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「監視社会=暗黒」の図式で中国を語る日本、重要な視点が抜け落ちている

World Now
中国企業の監視カメラシステムは、訪れた日本の経済人の顔を識別して性別や大体の年齢をはじき出した=2018年9月11日、北京市、福田直之撮影

■「あしき前例」ではつかみきれない中国の変化

――監視社会化が進む中国の現状は、日本でも知られるようになってきました。その中国を、日本では、ジョージ・オーウェルが描いた「1984年」のようなディストピア(暗黒の世界)として論じられることもあります。2019年に出版された著書「幸福な監視国家・中国」では、監視社会化を肯定的に受けとめる中国人に言及されました。これは日本人にとっては驚きの事実ともいえますが、多くの中国人はなぜこうした流れをポジティブに受けとめているのでしょうか。

「監視社会化」は、人びとのプライバシーが政府や企業に筒抜けになるという負の側面があるとともに、多くの人びとにとっては行政や金融、医療などのサービスがより便利で効率的に受けられる便益も伴っています。この二つを比べて、便益の方が圧倒的に大きいと感じている人が多いので、監視社会化が支持されているのでしょう。

とりわけ金融サービスが典型的な例ですが、中国では取引関係において個人の信用を見極めるのが非常に難しいと思われていました。このような社会では個人情報が一元的に管理され、信用状況の評価を受けられることは、プライバシー侵害の問題を差し引いても経済的便益が上回った、ということだと思います。

【合わせて読む】足跡すべてを政府が把握 中国の監視社会とは

――日本では中国の監視社会化について「あしき事例」として紹介されることがほとんどでした。なぜ、そうなってしまったとお考えですか。

中国の「監視社会化」への警戒が、まず英語圏の主要なメディアで批判的に取りあげられ、それを追うかたちで日本メディアがとりあげる、という構図があったからだと思います。残念ながら、日本のメディアの多くは急速に進む中国社会の変化に独自な視点で切り込むことができなかったように思います。

もっとも、英語圏をはじめ、いわゆる西側諸国のメディアが、近年の中国について批判的な姿勢をとるのはやむを得ないことではあります。たとえば新疆ウイグル自治区における収容施設の問題、香港の民主化運動への弾圧に代表されるように、習近平体制移行の中国政府が人権や言論の自由といった「普遍的な価値」を軽んじる姿勢が顕著になっているのは事実ですので。

梶谷懐氏

――著書「幸福な監視国家・中国」では、中国で監視社会化が加速する背景について「功利主義」というキーワードで説明されました。中国人にとっての功利主義とは、どのような考え方なのでしょうか。

功利主義は、倫理学の中で確立された普遍的な概念なので、中国(人)特有のものではありません。功利主義の主な構成要素は、「幸福(厚生)主義」「帰結主義」「総和主義」の三つとする見解が一般的です。

幸福主義は、倫理的判断の基準として、人びとの幸福や満足度が増えたかどうかを第一に考えるというもので、帰結主義は、結果として幸福が増大したかどうかを重視し、そのための手段は問わないというもの。総和主義は、いわゆる「最大多数の最大幸福」を重視するという考え方で、人びとの幸福は全体として足し合わせることができ、その足し合わせた幸福を最大にすることが社会として望ましい状態だという考え方です。

これは極めて現実的な考え方でもあります。たとえば、新型コロナウイルスの感染拡大に関して、人びとの自由や権利を国家が制限することは、感染拡大を防いで死者を最小にするためには正当化されるという考え方がありますが、これは典型的な功利主義的思考だといえるでしょう。

一方、これは「目的は正しくてもそのために人権を無視してはいけない」という、手段の正当性を重視する義務論的な考え方とは鋭く対立します。その意味では、もともと人権意識が希薄で、しかも多くの人口を抱える中国社会には非常に受け入れられやすい考え方だといえるでしょう。

歩行者を監視する中国のカメラ

■メリット、デメリットの冷静な議論を

――「功利主義」に関連する質問です。中国人のように、自らの幸福や安全・安心、利便性を求めて「監視」を受け入れるという姿勢は、いまの日本人には受け入れにくいものですし、一般的には「中国のような一党独裁の国家だからそうなるのだろう」と考えられがちです。その一方で、将来は日本人も中国人と同じような態度になっていく可能性はあるでしょうか。

中国社会において監視社会化が比較的すんなり受け入れられているのは、政治体制が権威主義体制(一党独裁)だからということもありますが、それ以上に、人びとの「功利主義」的な志向が強い、一方で義務論的な志向は弱い社会であるということが大きな要因として働いています。

この功利主義という側面に注目するならば、監視社会化の進展は、日本も含め民主主義体制をとる国家でも避けられないものだといえるでしょう。

コロナ禍の深刻な影響によって欧米を含めた世界各国で接触記録アプリなどの導入が本格的に検討されているのはそのあらわれです。ただ、日本は他の民主主義国家と比べても、国家の一元的な情報管理や、監視テクノロジー受容に関する国民レベルの拒否感が強いので、この点は注意する必要があるかもしれません。

――つまり、いま中国で起きている監視社会化の流れは、いずれ日本も直面する問題だということでしょうか。そうだとすれば、中国で先んじて加速する監視社会化の流れから、日本はどんなことを学んだり、どんな準備をしたりすることができるでしょうか。

日本でも、まさに新型コロナウイルスなどのパンデミック(世界的大流行)への対策という点で監視社会化が一気に進んでいく可能性はあります。その際に重要なのは、中国だけではなく韓国や台湾など近隣アジア諸国でどのように監視社会化を受け入れているのか、それぞれの国の状況をきちんと分析したうえで、各国の識者から直接意見を聞くことだと思います。

欧米の状況を踏まえることも重要ですが、とくにパンデミックでは、アジアの状況が欧米とは大きく異なることも明らかになっているので、感染対策としての監視技術の導入においても、社会の特性や歴史的な経緯をふまえたアジア独自の文脈を考えることが重要になってくると思います。

――監視というものを議論するとき、「社会の安心・安全か、プライバシーか」「利便性か、個人の権利か」など、二項対立的にとらえられがちです。はからずも足元のコロナ危機で世界の監視社会化に注目が集まっています。その際、立場が異なる人どうしが建設的な対話をするにはどうしたらよいでしょうか。

パンデミックへの対応を含めて、監視社会化は世界的な動きではありますが、その進行や監視技術の受容は、国や地域、社会や民族の固有の文脈によって異なる経緯をたどると私は考えます。ですので、やや迂遠に思われるかもしれませんが、中国も含め、個人情報の管理やその統合がどのようにして可能になっているのか、各国の歴史を踏まえた理解を深めることが、建設的な議論のために必要になるかと思います。

たとえば、アジアの多くの国々は植民地支配を経験しており、宗主国による現地住民の統治や感染対策を通じて国民一人ひとりの個人情報の集約や利用が可能になってきた経緯があります。また韓国や台湾は内戦や戒厳令といった社会の緊張状態を長く経験してきたことが感染症対策にも生かされている可能性があります。こういった知見を総合的に利用して、監視社会に対する議論を進めていく必要があります。

――コロナ感染拡大の抑制に、デジタル関連の技術を活用する機運が世界各国で高まりました。ただ、日本ではこうしたテクノロジー対応の遅れが目立ったように思います。背景の一つには、日本では「テクノロジーは独裁的な権力を強化させる役割しか果たさない」「管理・監視技術は民主化の敵」(「幸福な監視国家・中国」229ページ)というような、長年の捉え方が社会の底流にあることも影響しているように見えます。こうした中で私たち日本人は、監視社会化をもたらすかもしれない、その一方では生活に安全・安心・利便性をもたらす可能性がある新しいテクノロジーとどう向き合っていけばよいのでしょうか。

政府に批判的な勢力や知識人、つまりかつての革新陣営、現在のリベラル勢力を中心に、第2次世界大戦での総動員体制への反省から、「国家による情報統制」を警戒する考えが日本で強いことはたしかです。しかし、日本の監視社会化が進まないことの背景は、それだけではありません。

日本政府によるコロナ対策で、評判の悪かった布マスク(アベノマスク)の配布もそうですが、「一律10万円」の配布にしても、すべて世帯を対象としたものになっています。これは、日本の行政システムが住民票に代表される世帯を単位とした情報を、地方自治体が分散するかたちで管理しているために、個人を対象とした政策を行うときに、「国→地方自治体→世帯→個人」というステップを踏まないといきわたらないようになっているからです。マイナンバー制度の導入によってもこの状況は全く変わっていないことが明らかになりました。これは、個人情報を国家が直接管理することが必要な監視社会化にとっては、結果として大きな障害になったといえます。

だからといって、日本では監視社会の恐ろしさから無縁かというと、それほど事態は楽観的ではありません。上記のように、行政システムのあり方や人びとの「政府が情報を管理するのは怖い」という漠然とした気分から監視社会化が進んでいないだけで、そのメリットやデメリットを踏まえた理性的な議論が市民を交えたかたちで行われているとはいえないからです。

一方、工学系の知識が豊富な人たちの間では、保守的な日本社会に比べ、新しいテクノロジーの「社会実装」に積極的でスピード感のある中国社会に、むしろ共感を示す傾向も生まれてきています。こういった状況が続くと、十分な議論を得ないまま「世界的な潮流に乗り遅れる」という理由で、一気に監視社会化が進んでしまう可能性もあります。

国家や一部の企業が個人の「生」を一元的に管理する監視社会化は、マイノリティーも含めたすべての人びとに影響を及ぼします。さまざまな立場の人の意見をすくいあげるような議論を、いまからでも進めていくべきでしょう。

梶谷懐(かじたに・かい)1970年生まれ。専門は現代中国経済論。著書に『中国経済講義』など。