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底辺で喘ぐ旧ソ連の出稼ぎ労働者 安住の地はロシアか?EUか?

迷宮ロシアをさまよう 更新日: 公開日:
ロシア南部ソチにて。サッカー・ワールドカップに向けた建設工事には、多数の外国人労働者が動員された(撮影:服部倫卓)

低開発国の出稼ぎ依存

いつの頃からか、モスクワをはじめとするロシアの大都市では、外国人労働者の姿を頻繁に見かけるようになりました。ロシア国民は、清掃や建設作業のようなきつい仕事を敬遠し、それらが外国人労働者によって担われるようになったのです。特に目立つのは中央アジア諸国からの出稼ぎ労働者であり、彼らはロシア人と顔立ちが違うので、すぐに分かります。

下図は、旧ソ連12ヵ国の経済発展水準と、出稼ぎ依存度を示したものです。一般的に、国の経済発展水準を比べるために用いられることが多い指標は、国民1人当たりの国内総生産(GDP)であり、その数字を縦棒で示しています。そして、個人送金の対GDP比を、折れ線で示しました。経済発展水準が低い国ほど、国民が外国に働きに出て、彼らが本国にもたらす個人送金によって経済が成り立っているという傾向が、見て取れると思います。

中央アジアのタジキスタン、キルギスといった国は、国外出稼ぎ労働への依存度が、世界的に見てもきわめて高い国です。ウズベキスタンは、数字の上では出稼ぎ依存度が低いように見えますが、人口の分母が大きいだけに、ロシアなどでウズベク人労働者に出会う機会は非常に多いです(最近は日本のコンビニなどでもウズベク人の店員さんを見かけますね)。それに対し、中央アジアの中でもカザフスタンは石油・ガス資源が豊かな国なので、その恩恵でロシアに次ぐ所得水準を誇り、むしろ周辺国の労働者を受け入れる側となっています。

このように、旧ソ連の12ヵ国には、もともと一つの国であったとは思えないほど、大きな経済格差があります。それでいて、ロシア語が共通語として機能し、ビザなしで行き来が可能。地続きであり、鉄道なども繋がっているので、往来が比較的容易です。これらの条件が重なり、タジキスタンやキルギスの国外出稼ぎ依存度が、世界屈指の高さになっているのでしょう。

ロシアにおける外国人労働者の就労は、非合法な部分もあるので、正確に数を把握することは困難です。ある専門家によれば、ロシアでは中央アジア諸国からの出稼ぎ労働者が400万人ほど働いており、うちウズベク人が200万~300万人、キルギス人が80万人、タジク人が80万人ほどであるということです。また、カザフスタンでも多い時には350万人ほどの外国人労働者が働いていたとされます。

コロナがもたらした異変

そうした中で襲い掛かってきたのが、今般の新型コロナウイルス危機でした。このウイルスが、人の移動や接触を伴わざるをえない出稼ぎ労働の大敵であることは、言うまでもありません。しかも、経済がほぼストップしてしまうわけですから、踏んだり蹴ったりです。

一説によれば、コロナ禍により、中央アジアからロシアに働きに出ている人々のうち、30~50%ほどが仕事を失ったということです。ロシア政府が市民にステイホームを義務付けたため、配達業などはかえって忙しくなりました。また、建設作業なども、あまり影響を受けなかったようです。それに対して、外食業などは全滅状態であり、またタクシーもほぼ仕事がなくなったとされます。

ロシアで感染確認者が急激に増えたこともあり、中央アジアからの出稼ぎ労働者のうち、20%ほどが帰国を希望したと言われます。しかし、この春にはロシアと外国の間の定期航空便は基本的にストップし、陸上の国境も封鎖状態となったので、帰国もままなりません。ロシアにあるウズベキスタン、キルギス、タジキスタンの公館には、助けを求める出稼ぎ労働者が殺到し、騒然となったということです。

一方、ウズベキスタンの政府高官は5月末に、出稼ぎ先から祖国に戻ってきたウズベク人が50万人に上ると発言しました。しかし、ウズベキスタン国内でも企業は雇用を減らしており、母国で職を見付けるのは従来にも増して絶望的状況です。ちなみに、ウズベキスタン側のデータによれば、ウズベキスタンの労働人口の20%に当たる250万人が国外で就労しており、うちロシアで働いている者が200万人ということです。

ロシアからタジキスタン、ウズベキスタンなどへの個人送金は、この3月、4月には半減したと伝えられます。中央アジアでは、所得をほぼ完全に出稼ぎからの仕送りに頼っている家庭も多いため、事態は深刻です。

ロシアからEUにシフトするウクライナ人労働者

さて、ロシアと欧州連合(EU)の狭間に位置するウクライナも、近年は国内の産業が壊滅し、ますます国外での出稼ぎ労働に依存するようになっています。ただし、もともと最大の出稼ぎ先だったロシアとの関係が悪化し、またEUとのビザなし協定も成立したため、EU圏に働きに出る者が増えている点が、中央アジア諸国との違いです。個人送金額を示した上のグラフを見ても、ここ数年は青で示したEU諸国からの比率が圧倒的に大きくなっていることが分かります。

一体どのくらいの数のウクライナ国民が、外国で働いているのでしょうか? 正確なところは分かりませんが、2018年にウクライナ社会政策省が発表したところによると、常時外国で働いている者が320万人ほどで、季節労働・一時的労働のために外国に出向く者も加えれば900万人に達するということです。ウクライナの労働人口は1,800万人程度なので、実にその半数が頻度・程度の差はあれ国外出稼ぎに従事している計算になります。

2014年の政変後、EU圏、とりわけポーランドが最大の出稼ぎ先となりました。ウクライナ人は見知らぬ土地で、農作業、建設労働、介護など、現地の人々が嫌う重労働に従事しています。今やウクライナの労働移民は、欧州労働市場を底辺から支える存在。たとえば、ポーランドでは2014~2018年に外国人労働者の貢献によって経済成長が11%上積みされたと言われており、それを主に担っているのがウクライナ国民に他なりません。逆に、ウクライナ本国ではそれだけの成長ポテンシャルが失われていることになります。

新型コロナウイルスのパンデミックを受け、3月頃に、ウクライナ人労働者の一部が本国に帰国する動きが生じました。これについても、正確な数の把握は困難であり、65万人が帰国したという情報もあれば、4月には首相が「200万人が帰国した」と発言したこともありました。

ただし、コロナ問題にもかかわらず、ポーランドなどでは、本国に帰国したウクライナ人労働者は、多数派ではなかったようです。ウクライナのシンクタンクがポーランドの研究者らと共同で実施した調査によれば、ウクライナ人出稼ぎ労働者のうち、この春にポーランドを離れたのは、わずか12%だったということです(ただし、季節労働者を計算に入れると、その比率はより高くなる)。

専門家などによると、コロナ危機を経ても、ウクライナ国民の国外出稼ぎ志向は、引き続き高いということです。今後、EU圏の経済が回復し、その一方でウクライナの構造的不況が長引けば、外国に仕事を求めるウクライナ国民がパンデミック前よりもさらに増える可能性があると指摘されます。

今や、ウクライナの賃金水準は、お隣のモルドバと並んで、欧州で最低レベル。本来であれば、その安い労働力を当て込んで、外国企業がウクライナの労働集約型産業に投資し、ウクライナが「欧州の工場」になってもおかしくないはずです。ところが、今日の欧州の現実では、生産拠点ではなく、むしろ安い労働力が働き口を求め国境を超えて移動していくのです。

ウクライナは、2014年にEUと連合協定を締結し、欧州統合への合流という方針を明確にしました。しかし、現実には、EUとの貿易は伸び悩み、EUからの投資は来ません。EUとの関係が目に見えて深まっているのは、出稼ぎの分野だけ。果たして、これが本当に、ウクライナ国民の願った欧州統合なのでしょうか。