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ドローンやロボットが違反を警告 コロナ「監視」が世界中に広がっている現実

World Now 更新日: 公開日:
オランダのオンラインメディア、「コレスポンデント」は、世界の記者や研究者の協力も得て、コロナ感染抑止に使われる監視ツールを追う。プロジェクト「Tracked Together」のロゴやイラストは、オープンソースだ

日本は「自粛」だけで済んだことが、いかに特異だったかを思い知らされた。コロナ禍への対応で、多くの国では、ロックダウン(都市封鎖)で外出を厳しく制限し、隔離された人への監視を強めた。問題は政策が厳格になるほど、それを守らせるための措置も強制の度合いを強める。それを効率的に可能にしているのが、急速なテクノロジーの進化だ。(朝日新聞編集委員・浜田陽太郎)

確かに中国はすごい。奥寺淳記者が監視特集で中国の監視社会ぶりを書いたように、ありとあらゆる個人情報が一元的に管理されている。ただ、中国を「あしき前例」として特別視するだけでは、思考停止に陥る。今回、世界が変わっているのだ。

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様々な国で実施されているコロナ感染抑止にまつわる「監視」の状況をザッピングすると「これ、日本でやったらすごい問題になるな」と思われるケースが多々見つかった。そのなかで、「へーっ!」と思う事例を抜き出してみた。取材手法の種明かしは後ほどする。

■ロボットと監視カメラの組み合わせ

日本でドローンの飛行は厳しく制限されており、都市部ではめったに見ることはない。だが、海外では、ドローンが飛び回り、ロックダウン違反者を監視し、群衆に警告を発する。そんな風景は珍しくない。

スペイン、フランス、ブラジルでも。酒類の販売が規制された南アフリカでは、もぐりで営業していた酒場の摘発にもつながったと報じられた。ニューヨークでは一市民が、自前のドローンに仕込んだスピーカーで、「ソーシャルディスタンスをとってください。感染拡大を防ぎ、犠牲者を減らすためにご協力を」と呼びかけたという事例もあった。

監視は上空からだけではない。シンガポールでは、米ボストン・ダイナミクス社製の「ロボット犬」が公園を歩き回り、人々に「最低1メートルの距離を保ちましょう」と呼びかけた。チュニジアの首都では警察ロボットが、人気のない街路で歩行者を見つけると近づいて、身分証明書の提示と外出の理由を問いただした(映像を見る限り、人が遠隔操作しているようだ)。

ルワンダが導入したベルギー製ロボットは、医療従事者のリスクを減らすため感染した患者に食べ物や薬を届けるという役割のほか、1分間に50~150人の体温を計測し、マスクをしていない人を識別して警告を発することもできる。

ドローンの進化は止まらない。米国製「パンデミック・ドローン」は、上空から地上にいる人の体温や心拍数、せきを覚知できるセンサーを備えるという。そうした技術は、日本の介護現場で、高齢者の睡眠や心拍、呼吸を覚知するセンサーの技術と地続きだろう。

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■相互監視のツールに

日本では自粛期間中に営業を続ける店に閉店を求める貼り紙をするなどの「自粛警察」が話題になった。

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戦中の「隣組」的な住民同士の監視は日本だけかと思ったが、あにはからんや。州知事がロックダウンを発令した米ワシントン州のベルビュー市では、アプリやウエブサイトから外出禁止の違反者を警察に通報するよう広報していた。日本の110番に相当する「911番」への通報が殺到し回線がふさがってしまうのを防ぐため、もともとあった違法駐車や落書きといった苦情をネット経由で受け付けるシステムが活用された。カナダのモントリオール市でも同様に「通報はネットで」と呼びかけをしている。

南米チリでは、コロナ対策のスマホアプリに通報機能をつけることについて、人権団体が「恐怖で緊迫した社会で住民の間に軋轢を引き起こす」という懸念を表明している。

■スマホが試験監督

西村宏治記者は今春、シンガポールに赴任した際に、ホテルで14日間の隔離生活を送った。1日2回、政府から電話が抜き打ちでかかってきて、部屋の様子をカメラで映すように求められる様子を記事にしている。

隔離の対象者が居室を出ていなことを証明するため、スマホの自撮り(selfie)機能を使う国は多い。その活用は教育分野にも及ぶ。休校が続くなか、自宅で試験を受けさせる場合、どうやって不正を防ぐかが課題になっているからだ。フランスや英国の大学では、ウエブカメラやスマホのカメラで試験を受ける学生の部屋を写すことを求めたが「プライバシーの侵害」などの反発が起きている。在宅ワークが続く会社員もこの問題と無縁ではない。世界的なコンサルティング会社PwCは顔認証技術を使って社員がコンピューターのモニターの前からの不在を検知するシステムを開発しているという。

■世界中の読者・ジャーナリストへの呼びかけ

今回、これだけの事例を短時間に概観し、ざっくり世界の状況がつかめたのは、新興オンラインメディア「コレスポンデント(The Correspondent)」のプロジェクトに参加したからだ。2013年にオランダで生まれ、昨年からは英語での発信も始めたばかりの新興だが、そのユニークなジャーナリズムで知られる。(くわしく知りたい人は、ぜひ朝日新聞が発行する月刊ジャーナリズム2019年3月号に書いた拙稿《注目!オランダ発、米国進出のオンラインメディア》を見て欲しい)

「世界中で行われているコロナ関係の監視を追跡するのに支援を」。コレスポンデントが、こんな記事を配信し、読者への協力を呼びかけたのは2020年4月9日。「これほどまでに幅広く多様な監視の新たな手法が登場したのは前代未聞のことだ。市民の権利や自由への潜在的な脅威となるのは明らかだ。影響を注視していく必要がある」と思いからだ。

背景には「危機対応を掲げていったん施行された法律、導入されたテクノロジーを撤回させるのは難しい」という認識がある。監視の転換点になったのは2001年に米ニューヨークなどで起きた「同時多発テロ」だったという経緯は今回、監視社会特集の記事で畑中徹記者も指摘している。コレスポンデントの記者たちも同じく、同時多発テロを契機に前のめりで始まった様々な監視が常態化し、今なお使われていることに着目。今後、どのような状況へと我々を導くのかを長期間にわたり追いかけようというのだ。

【合わせて読む】転換点は米同時多発テロ 日常に監視の手がかり

この活動は、コレスポンデントが掲げるジャーナリズムの理念に沿っている。「今、起きていること」(breaking news)ではなく「毎日、起きていること」を報じる。人々の日々の生活に影響している出来事、長期的なトレンド、潮流(unbreaking news)を取材テーマにすることを掲げているからだ。

コレスポンデントが取り組む「監視」を報道するプロジェクトのロゴ

いつかワクチンが開発・普及すれば感染症の拡大は終息するだろう。だが、危機対応で導入された監視ツールはおそらく使い続けられる。その影響も含めた世界の変化を見極めようという野心的なプロジェクトだ。

■データベースを共同利用

ただ、勢いがあるとはいえ、2019年秋に開設(オランダ語版は2013年)したばかりの新興メディアだ。そこで世界各国にいる読者やジャーナリストに参加を呼びかけたのは先述した通りだ。

5月8日には、Zoomでウエブ会議が招集され、ざっと数えて筆者も含めて24人が参加。その場では、共同でデータベースを構築し、それを活用していくという方針が示された。中心になったジャーナリストは2人で、英国人のモーガン・ミーカーさんと、オランダ人のディミトリ・トゥクメティスさん。

「Tracked Together」で中心的な役割を果たす2人の記者。まとまった記事だけではなく、定期的にニュースレターも配信し、このテーマについての最新動向についても教えてくれる(コレスポンデント提供)

データベースをもとに、2人が6月1日に配信した記事の第一弾は、接触追跡・確認アプリについて集中的にリサーチした内容だった。

日本でも6月19日から提供が始まったアプリ。記事では4月26日に導入されたオーストラリアの事例などを通して、「ロックダウンから脱出するための切り札」として期待が高まったアプリの活用だが、ダウンロード数の伸び悩み、正確性、使い勝手という課題を克服できていないことを報じている。まさに、「ざっくり概観」したからこそ、生まれた記事だ。学問の世界でも、あるテーマに関して実験した論文を集めて「レビュー」して概要と現状の知見を示す研究手法がある。コレスポンデントの取り組みはこれに近い。

ちなみに、プロジェクトへの参加者がアクセスできるデータベースはGoogleスプレッドシートで作成され、これまで5回更新、最新版は7月12日にアップされた。各国におけるアプリやドローンなど技術の活用例だけでなく、個人情報保護を担う政府部門がブレーキをかけたケースなど様々な動きをリストアップ。項目数は300を超えた。すべて地元メディアや公的機関のウエブサイトなどの情報ソースへリンクが張られており、内容の検証が可能だ。英語以外でもグーグルの翻訳機能でおおまかな内容は理解できるのはありがたい。

■「オープンソース」

コレスポンデントが最初の記事をまとめた5月27日現在で、「接触追跡」(contact tracing)という目的で使われている技術を世界地図に落としたのが、このインフォグラフだ。

データベースから「接触追跡」に関係する施策を絞り込み、そこで使われている技術で分類している

こうした図表は、このプロジェクトの参加者なら誰でも使ってよい「オープンソース」になっている。そのほか、日本の接触確認アプリ「COCOA」のように、近距離無線通信ブルートゥースを使った分散型のシステムや、大阪・京都・兵庫で運用されているQRコードを使った追跡システムがどう機能するかを示すインフォグラフもある。

ブルートゥースの仕組みを解説するインフォグラフ
QRコードで建物などへの入館を記録する仕組みを解説するインフォグラフ

すでに、イタリアの記者が、こうした素材を活用して記事を書いている。

プロジェクトの参加者が情報交換するスラックのチャンネルには、46人が登録している。何か新しい動きが世界であれば、このチャンネルやニュースレターが知らせてくれるので便利だ。

情報やコンテンツを抱え込まずシェアすることで、「コロナ禍における監視」というテーマに関する報道の裾野を広げていく。コレスポンデントが目指す「ジャーナリズムのプラットフォーム」の動向を今後も注視したい。