――「ジェンダーレンズ(Gender Lens)投資」とは何でしょうか。
環境や社会問題に配慮する「ESG投資」の一種で、たとえば女性が働きやすい企業への投資などがあります。金銭的リターンと、男女平等の推進の両得をめざします。資本市場を使って社会を良くできるのです。
─―投資を行うための基盤整備にも取り組まれているそうですね。
私は科学者出身ということもあり、投資も根拠に基づいて行い、システム変革をめざそうと、ペンシルベニア大学で研究や調査を行いました。ここのセンター・フォー・ハイ・インパクト・フィランソロピーで「女性の人生における重要な要素」を研究してもらい、教育と健康、経済力、安全、法的権利の五つだと整理されました。
さらに女性が働きやすい企業に必要な要素とは何かをペンシルベニア大学ウォートン校で調べてもらいました。その結果、四つの条件がわかりました。「社内のすべての層で女性が多数活躍している」や「給与の男女差がない」「男女ともに従業員の健康増進を図っている」「良好な職場環境を提供している」です。これらを満たしているかどうかで、女性が働きやすい企業を見極めることができます。
─―全米の大企業を対象に、女性活躍度のランキングをつくったそうですね。
オランダに拠点を置くNPOのエクイリープに依頼して、時価総額が大きい全米の企業を対象に、トップ100のランク付けをしました。採用を含め現場から経営層までの男女のバランスに加え、給与は男女平等か、男性にも育児休暇があるか、サプライチェーン(原材料や部品の供給網)で多様性に配慮しているか、働き方は柔軟か、などの基準をもとに点数をつけたところ、1位はゼネラル・モーターズ(GM)、2位はバンク・オブ・アメリカ、3位はジョンソン・エンド・ジョンソンでした。
GMは工場が多く、男性が中心のイメージですが、女性も数多く現場で働いています。また最高経営責任者と最高財務責任者がともに女性で、非常に珍しいといえます。
資産運用と女性活躍の視点から、エクイリープのデータを利用して、投資信託を大手の資産運用会社と組む準備をしています。
─―元々産婦人科医だったそうですね。
20年以上、産婦人科医として臨床や研究をしてきました。常々感じてきたのが、女性の健康管理、とりわけ避妊分野においては技術革新が1960年代からあまり盛んではないということです。がんや神経疾患などとは異なり、政府や医薬業界から十分な資金が流れていないのが大きな理由です。「婦人科」の分野にイノベーションをおこすため、健全でしっかりした市場をつくりたい、そう思って財団を設立しました。
女性が、妊娠や出産といった自身の身体にまつわることを自分の意思で決められるリプロダクティブライツが女性の健康管理の根本であり、ひいては経済や社会の基盤だと思っています。
─―なぜですか。
女性は消費活動の中心であり、その心身が安定していれば、経済力も高まり、家族や地域社会も健全に運営されるでしょう。女性の健康維持は、女性特有の障壁を解決することですから、男女平等のための基本でもあります。
財団の資金を使う際には、女性と少女の健康と幸せに役立つという観点から行っています。その鍵となるのが「ジェンダーレンズ投資」です。
─―日本でも、年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)が、資金の一部を女性活躍の視点を入れて運用しています。ジェンダーレンズ投資で金銭的リターンは得られますか。
金銭的リターンを犠牲にしていいとは思いません。私たちは財団の資産もジェンダーレンズ投資で運用しています。リプロダクティブライツの推進に役立つ事業をしている企業や、比較的安価に入手できて安全なピルを開発しているスタートアップ企業の株などを保有しています。平均して年8?9%の利回りがあり、市場環境が概して良いという追い風が吹いているとはいえ、非常に満足しています。
─―なぜジェンダーに配慮すると金銭的にも利益を生み出せるのでしょうか。
女性の視点や能力を無視するのであれば、みすみす人口の半分の可能性を捨てていることになります。それに、企業の意思決定で女性の視点がなければ、消費の中心である女性の動向もうまく取り入れられないでしょう。
─―日本では政治分野を中心に女性進出は進んでいません。リプロダクティブライツも重要ですが、トランプ米大統領は、人工妊娠中絶に基本的に反対しており、日本でもなかなか政策の表舞台に浮上しません。いま、この問題を扱うのは得策なのでしょうか。
確かに、政治のバリアーは非常に強固です。私たちも、いまは政策提言や推進より経済活動により焦点をあてて動いています。
一方で希望もあります。1990年代後半から2000年代半ばまでに生まれた「ジェネレーションZ」や、その少し上のミレニアル世代は、私たちの世代と全く感覚が違います。女性は男性と同じように何でもできて何にでもなれると感じていて、男性も何の抵抗もなく保育や介護などを担います。ですから、いまこそジェンダーレンズ投資をするのに機が熟したといえるのではないでしょうか。
ルース・シェーバー Ruth Shaber
米国タラヘルス財団創業者・代表
1961年生まれ。産婦人科医として臨床や研究生活の後、2014年、米サンフランシスコを拠点に財団を立ち上げる。「タラ」はインドに伝わる女神。