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革新を生み出すサンフランシスコ・コーヒー物語

サンフランシスコ 美味しいフード&ライフスタイル
 ほとんどのサードウェーブコーヒー店は、日本製のドリップ機器を使っている(写真は全て関根絵里撮影)
ほとんどのサードウェーブコーヒー店は、日本製のドリップ機器を使っている(写真は全て関根絵里撮影)

一杯のコーヒーから始まるアメリカの朝の光景。コーヒースタンドやカフェに群がる人々の姿は昔も今も変わらない。しかしこの20年、コーヒーのあり方は「サードウェーブ」ブームを機に大きく変化した。地域は活性化し、私たちのライフスタイルにも影響を与えている。そんな進化するコーヒーと人々の暮らしをずっと見てきた。

「サードウェーブ」ブームを持ち上げたのはお隣町、シリコンバレーのベンチャーキャピタルや投資家たち。コーヒーイノベーションがここでは随時起きている。2000年初頭、その先駆けと言える「ブルーボトルコーヒー」は「コーヒー界のアップル」と呼ばれ、1億ドル(約113億円)以上が投資家から拠出され、全米、世界に飛び火した。初の世界進出となった日本でも大ブームとなったのはみなさんもご存知のはず。同時期、若手が起業するコーヒービジネススタートアップは急成長し、「サードウェーブ」のコンセプトとなる農家からカップまでのプロセスを重視した「クラフトコーヒー」がサンフランシスコのスタンダードとなった。

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カリフォルニアの“ハッピーカウ”と呼ばれるオーガニックミルクを使用したカプチーノ

その立役者となった「ブルーボトルコーヒー」の創業者、ジェームス・フリーマンと出会ったのは2002年の事。オークランドの商業地域と住宅街が交差した一角でなんとも香ばしいコーヒーを焙煎する匂いが私の足を止めた。その匂いの方に近づくと、民家の小さなガレージで汗だくでコーヒー豆を焙煎している男性がいた。不遇時代のジェームスだ。当時まだIT関連の仕事をレイオフされたばかりのジェームスは、「美味しいコーヒーが見つけられないから自分で焙煎するんだ」と気さくにしゃべってくれた。すでにコーヒー豆の販売ルートを作っていたようだ。その時倉庫の片隅にあった、ブルーボトルのスタンプ(当時はスタンプだった)が押されたシンプルなコーヒーバックがとても印象的だった。まさかこの男性が倉庫から始めた小さなビジネスが15年後に5億ドルという巨額の買収額を手にするとは誰が想像出来ただろうか。

その出会いからすぐだった。「ブルーボトル」は、地元バークレーのファーマーズマーケットにカートを引いて登場した。ハンドドリップでサービスするコーヒーはセンセーション(驚き)だった。挽きたて豆のコーヒーは香りよく、クラフト感あふれ、コーヒーファンの心を掴んだ。ホットコーヒーはまだ予想できる範囲だったが、アイスコーヒーを初めて飲んだ時の感動を今でも覚えている。その頃米国のアイスコーヒーと言えばホットコーヒーに氷を入れただけのプロセスがないものが定番だったので、ジェームスのアイスコーヒーは革新的だった。が、どこか懐かしさを感じた。「日本のアイスコーヒーの味だ!」

それもそのはず、実は現在、日本でトレンドになっている「ブルーボトル」の「ハンドドリップ」手法は日本の喫茶店コーヒーの逆輸入なのだ。元々トランペッターとして音楽活動をしていたジェームスは日本に来るたびに、新鮮な豆を挽いてネイルドリップやサイフォンで淹れる喫茶店のコーヒーに魅了されていた。「誰かが丁寧に淹れてくれた美味しい一杯の価値を知った」とジェームスは著書で言っている。その証拠にアメリカの「サードウェーブ」系カフェで使用されているサイフォン、コーヒー機器、ドリッパー、フィルターに至るまで全て日本製が使用されている。米国ではまだ誰もやっていなかった豆からカップのハンドドリップ手法は、「サードウェーブ」と呼ばれ、米国のコーヒー文化を塗り替えた。

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サードウェーブのコーヒー豆は農家を限定したシングルオリジン浅煎りが多い

ここで、ファーストウェーブとセカンドウェーブについておさらいをしておきたい。簡単に説明すれば、ファーストウェーブは大量生産大量消費の時代。日本でインスタントコーヒーが出回っていた頃、アメリカでは薄い香りのないコーヒーが米国市場を占めていた。ダイナーやファミリーレストランなどで丸いフラスコで何倍も注がれる、あの「アメリカンコーヒー」だ。

私がサンフランシスコに移住した98年、コーヒーの潮流はセカンドウェーブの全盛期だった。火付け役はヨーロッパからバークレーへ移住したアルフレッド・ピーツ氏。66年、ピーツ氏は本格的なヨーロッパ式「深煎りコーヒー」とエスプレッソドリンクを導入した店、「ピーツコーヒー&ティー」をバークレーにオープンした。

90年代、一杯まだ$0.99のコーヒーを毎日飲んだ。ピーツは私にとって古き良き時代のアメリカそのもの。そしてコーヒーが人との交流を深め、”コミュニティー”を創生していく姿を見ていた。すでにアメリカ人は、濃いコーヒーへと嗜好が変わっていた。そこに現れたのが、あのスターバックスを起業した創業者2人だ。この若者達はピーツで修行をし、その焙煎の手法をそっくりシアトルに持ち帰ってコーヒー豆販売所を創業、後にハワード・シュルツ氏が作ったカフェ(現在のスタバ)が大ヒットした。「ピーツ」が「スターバックス」の原型である事はあまり知られてない。セカンドウェーブを代表するこの2社は往年のファンで賑わっている。しかしサードウェーブコーヒーの客層とは少し異なる。

サードウェーブのターゲットは、グルメでエコな思想を持ち流行に敏感な「ヒップスター」と呼ばれる若い世代。セカンドウェーブが商業的なのに対して、サードウェーブは少量生産で”ヒューマン”的(生産者やバリスタなど人間に光が当たる)。一農家の単一豆「シングルオリジン」にこだわり自家焙煎しドリップしたもの。焙煎は浅煎りからミディアムまでで豆の特徴を味わうのが特徴だ。

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ハンドドリップで丁寧に淹れるコーヒーがサンフランシスコでは主流になった

もう一つの違いはエコ、クラフトのキーワードでライフスタイルを取り込む戦術。実際にサードウェーブカフェの前には必ずと言って良いほど、自転車置き場が設置され、エコな地域作りを目指す取り組みをしている。大成功に導いたのは、フリーマン氏が偶然に確立したビジネスモデルにある。ミニマムリスク(資金を投じずにチャンスを掴む)でありながら、SNSを通じてのスピーディーなフィードバック(感度が高いコーヒーファンによる口コミ)が、シリコンバレーの投資家の耳に届き、莫大な投資金がビジネスを成長させる筋書きだ。この「ブルーボトル」のミニマムリスクから成長するビジネスモデルは若い起業家の夢を実現させる教科書となり、今でもファーマーズマーケットやポップアップからデビューする起業家は後を絶たない。

他の代表格である「Ritual Coffee 」、「Four Barrel Coffee」、「Sightglass Coffee」、「Philz Coffee」は次々にヒップスター達の聖地であるミッション地区にカフェをオープンした。消費者は生産者側のこだわりに賛同し、それぞれが好きなコーヒーやカフェを選ぶ事が、自分たちのアイデンティティーにもなっている。それは例えばコーヒー農家とのフェアトレードだったり、有機栽培へのこだわりだったり、エコな社会作りだったりする。

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シンプルなコーヒーバックには国名、農家と豆の種類特徴を表示している。オーガニック豆も多い

店のつくりは”ミニマルでスタイリッシュ”。それぞれの本店には焙煎機が導入され、従業員と客がコミュニケーションを取れる距離感がいい。

「ここは地域の人たちが会話をして繋がる場所。だからwifiは設備しない」と以前「Four Barrel」の創始者が言っていた。そういう地域作りと大きな組織に属さない自由さが若者に支持される所以なのだろう。

たった一杯のコーヒーが人々の生活に潤いを与え、地域、街を変えていく。あの時ストリートで出会った焙煎の香りは本物だった。現在サードウェーブは科学とバーの要素を取り入れたフォースへと進化中。ベンチャー企業とリンクしながら新しいトレンドを創出している。コーヒーイノベーションは終わらない。

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クリーミーなカプチーノにはアーモンドやソイミルクなどのビーガン対応が多い