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全米のあこがれポートランド 「きれいごと」に本気で取り組む人がいる

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オレゴン州ポートランドが気になりだしたのは数年前だ。「全米住みやすい街」ランキングの常連だと紹介されて、東京・青山あたりで「ポートランドレストラン」も目にした。
緑もカフェも多くてオーガニック、市民の活動も盛んらしい。長く東京・永田町で政治を見てきた私には、この遠い街に、政治の現場があるように思えた。
ぎすぎすした世界から少しだけ離れてみたら、何が見えるのだろう。
ポートランドに行ってみた。(秋山訓子=写真も、文中敬称略)

木々の緑がこんもり茂り、足元には市の花である色とりどりのバラ。路面電車が行き交う。歩道にパラソルを置いたレストランでは、夕方5時ごろから人々がワインやビールを手にくつろいでいる。

倉庫街を再生した地域には、れんがづくりの建物が残る。市の中心を南北に走る川沿いには高速道路があったが、大気汚染を止めようと住民運動が起こり、1972年に撤去が決まった。今は公園で、人々が散歩やジョギングを楽しむ。

ダウンタウンには至るところにカフェが。コンクリート打ちっぱなしの無機質な店、木のカウンターがほっこりする店……。温めたミルクを加えたエスプレッソを注文すると、お約束なのかラテアートで出てきた。別の店では、コーヒー豆の焙煎の具合を聞かれた。もちろんフェアトレードで、有機栽培だ。

古くからの街、その名もオールドタウンには、色あせて時を感じさせるバーやストリップ劇場がそこかしこにある。住宅街にも古着屋さんや古本屋さんがひょっこり顔を出す。

スーパーに入れば「ローカル」(地元産品)の表示に、スタッフが「ローカル」と書かれたTシャツを着ている。このあたりはブルワリーとワイナリーが有名で、地ビールや地元ワインが並ぶ。

少し前の市長は、巨大スーパーチェーンのウォルマートがポートランドに出店しようとした時、地元の店に影響があるとして一度は拒否したのだという。その後結局、ウォルマートはやって来たけれど……。

ポートランドがあるオレゴン州には消費税がない。それなのに、バブル末期世代の私の物欲は刺激されない。満ち足りてしまう感じなのだ。

でも、週末に訪れたファーマーズマーケットでは、一転して眠っていたお買い物魂が爆発!

イチゴにラズベリー、ケール、ニンジン……カラフルでみずみずしい野菜や果物が山積み、しかも安い。地元産のルバーブやナシで造ったリキュール、ピーナツバターならぬヒマワリの種やカシューナッツのバター。もちろんすべてオーガニック。我を忘れて買いこんだ。

■議論沸騰、地域の集会

ここは市民の活動が盛んな街だと聞いた。街を歩くと、貸しスペースの広告に「NON PROFIT」とあるのを見かけた。

特徴的なのが「Neighborhood Association(ネイバーフッド・アソシエーション)」だ。自治会・町内会に似ていて、政策をめぐって市当局と住民の仲立ちをする。市の支援もある。

1970年代には全米で盛んだったが、その後は活動が衰えた。でも、ここは違うという。市のウェブサイトを見ると、90を超えるネイバーフッド・アソシエーションの分布や、いつ、どこで会議を開くかも見ることができた。

私も会合に足を運んでみた。ダウンタウンの古くからある市街地。中華街があり、ホームレスも多い地域だ。

水曜日の午後6時。大学の一室での会議だ。こわごわのぞくと、どうぞどうぞと招き入れられた。日本から来た記者なんだけど……と言ったが、問題なし。

出席者は十数人。年配者が多い中、30代に見える男性に声をかけてみた。きょうは何で参加を?

「この地域に勤めていて、会合があるって聞いたから」。ダニエル・マンデル、37歳だった。不動産会社勤務で、この日が2回目だという。「常連」だけの集まりではなさそうだ。

写真は、エジプト出身のオーナーが経営するカフェで見かけた。人魚がロゴのスターバックスではありません、ということらしい。

最初の議題は、ポートランドに新たな路面電車を走らせる活動について。ゲストで来ている人が、路面電車のほうが車より環境にも優しく高齢者にも便利だ、などと説明した。次いで新たに作る観光地図について、どんな情報を盛り込むのか、担当者から議論の紹介があった。

初めて参加するというホームレスのための活動をしている黒人女性がいて、熱く語りだした。気がつくと白人の女性と議論の応酬に。興奮した黒人女性が「かつてポートランドには再開発で黒人を追い出した地域が……」と言い出し、白人女性が「私は差別なんてしない」。やや緊張する場面もみられたが、会議後には2人は仲良く語り合っていた。

この日は定例会合だったが、別に小委員会があって、細かい議論はそこでするのだという。メーリングリストに登録したら、すぐ「安全と住みやすさ委員会」や「土地利用委員会」「歴史と文化委員会」から会合の案内が来た。

■対話をあきらめない

なぜこうした活動が盛んなのか。会う人ごとに聞いてみた。

一つには街のサイズがほどよいこと。人口約65万。岡山市が約72万、千葉県船橋市が約64万だ。息苦しくなるほど小さくもなく、隣に住むのが誰だかわからないほど大きくもない。適度にゆるく知っている、という人が多くて、ネットワークを作りやすい。

それから緑や自然が豊富なこと。車で1時間もしないところでハイキングやトレッキングを楽しめる。この環境を守るために活動しなくては、となる。

面白いのは市の行政システムで、全米唯一の「コミッショナー」という制度だ。5人のコミッショナーが選挙で選ばれ、1人が市長を兼ねる。各コミッショナーは交通や環境、予算や警察、公園など行政部局の担当が決まっており、その長を兼任する。日本の議院内閣制に近いイメージだ。

この制度について、ポートランド州立大学教授の西芝雅美は「市長への権限集中を防ぐ仕組みだ」と解説する。「市民が政治を身近に感じられて、政治の責任もわかりやすい」

市議会では、市長を含むコミッショナーに対し、市民が質問できる。要望に合わせて夜間に行われることもある。市の条例で、政策を作る際には必ず住民の声を取り入れることが定められている。

みなさん議論好きですね、と政策課題について市民で考える活動をしているNPO「ヘルシー・デモクラシー」のロビン・ティーター(59)に尋ねると、「そういえば、そうですね」と返ってきた。「日頃から政治や地域の政策のことについてよく話すし、話すのをやめないですね」

コミッショナー制度も、存続をめぐってこれまで8回、住民投票にかけられたという。8回も!

最近も、あるNPOが見直しの提言を出した。議論することに、徹底的にこだわるのだ。

この街は対話をあきらめない。国際交流を行うNPO「ワールド・オレゴン」では、さまざまな識者を呼び講演会を行っているが、この5月にあった「過激主義に勝つ」をテーマにしたイベントでのこと。イベントに反対する人たちが会場の外で声を上げていた。代表のデリック・オルセンは外に出て声をかけた。「チケットを買って中に入り、質問しませんか」。反対者は従ったという。「対話の機会は大事だから。ポートランドではよくあるというか、気質みたいなもの」

ハートを失う?

ポートランドでは人々はいい意味で「こだわり」を持ち、「きれいごと」をばかにしないように見える。

コーヒー豆の焙煎法や輸入元にこだわるように、何についてもああだこうだと議論する。手間も時間もかかるけれど、それこそが民主主義かもしれない、と思えてきた。「きれいごと」にみえて、気恥ずかしくなってしまう時もあるけれど、ここの人々は真剣で本気だ。

なぜ、この街はそうなのか。

アーティストの立場で話してくれたのが、「過去50年で最も影響力のあるアートディレクター」の10人に選ばれたこともあるクリエーティブディレクターのジョン・C・ジェイだ。ポートランドに拠点を置き、2015年からファーストリテイリングのグローバルクリエイティブ統括を務める。「この街には『Do It Yourself』、自分でやろうというDIY精神が息づいている」という。「自然が豊富でニューヨークなどの大都市からも距離があり、いい意味で孤立している。デザイナーが多い街で、独立の思考と志向が強い」。何事も人に任せるのではなく、手間暇かけて自分の頭と手を使って、ということだ。

■決して過去のものでない「黒歴史」

この街にも「黒歴史」はある。ポートランドやオレゴン州は、かつては人種差別がひどい地域として知られていた。オレゴン州の憲法には、奴隷以外の黒人が州内に住むのを禁止する条文が、奴隷解放後も残っていた。「ニグロ」といった文言が憲法から最終的に削除されたのはごく最近、2002年だ。ネイバーフッド・アソシエーションの会合で黒人女性が発言したように、病院拡張のため、黒人が多く住む地域で住民を追い出してコミュニティーを壊した例もある。

社会関係資本(ソーシャルキャピタル)の提唱者で、コミュニティー研究で知られるハーバード大学教授ロバート・パットナムは共著「BETTER TOGETHER」でポートランドについて考察し、市民の活動が盛んな理由について、シアトルなどに比べて都市の発達がゆっくりだったため管理しやすかったことに加え、人種的に同質性が高かったことに言及している。

同質性。ポートランドが同質性ゆえに「住みやすい街」だとするならば、やはり同質性が高いように見える日本も理想郷なのか、とも考えてみる。いや、日本とも違う。なぜここはこだわりの街なのだろう。

16年の大統領選でトランプが勝った前後から、米国の「分断」がしばしば指摘されるようになった。辛抱強い対話なんてやってられるか、という雰囲気だ。ポートランドはどうなのか。

オレゴン州は歴史的に民主党が強く、16年の大統領選でも民主党のクリントンが勝った。しかし、それはポートランドなど都市部の話で、地方は違う。州内の市や町の数でいうとトランプが勝った地域の方が多い。「山一つ越えると共和党」ということもあるのだ。

アジア太平洋地域出身の人々を支援するNPO「APANO」事務局長のチ・ウィン(36)は、もともとベトナム難民で家族とともに米国に来たが、父親(62)は熱烈なトランプ支持者だ。トランプ寄りとされるFOXニュースをよく見ているというチの父親は「制度にただ乗りする人たちがいる。(そんな人への反発から)来年も絶対にトランプが勝つ」と言うが、チは「事実を知らないし、知ろうともしない」と思う。

チの父親は、難民として苦労しながらパン職人として地道に働いてきたという。そうした経験が、移民に対する厳しい視線につながっているのだろうか。不法移民が、まじめに働く人々の仕事を奪っているというように。

会う人ごとに「トランプの時代になり、ポートランドに変化を感じますか?」と聞いてみた。NPO「オレゴン・フード・バンク」最高経営責任者(CEO)のスザンナ・モルガン(49)は答えた。「有色人種の友人は、トランプは人種差別主義者にこれまで自分の中に抑えていたものを堂々と言っていいという『許可』を与えた、と言った。私もそう思う」

17年5月、ポートランド市内の路面電車で、イスラム教徒の女性と黒人女性の2人が白人の男に暴言を浴びせられ、とめようとした男性3人が刺される事件が起きた。3人のうち2人は死亡し、1人が重傷を負った。女性2人はともに10代だった。地元紙によると、逮捕された男は30代で、「白人至上主義者」として知られていたという。開放的で進歩的とされるポートランドで起きた深刻なヘイトクライムだった。

それには比べるべくもないが、私もちょっとした体験をした。ネイバーフッド・アソシエーションの会合の後、リーダーの中国系米国人、ヘレン・イン(62)と話しながら街を歩いていた時のことだ。10代後半くらいか、腕にタトゥーを入れた男性3人が何かを言いながら通り過ぎた。私は気づかなかったが、しばらくして話題が人種差別になると、彼女が「さっき気がついた?通り過ぎた若い男性3人が、人種差別というほどでもないけど、ステレオタイプ的なことを言っていた」。彼女はそれ以上説明しようとしなかったが、「ポートランドは最近、人種差別がまた目立つようになった」。

この街では、公共施設からケーキ屋さんまで、あちこちで「ALL RACES」(すべての人種)といった表示を目にするが、それは差別が厳然と存在する証しかもしれない。前出のチは「この地域の人種差別は本当に深いところに根づいている」という。「アジア系の友人は『故郷に帰れ』と知らない人から言われたことがある」

深いところに根づいている差別。白人社会という「同質性」の記憶の残滓なのか。誠実に負の歴史と向き合って、取り組もうとしている人たちはいる。けれども、むき出しの偏見や差別を隠そうとしない人たちも出てきた。過去の差別を改めて自覚せざるを得なくなったから、この街の人々は自分たちに言い聞かせるように「ALL RACES」を掲げ続けているようにも思える。

前出のパットナムの本が出たのは2003年、それからのポートランドは急激に多様化が進んだ。「住みやすい街」として有名になったこの街には、新住民が流入した。大手運送会社ユナイテッド・バン・ラインズの調べでは、18年の人口流入率はオレゴン州が全米2位だった(1位はバーモント州)。

地価も急上昇し、ホームレスも増えている。NPO「トランジションプロジェクト」によれば、11~15年にホームレスの数は減ったが、それ以降17年にかけては10%ほど上昇して約4200人になった。

ネイバーフッド・アソシエーションの活動も影響を受ける。かつて市の南東地区の役員を務めたリンダ・ネットコベン(72)は「会合に出てくるのはごくわずか。会報を配っているけど、新しいアパートはセキュリティーが厳しくてポストにも入れられない」。別の地区のリーダーだったランディ・ボネラ(59)は「活動方針をめぐり、新旧住民の対立もある」という。ランディはいま別の活動に軸足をおく。

2人とも、それでもネイバーフッド・アソシエーションは重要だと強調するが、前出のチは言う。「ポートランドはハートを失ってしまうかもしれない」

■多様性の先に

この街は「こだわり」や「きれいごと」をだんだんと手放していってしまうのだろうか。他の地域のように分断が進み、手間と時間がかかる民主主義は衰えていくのだろうか。

ブライアン・アルブリット(46)に会った。最先端のIT企業で高収入を得ていたが、2年前にNPOの事務局長に転身した。光熱費が払えなくなった人のために、1カ月だけ支払いを代行する。アパートを追い出されるのを免れ、救われる人が多いのだという。

「収入は減りました。今は妻も働いているし」。でも、と続けた。「前は楽しくなかった。今は欠落したものを取り戻したというか、充足感があって夜もぐっすり眠れる」

多様性というのはこういうことかもしれない。「こだわり」と「きれいごと」を新たに求める人が次々に現れるのだ。

ポートランドとその近郊では、有色人種を中心に高校中退や留年が多く、普通に卒業する生徒は8割に満たないという。地域ぐるみで救うNPO「オールハンズ・レイズド」のCEOだったダン・ライアン(57)と話していた時のことだ。それって、ポリティカル・コレクトネス(政治的正しさ)を実現する活動ですよね?

そう尋ねると、ダンは一瞬間を置いて私の顔を見た。「私たちは正直で、率直でわかりやすくいたいだけです」。なんだか自分が濁った存在のような気がしてきた。

    ◇

政治記者として、私は日本で長年、永田町を観察してきた。その一方で、政治というのは永田町や霞が関だけではなく、もっと幅広い人がいろんな形でかかわるものではないかと常々感じていた。

ポートランドを歩くと、こじゃれたブティックに、人権問題を考えるイベントの看板があった。ここが会場らしい。素敵な住宅街では、壁に「STOP TRUMP」とペイントした家を見かけた。外観とマッチするモスグリーンと白で。日常と政治が隣り合い、人々は楽しく政治とかかわっている、と思えた。

民主主義はやっかいだけど、時間をかけてこだわって、ていねいに、がまんしつつも面白く。おいしいコーヒーを味わうために、豆の栽培や輸入法、焙煎やいれ方にも気を配り、時間をかけるように。でもその行為自体が喜びでもあるだろう。果実を得るためには、わずらわしいプロセス自体を楽しまなければ続かない。

「こだわり」や「きれいごと」を実現するのに一役かったように見えるポートランドの同質性は、多様性に変わりつつある。異なる個性がぶつかれば、民主主義は深化するかもしれないが、余計に手間暇がかかるし、摩擦もあるだろう。多様であることは、ポートランドの社会にどんな影響を与えるのだろう。いつかもう一度、訪れたい。