中国の監視社会がなぜ、日本や欧米から不気味にとらえられているのか。それは共産党の指導のもと、政府や企業が国民の個人情報を管理する仕組みをつくっていることが挙げられるだろう。
例えば、人々の移動情報。中国では飛行機や高速鉄道などに乗るとき、身分証を提示しなければならない(外国人の場合はパスポート)。身分証の識別番号がスキャンされることで、氏名や住所はもちろん、民族などの個人情報とともに、移動履歴も管理されている。
中国で6年半過ごしたことのある記者(奥寺)も、何度も経験がある。2010年に沖縄県の尖閣諸島沖で中国漁船と日本の巡視船が衝突した際、漁船が所属する福建省晋江に飛行機で向かったら、空港で公安当局者に出迎えられた。電話の盗聴を用心していたため、事前に車の手配はしなかった。しかし、上海で飛行機に乗る際、パスポートを提示しなければならないので、どの便に乗ったか筒抜けだった。
しかも、公安当局者には「ホテルも予約していないようですが」と言われた。ホテルを予約する際にも身分証の番号がいるので、用心して事前に予約しなかったのだが、宿泊先も調べようとしていたようだ。その後の滞在中は、複数の公安当局者にあとをつけられた。
中国版ツイッター「微博」での投稿、SNS「微信」でのやりとりは、発言のフィルター機能で常に監視されている。中国政府に批判的な言葉、民主化や少数民族の人権などに関する投稿は削除され、アカウントが停止・閉鎖されることもある。微博も微信も登録制で身分証と連動しており、政府が不適切と考える投稿をした場合、当局者が自宅に突然やってきて拘束されることもある。
一方で、自分の移動履歴が一目瞭然でわかることを便利だと思う市民もいる。身分証明書を機械にかざすと、過去の飛行機での移動記録が、北京-上海、上海-西安、西安-広州などと時系列で線で結ばれ、中国地図に示されるのを見て、「すごい技術だ」と喜ぶ市民もいた。
ある意味、中国はいま、ビッグデータを駆使した「デジタル情報社会」で世界の先端を走っている。日常生活で現金を使うことはほとんどない。決済はアリババの「アリペイ」とテンセントの「ウィーチャットペイ」に集約。スマホでの食事やコーヒーの注文、食材の配達、交通機関や携帯電話、インターネットの利用を通じて、個人の行動範囲や好みなどの情報が集められている。
支払い履歴などに問題がなければ個人の格付け点数があがり、金融機関で優遇金利をうけることもできる。一方、支払いの遅延などがあると個人の格付けが下がり、公共サービスで不利益を受ける仕組みまで導入されている。これらは、個人情報の管理をもとにした、監視社会とも表裏一体でもある。
個人情報などを集めたビッグデータは、人工知能(AI)の時代、「産業のオイル(原油)」とも言われる。中国の14億人のビッグデータを手にしたアリババやセンテントは、世界の中でも特殊な存在だ。個人情報の多目的な利用がますます厳しくなっている欧米とは異なり、便利になるならと市民も個人情報の広範な利用に寛容な傾向もある中国は、独自の発展を遂げている。