登録者数14.5万人。タイで活動する日本人YouTuberとして真っ先に名前が挙がる。茶髪にTシャツ。「チャラ」そうに見えるが、知る人ぞ知るバンコクのローカル食堂のレポートから、タイ旅行中の注意事項まで、ディープなタイを連日発信中だ。「趣味程度」で始めたYouTubeが、今や様々な仕事の幅を広げている。
「今日は何を話しましょうかね」。バンコク中心部、屋外のカフェの席でTJさんはカメラを前にしゃべり始めた。現在、タイの食や旅、イベントを紹介する「メインチャンネル」と、ざっくばらんに身近なことを話す「サブチャンネル」の二つを配信し続けている。
メインチャンネルは週4回、サブチャンネルは週2回更新。撮影や編集は友人ら3~4人で作るチームで取り組む。手間がかかるのが編集作業。1時間ほどの撮影時間でもテロップや効果音を入れて作品にするのに7~10時間かかることもざらだという。
視聴者の大半は日本にいる「タイ好き」の人や旅行を考えている人。連動するツイッターもフォロアーが1万人に迫り、「バンコクの街で声をかけられることも出てきました」と少し恥ずかしそうにわらう。
動画では、食べ放題の人気焼き肉店を訪れたと思ったら、道端で「なぜタイの人は王様を敬うのか」と直撃インタビュー。はたまた強盗やスリ、投資詐欺に遭わないための注意といった硬派ものも。バンコクから観光地のパタヤまで約150キロを観光客がよく乗る「トゥクトゥク」で行ってみた、などというチャレンジもした。堪能なタイ語を生かして現地の人とやりとりするのも人気の一つだ。
開設から4年目のメインチャンネルは登録者17万人と、もはや「有名YouTuber」だが、はじめた当初は友人に勧められ、「やってみるか」くらいの軽いノリ。空いた時間にカメラを回して撮りためたものを流すチャンネルだった。
登録者1千人に行くのも半年かかってやっと。「もう、いいや」と一度は配信から離れた。だが、「タイに来る人に役立つ情報ってなんだろう」と考え、ガイドブックに載っていない食の魅力をリポートしたり、夜のバンコクを散策して様子を伝えたりしているうちにみるみる火がつき、登録者は一気に増加した。
カメラの前では笑いも交えながら軽妙に話すTJさん。食べ物紹介の動画で放つ、「アロイアローイ(おいしい!)」は決め言葉にもなっているが、「元々インドア派なんで、昔は今の自分の姿は想像もつかなかったですね」と言う。
日本人の父親とタイ人の母親を持つTJさん。日本生まれだが、幼い頃にバンコクに数年暮らした。その後は日本に住み続けたが、「タイに全然興味を持てなかった」という。「子どもの頃にハーフであることをからかわれたことも一因」という。
20代になって久しぶりにタイを訪れると、温かい現地の人や、おいしい食事に「タイって超いい!」と感じた。特に、母方の親戚から驚くほど歓迎されたことは今でも心に残っている。その時、理解できない言葉が飛び交う中、「タイ語を勉強してコミュニケーションをとってみたい」と決心を固めた。
そこからは、日本で留学のための資金作りで仕事に打ち込んだ。27歳で再びタイを訪れ、「タイの東大」とも言われるチュラロンコーン大学でタイ語講座に通った。始めは数カ月のつもりだったが、「とてもマスターできない」と1年間、みっちり勉強。言葉ができるにつれ、タイで過ごすことがどんどん「心地よくなってきた」とTJさん。とうとうタイに移住することを決めた。
「行き当たりばったりと言われたらその通り。その時その時で自分のやりたいことを優先させてきた」と話す。だが、YouTubeでも、「どうしたら見てもらえるか」ととことん考えているという。
例えば、メインチャンネルは週4日、食レポ、散策、インタビューなど、なるべく違うジャンルで配信する。「続けて同じものを出すと、どうしても視聴数が落ちる」というのも、試行錯誤から学んだものだ。日本のYouTuberがやっていることをタイで挑戦、というのも一つのアイデア。日本で「激辛インスタント焼きそば」がはやっていると聞けば、スパイシー料理がお得意のタイの人に同じものを食べてもらう。「場所がタイに変わるだけで動画が単なる「真似」ではなくなる」とTJさんは話す。
動画の内容を決めるのに、チームで頭をひねることも多い。そんなときは、「自分たちが当たり前になっていることでも旅行者には新鮮なんじゃないか」と考えるところから始めるという。最近では、タイの保健省が新型コロナウイルスでどんな措置をとっているのかを詳しく解説した動画も出した。
心に残っているのは、1年ほど前に配信された動画だ。視聴者からの寄付などをもとに、タイの寺院で暮らす孤児たちに食べ物やお菓子を届けた。「子どもたちの笑顔が本当に輝いていて、やってよかったと思った」とTJさん。「やっとタイに少し恩返しできたのかなと感じられました」としみじみ話す。
「YouTuberのTJ」として名前が広まり、最近はイベントに呼ばれることも増えた。タイで事業を始めたり、店舗を立ち上げるなど、やってみたいことは山ほどある。「あくまでも僕を有名にしてくれたYouTubeが中心」と言いながら、「これまでと同じように、やりたいことはどんどん挑戦したい」とどこまでも前向きだ。