オンラインでは想像力も制約される 新型コロナで実感、何げない対話の価値
3回目の今回は、フランス・パリの博士研究員セザール・カステルビさん(34)にSNSで、変わりつつある現地の生活習慣などについて聞いた。(構成・太田航)
新型コロナの中、世界の人々はどう生き、何を考えたのか。世界各地からの証言です。
――新型コロナウイルスの世界的大流行で、社会や経済が変わりつつあります。身の回りの生活はどう変化しましたか。
仕事にもプライベートにも変化がありました。まず仕事ですが、私はパリの「フランス国立東洋言語文化研究所」という大学で、社会学が専門の研究者をしています。学生に講義をしないといけません。ご想像の通り、ロックダウン(都市封鎖)によって、教室に集まることができなくなりました。最初はかなり大変でしたが、「Zoom」やデジタル技術のおかげで、解決法は早く見つかりました。ロックダウンが始まった3月17日の週から、対面の講義をなくし、講義の録画をネットにアップして学生が見られるようにしました。「Zoom」を使うようになったのは、その数週間後です。
それは理想的とまでは言えません。じきに、すべての学生が同じようにネットにアクセスできるわけではないということに気付きました。ただ今のところ、オンライン講義は極めて効果的で、次の手を考える時間ができたと思っています。
――講義以外ではどうですか。
研究者として学術論文を書いたり、多くの文献を読んだりする必要があります。この点ではロックダウンはとても有利です。論文を仕上げる時間が少し増えましたし、時間がなくて読めなかった本が読めるようにもなりました。
研究者としての仕事の多くは、パソコンの前ですることです。働き方への影響という点では、ほかの仕事よりも影響が小さいと思います。オンライン講義のように、工夫が必要でしょう。ただ限界も感じます。誰かとコーヒーを飲みながら、気軽に話すことができなくなりました。研究者の仕事は、多くのアイデアがほかの人と過ごす、何げない時間から生まれます。交流が制約されているので、想像力も制約されていると感じます。
――プライベートにはどんな影響がありましたか。
プライベートや自宅での生活にはより大きな変化がありました。私は結婚していませんが、結婚に近い権利が認められるパックス(連帯市民協約)のパートナーがいます。子どもはいません。そのため、カフェに行ったり、友だちと会ったり、音楽を聴くためにバーに行ったりと、よく外出をしていました。週2回は映画を見に行っていました。それがすべてできなくなったことは、おそらく一番こたえることでした。表面的なことに思えるかもしれませんが、私にとって外出することは生活のバランスを保つ上でとても重要なことです。とはいえ、幸運にも私は2人では十分な広さの部屋に住んでおり、彼女ともとてもうまくいっているので、そんなに悪くはありません。
――社会はコロナ後、どう変わっていくと思いますか。
ロックダウンが終わった後のことは、まだよく分かりません。正直なところ、そんなに考えていません。私は学術界で働いていますので、私の周辺でもコメントしている人はたくさんいますし、将来のシナリオを提案している人もいますが、私はそんなにすぐ反応するのは好きではありません。時間がたち、客観的に見られるようになってから話す方が、違和感がないですね。おそらくすべてのものが元通りになるわけではないでしょうが、変化は極めて自然に起こるでしょう。激変になるとは予想していません。
――それはどうしてですか。
私は日本で、2011年の東日本大震災を経験しました。その時は日本に限らず、今までと違う世界になるとか、生活が変わるとかといった極端な話がたくさんありましたが、結局そんなに日常生活は変わらなかったと思います。だから、例えば今年の秋から、世の中ががらっと変わるとは思えないんです。
もっと言えば、何の変化もない日常はないですよね。テクノロジーの発達で日常生活もこの5年、10年でずいぶん変わりました。例えば、2007年のiPhone発売のほうが、大きな変化をもたらしたかもしれません。コロナのような大きな出来事がなくても起こっていた変化もあるでしょうが、それは見えづらいものになります。
――大きな展望は見えなくても、すでに人々の意識が変わってきたとか、変わりそうだとか思うところはありませんか。ロックダウンを経験して、政府からの指示の受け止め方が変わったとか。
ロックダウンになってから人と会うことがあまりなく、友人や同僚らと話す機会があっても、マインドの変化まで分かるほど話せていないんです。ただ、指示されることに抵抗感をもっていた人は、今もそうだと思います。それは状況によっても違います。年齢が高い人やその家族のような、病気にリスクを感じている人ほど、ルールには従っていたと思います。逆に一人暮らしの人、特に20~30歳ぐらいの男性は、心配していなかった人も多かったのではないでしょうか。
――コロナ後の社会についてさまざまなコメントが出ているというお話でしたが、どんなものがありますか。
移動の仕方についてのものが多いと思います。例えば自転車の利用が増えるというものです。大都市の地下鉄やバスの話ですが、多くの人が同時に使うことを避けないといけないということで、移動方法として自転車がいいのではないかという話になっています。
今後どうなるというより、どうなるか分からないという話が多いと思います。大学についても、教室に何人まで学生を入れていいかとか、マスクを使わないといけないかとか。
マスクは、今までフランスでは不思議な存在で、アジア系の人しか使わないようなものでしたが、ずいぶん変わりました。今まで見たことないぐらい多くの人が着けています。
――何があったのですか。
政府が以前は一般の人は使わなくていいと言っていたのに、使ってほしいと説明を変えました。今ではスーパーでも買えます。マスクはこれからの日常品として認識されていると思います。つい数カ月前だったら考えられないことです。
――ずいぶん変わりましたね。
そうですね。ウイルスがアジアで流行し始めた1月ごろは、パリでアジア系の人がマスクを着けることには、勇気が必要だったと思います。誰かから悪口を言われる心配があったと思います。
マスクの話に付け加えると、フランス人は日本人より、ハグやキスなど、体を接触させることが多くあります。人生で当たり前のことでしたが、またいつからできるのか、本当に将来できるようになるのか、まだ分かりません。両親と「次に会うときにはどうしようか」なんて話をしました。それが変わることになってもすぐ慣れると思いますが、今はどうなるか分かりません。
――ほかに社会の変化は感じますか。
お店に入る時に行列に並ばないといけなくなったことでしょうか。ロックダウン中のスーパーがそうでしたが、緩和後、営業を再開するお店が増えてからも、入店する人数を制限しているので、行列は続いています。
――コロナ後の生活支援策としての現金給付についてどう考えますか。ベーシックインカム制度を先取りするような状況が生まれていることについて、どう思いますか。
現金給付は必要な家庭に限られるべきだと思います。必要でない家庭も含めて全員に、一律に同額を配るのは異常です。ただこの危機がベーシックインカムの導入についての議論を前に進めるのであれば、よいことだと思います。
――日本は一律10万円の現金を給付中です。フランスはしないのですね。
そういうのはないです。フランスではフリーランスの芸術家も失業手当を受けられますが、現金を渡すことは考えられないです。
――工場停止などの経済活動の停止や、外出制限による車両の減少などで、パリの自然環境が改善されたと感じますか。
空気が良くなったのは確かです。騒音も小さくなりました。ここ3年で初めて、カラスでない鳥の鳴き声が聞こえました。一方で通りは、道路清掃が減っているので、以前より少し汚くなったかもしれません。地面に汚いマスクが捨てられているのを見て驚きました。この病気の広がりを食い止めたいなら、フランス人はもう少し自らを律しないといけないでしょう。