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ロシア版の新幹線計画がまさかの大迷走

迷宮ロシアをさまよう
カザン市の現在の鉄道駅。高速鉄道が出来れば、駅舎も超モダンなものが建設されることになっているのだが、果たして?(撮影:服部倫卓)

ワールドカップはもう終わったのに

ロシアでは10年ほど前に、首都モスクワからカザン市まで高速鉄道を建設するという構想が浮上しました。この連載でも以前、「イスラムとロシア正教が共存するロシア第3の首都カザン」というコラムをお届けしたことがありましたが、モスクワからその重要都市カザンに向けて高速鉄道を敷設しようとしたわけです。これはロシアにとって初の高速鉄道プロジェクトであり、いわばロシア版の新幹線整備計画の第一歩でした。

モスクワ~カザン間は、直線距離で721km。東京~広島間が直線距離で679kmだそうですので、だいたいそれと同じくらいの感覚でしょう。問題は、ロシアは陸路でのヨコの移動が大変に不便な国だということです。首都モスクワと、「第3の首都」カザンとの間を、在来線の鉄道で移動しようとすると、14時間以上かかります。むろん、カザンのような大都市はモスクワと空路で結ばれているので、飛行機を使えば移動に問題はありません。しかし、ロシアは2018年にサッカー・ワールドカップ(W杯)を控えていたこともあり、モスクワと地方、そして地方と地方を結ぶ陸路を発達させることが課題でした。

モスクワ~カザン高速鉄道が、当初2018年開業を目指すとされていたのも、W杯をにらんだものでした。1964年の東京オリンピックに間に合わせるように東海道新幹線を開通させた日本と相通じる狙いがあったわけです。後掲の図において赤の実線で示したとおり、高速鉄道はモスクワ、ウラジーミル、ニジニノブゴロド、カザンという大都市を結び、このうちモスクワ、ニジニノブゴロド、カザンがW杯開催都市でした。そして、将来的には、ウラル地方の中心都市であるエカテリンブルグまで延伸するという想定だったのです。

ところが、モスクワ~カザン高速鉄道プロジェクトは、当初目標にしていたW杯も過ぎ去ったというのに、いまだ着工にも至っていません。中国の協力を取り付け、設計作業は2018年までに完了したものの、建設工事は始まらず、2019年4月にこの事業はいったん白紙に戻ってしまいました。そうした中、別ルートのモスクワ~サンクトペテルブルグ高速鉄道(青で示したルート)を優先する動きも出てきたのです。

ロシア版の新幹線計画をめぐって、何が起きているのでしょうか?

中国の協力を得て推進

ロシアでは、2014年以降のウクライナ危機を受け、経済に変調が生じ、また国際的な孤立も深まりました。モスクワ~カザン高速鉄道は、当時のロシアで最大規模の投資額を見込んでいたプロジェクトであり、その実現も危ぶまれる事態となりました。

そこに登場したのが、一帯一路政策をぶち上げたばかりの中国でした。2014年10月に中国の李克強首相がロシアを訪問した際、露中両国はモスクワ~北京間の高速鉄道整備のプロジェクトを検討する旨のメモランダムに署名。モスクワ~カザン区間は、北京まで伸びる国際的な高速鉄道「ユーラシア」の最初の区画になると位置付けられました。モスクワからカザフスタン領を通過して北京に至る総延長は7,000kmですが、高速鉄道の建設により、モスクワ・北京間が陸路で2日間で移動できるようになるとされたのです。

2015年4月にモスクワ~カザン高速鉄道の設計業者を決める入札が実施され、ロシア・中国のコンソーシアムが落札しました。そして、2015年5月8日、中国の習近平国家主席が戦勝記念日式典出席のためにモスクワを訪問したのに合わせ、両国元首列席の下、モスクワ~カザン高速鉄道建設に関するメモランダムが露中間で調印されました。インフラ建設および車両購入を合わせたプロジェクトの費用総額は1兆685億ルーブルと見積もられ、中国側は融資という形で2,500億ルーブル、事業会社への出資という形で520億ルーブル、資金を提供するとされました(注:直近の為替レートは1円=0.588ルーブル)。2017年7月には、高速鉄道用の車両をロシアで現地生産する露中合弁企業も設立されます。

もともとは自力でやりたかったロシアでしたが、結局は単に中国が自国の新幹線を輸出するだけのプロジェクトに変質してしまった感もありました。いずれにせよ、かくしてモスクワ~カザン高速鉄道は、中国の協力を得て実現に向け動き出しました。本プロジェクトは中国によって一帯一路の一環と位置付けられました。その後、高速鉄道「ユーラシア」の計画は、モスクワと北京を結ぶだけでなく、モスクワから西へも延び、ベラルーシ~ポーランドを経由してドイツ・ベルリンで欧州の既存の高速鉄道網に接続するという、より壮大な計画に発展していったのです。

中国の態度硬化

ところが、その後モスクワ~カザン高速鉄道は、難航することになります。設計作業は、ロシア・中国のコンソーシアムによって、2018年までに完了しました。しかし、中国側は資金提供に関する態度をにわかに硬化させます。試算の結果、中国から欧州に至る大陸間高速鉄道「ユーラシア」は、市場条件では投資家が投資を回収できず、沿線国のソブリン・ウエルス・ファンドによる資金提供が必須だというのが、中国側の下した評価でした。要するに、ロシア政府も応分のカネを出せという話です。

振り返ってみれば、2013年に習近平が一帯一路政策を表明してから、しばらくの間、中国国内はそのブームに沸きました。しかし、2015年夏に株価の暴落が生じて以降、中国当局は一帯一路に関係するものも含め、金融機関の管理を厳格化していったようです。ロシア側のある専門家は、「中国は、モスクワ~カザン高速鉄道について、ロシア側が受け入れがたいような厳しい条件を主張し、プロジェクトにブレーキをかけた」と批判しています。

現在のニジニノブゴロド駅の構内の様子(撮影:服部倫卓)

深まる混迷

ロシア政府は2018年9月に「2024年までの基幹インフラ近代化・拡張総合計画」を採択し、その中にモスクワ~カザン高速鉄道の建設も改めて盛り込まれました。しかし、差し当たり整備の対象になったのは、モスクワ~ニジニノブゴロド間だけ。しかも、時速400km走行用の特別専用レールが敷かれる対象になったのは、その中でも一部の区画に限られ(モスクワ州ジェレズノダロージヌィからウラジーミル州ゴロホベツまで)、ゴロホベツからニジニノブゴロドまでは既存のインフラを使い速度を時速200kmに制限して走行することになりました。

㈱ロシア鉄道で高速鉄道の推進役となってきたのは、ミシャーリン第一副社長でした。ミシャーリン氏によると、連邦予算による拠出額に最初から上限が設定されていたため、全線の高速列車専用レールの敷設は断念せざるをえなかったということです。中国マネーの獲得に失敗し、ロシアだけの財源で建設することになった皺寄せでしょう。

ところが、今さらながらロシア国内で、モスクワ~カザン高速鉄道建設の合理性そのものに疑問を呈す議論が台頭してくるのです。まず2018年の初め頃に、同路線の利用客の見通しがずさんだという批判が上がりました。また、緊縮派として知られるシルアノフ第一副首相・蔵相も2018年12月に、経済合理性の観点からモスクワ~カザン高速鉄道プロジェクトを否定的に評価しました。

さらに、2019年春頃になると、カザン路線よりもモスクワ~サンクトペテルブルグ高速鉄道の方が有望だという議論が高まり始めました。4月にベグロフ・サンクトペテルブルグ市長代行とベロジョーロフ・ロシア鉄道社長がプーチン大統領に、モスクワ~サンクトペテルブルグ高速鉄道の設計作業を開始することを認めるよう陳情し、プーチン大統領はこれを了承しました。この時点で、政権はサンクトペテルブルグ路線を選択し、カザン路線については白紙になったというのが、一般的な受け止め方でした。過去10年ほど、モスクワ~カザン高速鉄道を建設する前提で準備してきたのに、あっと驚くどんでん返しです。

しかし、実はプーチン政権が最終的にサンクトペテルブルグ路線を選択しカザン路線を放棄したというわけではありませんでした。2019年6月に経済問題担当のベロウソフ大統領補佐官が述べたところによれば、政権は年末までにいずれかの路線を選択するとのことです。ベロウソフによると、カザン路線は良く練り上げられた計画だが、乗客数から見て経済効率が疑わしく、逆にペテルブルグ路線は経済効率は確かだが、まだ準備作業が整っていない由。そうかと思うと、2019年10月に、オレーシキン経済発展相が、「サンクトペテルブルグ~モスクワ~ニジニノブゴロド高速鉄道を建設することが理に適っている」と発言するなど、議論の収拾がつきません。

かくして、現時点でロシアの高速鉄道計画は、①サンクトペテルブルグ~モスクワ~ニジニノブゴロドがひと続きの路線として建設される、②サンクトペテルブルグ路線とカザン(当面はニジニノブゴロドまで)路線がそれぞれ別個の路線として両方建設される、③サンクトペテルブルグ路線だけが建設される、④カザン(当面はニジニノブゴロドまで)路線だけが建設される、⑤どちらも建設されない、といった様々な可能性があり、どう決着がつくのか、予断を許しません。あるいは、⑥このままずっと議論が紛糾し続ける、という可能性すらあるかもしれません。

高速鉄道プロジェクトの迷走から読み取れるもの

プーチン政権のロシアは、ビッグプロジェクトをやると言ったらやる国です。今回見た高速鉄道のように、これだけ方針がブレ続け、いまだに最終決断にも至っていないという例は、レアケースではないでしょうか。筆者は今回の事例から、以下のような3つの点が読み取れると思います。

第1に、欧米との対立が長引き、ロシア経済・財政が厳しさを増しているという現実です。プーチン政権は、国家主導で大規模なインフラプロジェクトを推進していく立場ではあるのですけど、財源が限られる中で、プロジェクトを選別していかざるをえないのでしょう。その際に、プーチン政権が優先するのは地政学的な意義の大きい事業、エネルギー大国としての威信を示すような事業であり、国内の旅客輸送などは後回しにされがちなのだと思います。

第2に、中国が千手観音のようにロシア・ユーラシア諸国のプロジェクトに軒並みお金を出してくれるという期待は、幻想でした。もちろん、露中間では結実しているプロジェクトもあり、先日稼働を開始した天然ガスパイプライン「シベリアの力」はその最たるものです。しかし、一帯一路の枠内で検討されていた輸送インフラプロジェクトは、成功例があまり見当たりません。

第3に、高速鉄道建設の可否、ルート選定といったことにも、やはりプーチン体制のエリート内の力学が反映するのではないかということです。㈱ロシア鉄道には、かつてヤクーニンという名物社長がいましたが、あまりにも政府に大胆な要求をするため、2015年にその座を追われました。後任社長に据えられたベロジョーロフは、政府のイエスマンです。高速鉄道事業に関しては、前出のミシャーリン第一副社長が担当していたものの、同氏は2019年5月にその担当を外され、近く退社する予定と伝えられます。プーチン大統領とのより太いパイプを持つ実力者が高速鉄道計画を推進していたら、また違った展開もあったかもしれません。