11月上旬、ロサンゼルスの空港にほど近い「ユーチューブスペースLA」。原則1万人以上のチャンネル登録者を持つクリエーターだけに開かれた施設で、無料で撮影や編集、交流ができる。12年にオープンした。約4000平方メートルの建物はかつてはヘリコプターの組み立て工場だった。その歴史を示すように、本物のヘリコプターが玄関前に展示されていた。東京やロンドンなど世界に7カ所あるユーチューブスペースの中ではもっとも規模が大きく、約2000人が利用登録している。
夕刻、軽快なBGMが流れるラウンジには老若男女40人ほどが集まっていた。新たに利用を認められたクリエーターたちだ。
保護者に伴われた14歳の少女もいれば、記者(40)よりずっと年上に見えるおじさんもいる。高級ブランドのロゴがちりばめられた服を着た女性がいるかと思えば、黒いTシャツに黒いズボンの飾り気のない男性も。コメディーや料理、フィットネスにファッション……。多種多様なチャンネルの作り手がそろい、談笑している。ユーチューブというプラットフォームの大きさを表しているようだ。
この日、ユーチューバーたちは照明や音響設備が完備された大小七つの防音スタジオや、最新鋭の機器が借りられる機材倉庫を見学。スタッフから著作権のルールや施設の利用法について教わり、この施設でチャンネル登録者数を伸ばした「先輩」ユーチューバーとの座談会を経て、最後はピザを食べながら交流した。
「先輩」役で参加したカルロ・モス(34)は、バービー人形などを使ったストップモーション撮影によるコメディー動画チャンネルで97万人の登録者を持つ。5年前からこの施設で作品を撮っているといい、「最新の機材が無料で借りられて理想の動画が撮れるし、このコミュニティーでは創造的なことが日々起きている。そのエネルギーを感じながら成長できるんだ」と話した。
どのスタジオもガラス張りの箇所があり内部が丸見えだ。「オープンにすることで互いに刺激し合い、学び合える。交流から他チャンネルや広告主企業とのコラボが生まれ、視聴者を増やす有力な方法になっている」。米大陸の施設責任者アルバロ・バロス(47)は胸を張った。高度な設備を無償で提供することで「ユーチューブの動画は低品質」という世間の認識を変えていく狙いもある。
50席ほどの試写室もあった。撮影施設に試写室があるのは普通のことに思えるが、バロスに言わせると特別な空間だという。「ほとんどのクリエーターは自分の作品をこれほど大きなスクリーンで見たことがない。上映すると意識が変わるんだ。自分は単なるユーチューバーじゃない、ユーチューブの外でも通用する映像作品の作り手なんだ、と」
■YouTubeがここまでする理由
見学していると、長い廊下をスケートボードで滑る様子を撮影する青年がいた。英語とスペイン語の2チャンネルで登録者が計1000万人に達したメキシコ人ホワンパ・ズリタだ。スタジオの一つでは、彼の自宅の部屋を模したセットがフォークリフトで組み立てられていた。
歌手「ポピー」もここでチャンネル登録者を伸ばしたクリエーターの一人だ。人形のようなかれんな容姿とアンドロイドのようなたたずまいで独特の存在感を持つ。ユーチューブスペースで制作を始めた当初は1万人ほどにすぎなかったチャンネル登録者は、今では推定1500万人に上る。
同社がここまでしてユーチューバーを支えるのは、面白い動画コンテンツが増えれば増えるほど、プラットフォーマーとしての地位がさらに高まり、稼ぎ頭の広告収入が増えるからだ。
世界中から投稿される動画は1分間に500時間分、1日の動画再生は、数十億回にのぼる。グーグルが2006年に傘下に収め、同社の検索サイトに次いで世界で2番目にアクセス数の多いウェブサイトでもある。
グーグルの昨年の広告収入は約1200億ドル(約13兆円)で、世界最大の「広告企業」だ。ユーチューブ単体の収入は公表されていないが、米ニューヨーク・タイムズ紙は、少なくとも160億ドル(約1.7兆円)とみている。
世界の広告市場は、大きな転機を迎えている。英ゼニスメディア社によると、世界の広告市場でインターネットは17年にテレビを抜いた。21年には、初めて世界市場のシェアの過半数を占める見通しだ。