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ロシア人はおもてなしの達人<前編> ありのままの姿が素敵な ロシアの主婦たち

荻野恭子の 食と暮らし世界ぐるり旅。 更新日: 公開日:
自家製の乳酸発酵漬けが入った瓶を手にする女性=2010年代、ハバロフスク、荻野恭子撮影

◉ロシアの人は真のおもてなし上手

オリンピックを控えて、「おもてなし」という言葉も話題になりましたが、私が、真のおもてなし上手だと感じているのはロシアの女性たち。80年代より40年間近くロシアに通い続け、「ありのままの姿でもてなす」という、飾らない精神を教えてもらった気がしています。

今まで、たくさんのロシアの家庭に滞在して、家庭料理を研究してきました。90年代から2010年初頭にかけては毎年数回で、以降は年に一度ほど。滞在期間はだいたい1週間から1ヶ月程度で、モスクワやサンクト=ペテルブルクの都市ほか、様々な地域でお世話になりました。外国人である私が、家の中にずっと滞在しているわけですから、普通は気になって落ち着かなくなると思いませんか? 今の日本では、玄関から奥に他人を招き入れられないという人も増えていますし、ましてや、ごはんをお出しするなんてとても無理といった、来客に不慣れなご家庭も多いですよね。でも、ロシアの主婦は皆さんおおらかな方ばかりでしたね。誰が来てもいつもと変わらず、普段の自分の生活を、当たり前に続ける姿に、大いなるカルチャーショックを受けました。とにかく私自身、どこのお宅に伺っても、不思議とリラックスできたのです。

◉ありのままの姿で迎える感覚

ロシアではソビエト時代から女性はみな働いていましたので、専業で主婦業をしている人はとても少ないのです。毎日働いて、それでも、いつでも人を自宅に呼ぶことに慣れているように思えました。お客さまが見えた時に、例えば、子供がその辺に寝転がっていたりしたとしても気にしませんし、普段の自分をあまり隠さない方が多かったですね。

急に訪ねて行っても、「お腹は空いてない?喉は乾いていませんか?」と、気にかけてくれ、すべての部屋を案内してくださる方も多かったです。大方、室内には余計なものがないのでさっぱりとしていて気持ちが良く、都市のアパートなどは実にこぢんまりとしていて、2DKもしくは3DK程度、40〜60平米が中心で、日本より狭いくらいでした。私が訪ねたのは、旧ソ連の頃に建てられた古いものが多く、ほとんどリフォームして使われていました。

もちろん、皆がこのようにありのままを見せる方ばかりではないと思いますが、気軽に日常の中で他人をもてなす習慣が芽生えていったのは、ペレストロイカより以前、旧ソ連の頃からではないでしょうか? 今は、レストランもたくさんありますので、お金さえ払えば外食も普通にできますが、当時は一般人は、レストランとは無縁でした。そこで、それぞれが、家に呼んでもてなすようになったそうです。ロシアの冬は長く厳しいですし、家でおもてなしをするというライフスタイルは、普通のことになっていきました。ですから、本当に狭いところであっても気にしません。ごく普通に、家によんだりよばれたりするのです。

さっぱりとしたインテリア。保存食を上手に生かしたティータイムのテーブル=2013年、荻野恭子撮影

◉とにかく、すぐに料理が出てくることに驚く

驚くのが、10分もしないうちに次々と料理が出てきたことです。基本はみんなで取り分ける、大皿料理で、ささっとかわいいクロスやカトラリー類がセットされていて、食器も普段使っているものをさりげなく組み合わせていました。特に気張ることはありません。以前、モスクワのガーリャさんに、復活祭用の「クリーチ」というケーキを教えていただいたことがあるのですが、仕上がったケーキをお皿に盛り付けたところ、色がどうかして美味しそうに見えなかったのです。それを見たガーリャさんは、白い紙を折ってカットし、即席でレースペーパーを作りました。これには本当に感動しましたね。こんな風に臨機応変で、生活の知恵にあふれた優しい心遣いがあるんです。

ささっとおもてなし。キッチンも作業しやすく綺麗に片付いている=2010年代、荻野恭子提供

そうそう、中央アジアのように、スープや料理、ナン、果物、ナッツ、ドライフルーツ、お茶にお菓子をテーブルいっぱいにお出しするようなおもてなしの習慣を持つ地域もありました。かつてのフランス式サービスのようで、これも賑やかで楽しかったですね。

今、フランス式サービスの話題が出ましたのでついでにこんなお話をしましょうか。

現在のフランス料理のサービスのスタイルというものは、実は帝政ロシア時代に生まれたものなのです。この時代、ロシア皇帝は、フランスより料理人を呼び寄せて食事を作らせていました。当時のフランスでは、前菜からデザートまで、全て大皿に盛ってテーブルの上いっぱいに置き、手で食べていたのですが、それを、ロシアの貴族が銘々皿に盛って食べやすくしたのです。加えて、温かい料理は温かいうちに出すよう、手順を決めました。これが、「ロシア式サービス」と呼ばれる、現在のフランス料理のコースのルーツです。

でもこれは、位の高い人々の話。どこの国でも、家庭料理のおもてなしは、大皿盛りで取り分けていただくスタイルが基本ですね。

このくらいの料理がパパッと食卓に並びます。よく見ると切っただけ、混ぜただけ。お手軽料理ですが素敵。ロシアの忙しい主婦は手際が良い=1990年代後半、モスクワ近郊のダーチャ、荻野恭子

◉おもてなしのベースが決まっている。そこがいい

ロシアの家庭のおもてなしは、出される料理の構成がおおよそ決まっていて、保存食を上手に活用して手際よく作ります。まず前菜(ザクースカ)には、冷たいものと温かいものとがあります。生野菜があれば、切ってハーブにマヨネーズ、または塩とオイルとビネガーでサラダに。ハムやソーセージ、チーズなどは買ってきてスライス。ピクルスは自家製です。黒パンを切って、あとはニシンの酢漬けをのせたり、そこに自家製の野菜の漬物を添えます。昼間はスープを飲みますが、夜は飲みません。メインは温かい料理です。肉の場合はシンプルに塩をふって焼いたり、ピカタにすることが多く、鮭などの魚はムニエルなどに。手の込んだ料理はたまにしか登場しませんが、ビーフストロガノフやロールキャベツなどはご馳走にあたります。

ワインはかつて、グルジアの白のツナンダーリ、赤のムクザーニが有名で、乾杯に欠かせないものといえば、シャンパンスカヤというスパークリングワインでした。ビールも、サンクトペテルブルクに大きな工場があってポピュラー。あとはウォッカですね。お酒の他には「カンポート(ロシア風コンポート)」の煮汁をジュースにする飲み物があり、果実もデザートに頂いていました。

基本的には、どこに行っても大きくは変わりませんが、行事食や、出身地の郷土料理が加わることで、その家ごとの個性になります。お父さんが中央アジア、お母さんがウクライナ出身なら、モスクワ育ちの子も地方のものを食べていますし、それは日本と同じです。

餃子1つ取っても、ペリメニ(ロシア風餃子)はロシアのもの、ヴァレーニキ(精進餃子)はウクライナのもの、チュチュバラという中央アジアのワンタンもありますし、グルジアにはヒンカリという餃子があります。一括りにはできないところが、ロシア料理の面白いところですね。

ベリーとキャベツの漬物を使ったサラダ=荻野恭子提供

◉材料があるだけ作ってお土産にする

料理は素材に塩、水のシンプルな味付けで、道具も必要最小限のコンパクトなもので作れるものです。レシピがあってないようなものなので、材料があるだけ作ってしまいます。日本のように1人前や2人前のレシピではないのです(笑)。ですから、料理が残ればお土産として持たせてくれたりします。それは、ホテルに宿泊中のわたしにも(笑)。そして、それでも残っている場合は、次の日にリメイク料理にしたりしています。

簡素な暮らしであっても、人にお土産を持って帰ってもらいたいという、おおらかで優しいロシア人の性格は、気持ちにゆとりがあり、こちらまで豊かな心にさせてくれるんです。そういう部分が本当に好きなんです。素敵でしょう?

→次回は、3月20日に更新予定です。