暗殺未遂事件も加わり、場合によっては西側先進諸国が足並みを揃えて新たな対露制裁を打ち出す可能性もあるかもしれません。日本は、政権が交替するタイミングでもありますし、G7の一員としての立場に回帰すべき時なのかもしれません。