草木も中国になびく
旧ソ連のロシア・ユーラシア諸国では、中国との経済関係の重要性が、年々高まっています。後掲のグラフでは、各国の輸出入に占める中国との取引の比率を図示してみました。多くの国にとって、輸出または輸入の最大の相手国が中国であるというケースが増えてきました。
たとえば、この地域の最大国のロシア。ロシアにとって中国は、2010年以来一貫して最大の貿易相手国であり(輸出入の合計値)、しかもそのシェアは年々拡大しています。2019年にロシアから中国に天然ガスを輸出するためのパイプラインが稼働しましたので、今後もさらにシェアが拡大するものと見られます。
中国から地理的にはだいぶ離れたウクライナでも、異変が起きています。伝統的に、ウクライナ最大の貿易相手国となってきたのが、ロシアです。2014年のウクライナ政変後は、ロシアとの貿易は急減しましたが、それでも2018年までは国単位で見ればロシアが最大の貿易パートナーである状態が続きました。しかし、2019年にはついにそれに終止符が打たれました。同年には中国がウクライナの輸出入総額の11.5%を占め、9.2%のロシアを抜いて、ついにトップに立ったのです。
下のグラフで目立つのは、中央アジアのキルギスの輸入と、トルクメニスタンの輸出で、中国依存度がきわめて高いことです。キルギスは、中国から輸入した安価な消費財を、他のユーラシア諸国に転売することを生業としているため、このような数字になります。一方、トルクメニスタンは天然ガス輸出にほぼ特化した国であり、2009年にトルクメニスタンと中国を結ぶガスパイプラインが稼働して以来、輸出の中国依存度が劇的に高まりました。
そして、ロシア・ユーラシア諸国が中国の経済力への期待をさらに高めるきっかけとなったのが、習近平国家主席が2013年に表明した「一帯一路」、俗に言う新シルクロード構想です。各国はこぞって、中国との協力により運輸・エネルギー等のインフラプロジェクトを推進することを目指すようになりました。
転んでもただでは起きない中国
こうした中で発生した、今般の新型コロナウイルスの大流行。今年1~2月頃の中国の窮状を目の当たりにして、筆者などは、「さすがにこれは、中国とロシア・ユーラシア諸国の経済関係にも影響するだろう。一帯一路ブームも転機を迎えて、中国の存在感は当面、低下するのではないか」と考えました。
当然のことながら、中国が武漢を震源とする新型肺炎の拡大に直面していた時期、ロシア・ユーラシア諸国がまずやったのは、中国との間の人の往来を制限し、自国へのウイルスの流入を防ぐことでした。それと同時に、ロシアのように、ある程度財力のある国は、中国に緊急支援を提供しました。
しかし、次第に中国での感染拡大にもブレーキがかかります。3月10日に武漢を視察した習近平国家主席は、湖北省での感染は基本的に抑え込んだと宣言しました。この「勝利宣言」あたりが転換点だったでしょうか、中国は支援を受ける側から、遅れて感染が広がった諸外国を支援する側へと回ります。ロシア・ユーラシア諸国も例外ではなく、現在では同諸国のほとんどが、何らかの形で、新型コロナ対策の支援を中国から受け入れています。
中国の一帯一路政策は、もともとはアジアと欧州を陸路(一帯)と海路(一路)で結ぶという構想であり、そのルートのイメージ図も示されていました。ところがその後、ルートも、手掛けるプロジェクトの中身も多様化していき、融通無碍な様相を呈するようになります。北極海を通る「氷のシルクロード」なるものも浮上しましたし、果ては「デジタルシルクロード」、「宇宙シルクロード」などを提唱する向きもあり、もはや何でもありです。
そうして考えると、中国による諸外国への新型コロナ関連支援も、早晩、「一帯一路政策の一環である」と位置付けられたりすることも、あるのではないかという気がします。
中国の対ロシア・ユーラシア諸国支援
それでは、中国からロシア・ユーラシア諸国に新型コロナ対策でどんな支援が提供されているか、見ていくことにしましょう。
まずは、この地域の盟主的存在であるロシア。ロシアと中国は戦略的パートナーという間柄なだけに、中国でコロナウイルス感染が拡大すると、プーチン大統領は真っ先に習近平国家主席にお見舞いの電報を送り、中国を支援する用意があることを表明しました。実際にも、ロシアは中国に23万トンの支援物資を軍用機で送り、防護服、マスク、手袋などを寄贈しています。中国の駐ロシア大使は、「中国が新型コロナウイルスと戦っている時期に、ロシアが提供してくれた支援は、誠心誠意のもので、タイムリーであり、断固としていて、全面的なものだった」と、最大限の謝意を表しています。
しかし、ある程度危機を乗り切ったことで、中国側のムードにも変化が生じました。この3月下旬には、ロシアのエカテリンブルグ市が、姉妹都市である中国の広州市に人道支援を申し出たところ、広州市側がこれを丁重に断るという出来事がありました。「我々はもう大丈夫です。それよりも、エカテリンブルグ市も新型コロナ患者が発生して大変でしょう」というのが、中国の返答だったということです。
そして、これは中国政府ではなく民間の動きということになりますが、3月の下旬になって、アリババグループの創始者である馬雲(ジャック・マー)氏がロシアにマスク100万枚、検査キット20万セット等の支援物資を中国空軍の輸送機でロシアに届けるという動きがありました。馬氏は、中国が最も困難な時期にロシアがいち早く支援の手を差し伸べたことに心を打たれ、そのお礼として私費を投じ今回の返礼に及んだ、ということです(野暮なことを言えば、アリババ社にとってロシアは大事な商圏ですので、恩を売っておくという思惑もありそうですが)。いずれにしても、今や感染者が増大しているのはロシアの方ですので(3月29日現在で感染者1,534人、死者8人)、中国がロシアを支援する側に回るというのは、自然な成り行きだと思います。
ロシアと欧州の狭間にあり、名物大統領ルカシェンコの下で独特な国家運営を続けているのが、ベラルーシという国です。もともとロシアへの依存度がきわめて高い国ですが、その依存度を軽減したいという狙いもあり、近年は中国への接近を強めています。今般のパンデミックでも独特な対応をとっており、大統領はコロナウイルスなど恐るるに足らずとうそぶき、国内サッカーリーグ戦もいまだに観客を入れて通常どおり開催されています。ベラルーシもロシアと同じく早い時期に中国に支援を提供しており、中国側もそれを高く評価しています。ベラルーシで感染者が発生し出して以降は、むしろ中国が支援する側に回っていますが、国柄が似ている両国だけに、「ベラルーシと中国は共同でコロナウイルスと戦う」といったことが叫ばれています。
一方、同じくロシアと欧州の狭間にありながら、ウクライナの状況はだいぶ異なっています。国内の産業が壊滅状態で、農業と出稼ぎ労働でかろうじて糊口を凌いでいるウクライナ。しかし、出稼ぎ先のヨーロッパでコロナ感染が広がったため、労働移民たちは続々と帰国しています。収入を失うことによる経済・社会的打撃も痛いですし、出稼ぎ先から母国にウイルスを持ち帰る危険も大きいと思います(特にイタリアで働いていた人々)。そうした中、中国は早速、ウクライナに緊急支援を申し出ており、また両国の医療専門家によるコロナ対策のためのウェブ会議も定期的に開催していくことになりました。
国の規模はぐっと小さくなりますが、農業と出稼ぎを生業とするのは、モルドバという小国も同じです。中国は3月中旬、モルドバにコロナウイルスの検査キットを1,000セット寄贈するとともに、情報・技術面での支援を提供していくことも申し出ました。
地理的に中国内陸部に近い中央アジアに目を転じると、同エリアの最重要国であり、また中国主導の一帯一路でも要の位置を占めるのが、カザフスタンです。カザフスタンも、中国が窮地に陥っていた時期に13.6トンの医療・人道支援物資を提供しており、駐カザフスタン中国大使は「『本当の友は困った時にこそ分かるものだ』という格言があるが、貴国はまさにそれを証明した」と述べ、感謝することしきりでした。そして、カザフスタンでも感染が拡大してきたことを受けて3月24日に行われた電話会談で、習近平国家主席はトカエフ・カザフスタン大統領に、「今度は我が国が貴国に医療製品を寄贈しましょう」と申し出ています。
一方、カザフスタンのお隣ながら、所得水準が低く、国情がだいぶ厳しいのがキルギスです。近年では、中国マネーへの依存度が増し、いわゆる中国の「債務の罠」に陥っている国でもあります。キルギスでもやはり感染が拡大してきたことから、3月中旬に政府が中国に支援を要請し、26日に検査キットやマスク等の救援物資が中国から到着したということです。もっとも、キルギス支援に乗り出したのは中国だけでなく、日本、ロシア、米国、国際赤十字、国際通貨基金など、多くの国や機関が緊急支援を提供しようとしていますが。
中央アジア最大の人口を誇る、もう一つの重要国が、ウズベキスタンです。同国では、3月29日時点の感染者が133人とされ、爆発的に増えているわけではありませんが、それでも当然警戒態勢を強めています。そうした中、ウズベキスタン政府は中国から医師グループを受け入れ、コロナ対策のノウハウを学ぶことになりました。
南コーカサス地方の国について言えば、アゼルバイジャンとアルメニアは、中国の感染ピーク時には支援物資を送付したりしていましたが、現在は逆に中国側がコロナ対策の機器や医薬品を提供し、またアドバイスも送っているということです。
最後に、直近で感染者が91人まで拡大したジョージアも、やはり中国の人道支援物資を受け入れています。特に、成都にある四川大学付属病院が、ジョージア向け支援を実施しているということです。ただ、人道支援もさることながら、ジョージアはユーラシア諸国の中では唯一、中国と自由貿易協定を結んでいる国なので、もうちょっと中国がワインなどのジョージア製品を積極的に輸入してくれるとありがたいんですけどね。
中国にとって新型コロナウイルスは超弩級の国難だったはずで、現時点でも、まずは国内での感染制圧が最優先なのだとは思います。しかし、今回見たロシア・ユーラシア諸国へのコロナ対策支援のように、非常時にあっても中国は自国の影響力拡大に余念がないように思われ、恐れ入ったという気がします。