ルノー=日産アライアンスのロシアビジネス
11月19日に日産自動車のカルロス・ゴーン会長が逮捕されるという衝撃の出来事がありました。ルノー=日産=三菱アライアンスの今後のあり方は、ロシア経済、そして日ロ経済関係にもじわりと影響することになるはずですので、この問題を取り上げてみたいと思います。
2000年代にロシアで外国車の販売ブームが起きると、外資系メーカーは相次いでロシアでの現地生産に踏み切りました。ルノーはモスクワ市の工場で2005年から本格的な生産に着手し、日産はサンクトペテルブルグに完成した自社工場で2009年から生産を開始しました。日産のペテルブルグ工場は、アライアンスとしての戦略というよりも、日産独自の決定という色彩が濃かったように思います。
その一方でルノーは、「ラーダ」ブランドで知られるロシア地場自動車メーカーのAvtoVAZ(アフトワズ)に触手を伸ばしました。衰退の続くロシアの地場自動車産業にあって、AvtoVAZは最後の砦とも言うべき存在でした。そのAvtoVAZの株式の25%を、ルノーは2008年に購入したのです。
さらに、2012年には、ここに日産も加わって、ルノー=日産アライアンスがAvtoVAZを事実上買収することになりました。AvtoVAZの株の74.5%を保有するAlliance Rostec Autoという合弁企業が設立され、アライアンス側がその67.1%を引き受けて(うち日産が17.0%)、残りの32.9%をロシア側のロステク社が保持するというものでした(取引が完了したのはしばらく後であり、また出資比率はその後微妙に変わった)。
かくして、ルノー=日産アライアンスは、ロシアではルノー=日産=AvtoVAZアライアンスになりました。AvtoVAZは品質や商品ラインナップでは見劣りするメーカーであり、何ゆえにルノー=日産側はその買収に踏み切ったのでしょうか? ずばり言えば、AvtoVAZがロシア市場で握っているシェアが魅力だったからでしょう。斜陽化しているとはいえ、低価格を武器に、AvtoVAZはいまだにロシア市場でトップの販売台数を誇っています。
AvtoVAZを加えたことで(2016年には三菱自動車も加わった)、下の図に見るとおり、アライアンスは現在、ロシア市場で3分の1強のシェアを確保しています。少なくとも規模の面では、AvtoVAZ買収の効果は絶大だったことが分かります。ルノーの新興国戦略は、プラットフォームを共通化した低価格車を大量生産・大量販売することにあると考えられ、「規模」という魅力を持つAvtoVAZの買収はその戦略に適ったものだったのでしょう。
ロシア最大の企業城下町に乗り込む
ルノー=日産アライアンスのパートナーになったロステク社というのは、ロシアの国営機械メーカー・軍需企業を束ねる国策会社です。そのロステクと手を組むというのは、ロシアの産業政策に全面的にコミットすることを意味します。ちなみに、ロステクのチェメゾフ社長はプーチン氏の旧友として知られています。
さらに言えば、2008年のリーマンショックでダメージを受けたロシアでは、一連の企業城下町において経済・社会情勢が不安定化し、不穏な空気が漂っていました。実は、AvtoVAZの工場のあるサマラ州トリヤッチ市は、ロシア最大の企業城下町であり、トリヤッチ救済はロシアにとって喫緊の課題になっていました。その企業の経営を引き受けるということは、外国企業による単なる現地生産プロジェクトを超えた、遠大なミッションです。
このような思い切った投資は、やはりカルロス・ゴーン氏という大胆不敵な経営者が主導したからこそ、実現したと言えます。ゴーン氏は2013年から2016年にかけてAvtoVAZの会長も兼務しました。ゴーン氏は、ここロシアの地でも得意のコストカットを断行し、「ゴーンはあのAvtoVAZすらも変えた」と言われたものです。
日産も、ルノーの戦略に合わせて、新たな形態の現地生産に踏み切りました。上述のように、日産にはサンクトペテルブルグの自社工場があるのですが、新型セダンのアルメーラをAvtoVAZで生産することになったのです。新アルメーラは、ルノー=日産アライアンス共通のB0プラットフォームを採用しつつ、ロシアの道路および気候条件を考慮して特別に開発されたモデルとされていました。2012年のモスクワ・モーターショーにおいて、鳴り物入りで発表されました。
AvtoVAZでのアルメーラ生産立ち上げに向けて、最盛期には数百人の日本人技術者がトリヤッチに乗り込んで作業に当たったと聞いています。その努力が実り、2012年12月にアルメーラの生産開始にこぎ着けた時の様子は、報道で目にして、個人的に強く印象に残っています。万歳三唱を唱える日本人技術者たちの表情は、達成感と安堵感に溢れていました。すでにサンクトペテルブルグで自社工場を建設した実績のある日産でしたが、ロシア地場自動車産業の牙城たるトリヤッチに乗り込んでの生産立ち上げには、また違った苦労があったのでしょう。
すでに始まっている退却戦
しかし、「ロシアにおける国民車」の座を狙っているとも言われたアルメーラですが、結論から言うとロシア市場に充分に浸透するには至りませんでした。ライバルの韓国車に比べ、コストパフォーマンスで劣るという評価を市場から下されてしまったようで、販売不振が続きました。日産はこの10月17日、ついにAvtoVAZでのアルメーラの生産を打ち切りました。
ちなみに、ルノー=日産アライアンスの新興国戦略の一環として、かつて存在した日産のブランド「ダットサン」が2013年に復活し、ロシアでもAvtoVAZでダットサン・ブランドの廉価車が生産されています。ただ、AvtoVAZの独自ブランドであるラーダとの棲み分けが上手く行っておらず、こちらの方も先行きが不透明になっています。
また、上述のとおり、日産はルノーとともに、AvtoVAZを保有するAlliance Rostec Autoに出資していましたけれど、2017年9月に日産はこの時点での持ち株9.15%をルノーに売却し、日産とAvtoVAZの直接的な資本関係はなくなりました。
おそらく、日産は今後、AvtoVAZ等のロシア地場工場での生産からはフェードアウトし、サンクトペテルブルグの自社工場をより一層重視するようになるのではないでしょうか。ペテルブルグ工場で生産されているのは、アルメーラのような大衆車ではなく、利幅の大きいSUVです。
このように、日産がルノーのロシア戦略とは距離を置き、独自色を強める傾向は、ここ1年ほど目立ってきたのですけれど、今回のゴーン氏の逮捕で、それがより一層進むかもしれません。ただ、日産という会社の利益にとっては、悪いことではないような気がします。ここ数年のロシアでは、日産と言えば低価格車というイメージが定着し、ブランド価値が下がってしまったきらいもあるからです。今後はSUVを軸に、そのあたりを立て直していくことになるでしょう(むろん、ロシアのSUV販売市場もまた厳しく、それとて茨の道ですが)。
良しくも悪しくも、ゴーン氏の進めたロシアビジネスは、日系企業のやり方とはかなり違うものでした。日産にしても、ゴーン氏に強く背中を押されなければ、AvtoVAZに乗り込んで、そこで戦略的製品を生産するようなことは、決してなかったでしょう。ゴーン氏の剛腕により、期せずして、最も本格的な日ロ産業協力プロジェクトが誕生しました。しかし、その製品は思うようにロシア市場に受け入れられずに生産が打ち切られ、その矢先に起きたのが今回のゴーン氏逮捕事件だったのです。