■「特別定額給付金」は賢明な政策
――日本に住む全ての人に一律10万円を配る「特別定額給付金」の支給が始まりました。一度きりですが、BIのような給付です。どう評価しますか。
賢明だと思います。今の時期、助けが必要なのは一般の人たちです。当座、政府は全住民の救済を実現しました。ぜひ次の段階に進んでほしい。少なくともパンデミックが終わるまで、毎月の支払いを保証する。そして、より長期の救済策を決めるのです。
――シンガポールは21歳以上の全ての国民に、600シンガポールドル(約4万5000円)の給付を決定。米国では年収7万5000ドル未満の大人に1200ドル(約13万円)、全ての子どもに500ドル(約5万4000円)を支給します。英国やフランスでも休職者らに一定の給付があります。将来的に各国でのBI導入検討につながる可能性はありますか。
おっしゃるとおり。そういった政策はBIに向けた動きといえます。しかし、なぜシンガポールでは21歳以上なのでしょう。全員が対象にされるべきです。なぜ一定の年齢以下の人たちはお金を受け取れないのでしょう。公平ではありません。その人たちの中にも貧しかったり、不幸だったり、重病だったりする人がいるかもしれない。お金が必要なのです。なぜ排除するのでしょうか。
――長年BIを主唱されてきました。新型コロナウイルスの世界的流行を受け「今こそBIを実現するべきだ」と主張されています。なぜ以前にも増して必要なのですか。
BIを実施する理由は倫理的なものだと、これまで言い続けてきました。BIは社会にいる全員に唯一、最低限の保障を与えられる可能性があるため、絶対的に必要なのです。
もし日本や英国、どこかの国のある集団が不安定な状態におかれていたら、ウイルスに感染したり、ほかの病気になったりして、感染を広げていく可能性が大いにあり続けます。誰もが保障を受けることは死活的に重要なのです。誰もが所得を保障される。そして生きていく上で自分で好きなように決断できる。BIがなければ、経済は低迷し、将来の経済的危機がもっと悪くなると思います。
私が最近話をするときに強調しているのが、レジリエンス(回復力)です。レジリエンスとは、ショックに対処できる能力があることを意味します。重病であれば、レジリエンスはありません。私たちが必要なのは、普通の人により強いレジリエンスを与えることなのです。
■なぜ全住民が対象か
――BIは公共事業や減税のような従来の景気刺激策とどう違うのでしょう。
例えば、プレカリアート(非正規雇用など不安定な立場の労働者)がBIを支給されれば、お金を使う傾向がかなりあります。食料や衣類、子供の必要な物、本など基本的な財やサービスの購入にそのお金を使うでしょう。そうすれば、2008年のリーマン・ショック後の金融危機の時のように金融市場にお金を投入する以上に、実体経済が刺激されます。本来の生産システムを刺激することになります。消費は投資を増やし、より多くの雇用にもつながるのです。
――BIはなぜ貧しい人だけでなく、全住民を対象に給付するのですか。
貧しい人を特定するのは難しいからです。所得はしばしば増えたり減ったりします。ある週は貧しかったけど、別の週はそうではなくなった。でも次の週はまた貧しくなることがあります。
ほかにも問題があります。貧しい人だけに給付すると、その人が貧困から抜け出す努力をして賃金を得た場合はどうなるでしょう。もし低賃金で働き「貧困線」より少しでも上にいるなら、給付を失います。これが「貧困のわな」といわれるものです。
私たちは何十年にもわたり、世界各地でBIの実験をしたり、研究をしたりしてきました。しかし、貧しい人のみが対象なら、間違って除外されてしまうこともあります。全住民にBIを給付する方が、手続きも簡素ですっとよいのです。
BIは生活保護と比べ、より効率的でより公平、より進歩的です。経済を安定するのにも役立ちます。景気が悪くなったらBIを増やす。需要をそのまま維持できます。経済において需要が高まれば、BIの本当の価値がわかります。だれでも容易にお金を得ることができるからです。BIは経済の自立的な安定装置なのです。
■ニューノーマルとなりえるか
――BIの額などはどうやって決めたらいいでしょう。
政府がBIを始めるためには、政府からコントロールを取り上げることが重要です。そうしなければ、選挙前にはBIの額を上げ、選挙後には額を下げるでしょう。だから、選ばれた委員からなる独立した委員会によって運営されるべきです。委員たちは政治的な選挙サイクルの外で委員会を運営していくのです。そうしなければ、BIは政治化されてしまいます。首相や大統領から独立させることが重要です。
――BIは新型コロナウイルス終息後のニューノーマルになり得ると思いますか。
今回、世界中の一般の人が、私たちはみな弱い存在だと気づきました。みな病気にかかることがあり得ます。皆所得を失うこともあり得ます。私たち皆が他者と連帯することで、多くのことを感じられます。今やBIがどのような存在になるのか気がつき、学んでいるのです。私は、今の危機からBIが実現する可能性は60%あると思います。
重要な国の一つでも(それは日本かも、カナダかもしれません)BIを導入すれば、ほかの国がすぐに倣うでしょう。その日が来る可能性はあるのです。私たちは、経済をそれぞれのライフスタイルに合わせ、よりストレスのないものにしなければならないのです。だから、BIは今や、政治家、プレカリアート、学生、環境保護者らによってかなり真剣に考えられているのです。
過去にはだれもが、頭のおかしい、ばかげたことだと思っていたでしょう。今や知的な議論がなされているのです。もしBIがあれば、働かなくなるのではなく、もっと働くのです。このことに気がつくのはとても重要です。BIをもらえば、怠け者になるというのは事実ではありません。
――世界で同時に最悪の状況を経験しているため、私たちはBIの重要性に気がついたのだと。
その通りです。私よりうまく表現しています。
――改めてうかがいます。BIはニューノーマルになり得ますか。
はい。ニューノーマルになりえます。もちろん、BIだけでは全ての問題を解決できませんが、その支えになると思います。
ガイ・スタンディング 経済学者で、ベーシックインカムの国際的な推進団体「ベーシックインカム・アース・ネットワーク」(BIEN)の共同創設者。現在、ロンドン大プロフェソリアル・リサーチ・アソシエイトを務める。著書に『プレカリアート 不平等社会が生み出す危険な階級』(法律文化社)、『ベーシックインカムへの道』(プレジデント社)など。