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ビーガンが食べる本場のフィッシュ&チップス 魚のかわりに揚げるのはある花

ニューヨークタイムズ 世界の話題
ロンドンのハックニー区にできた完全菜食主義者向けのフィッシュ&チップス料理店「サットン・アンド・サンズ」の店内=2018年10月4日、Olivia Harris/©2018 The New York Times。「フィッシュ」は魚の代わりにバナナの花が主に使われており、経営者はこの種の店はロンドンで初めてとしている

イーストロンドンに最近できた料理店は、あえて波風を立てるために開店したようだ。

見たところ、英国料理を代表するフィッシュ&チップスそのものだ。つやのある膨らんだ衣。太いチップス。添え物のマッシー・ピーズ(訳注:煮たエンドウ豆をつぶしたもの)に一切れのレモン。

ただし、肝心な食材が一つ欠けている。「うちの『フィッシュ』には魚がない」と経営者のダニエル・サットンはさらりと言った。

ロンドンで初めてという完全菜食主義者(ビーガン)向けのフィッシュ&チップスの料理店「サットン・アンド・サンズ(Sutton and Sons)」。魚屋でもあるサットンが、市中心部から北東のハックニー区にこの店を開いたのは、2018年10月初めだった。自前の経営で、どの系列にも属してはいない。

ロンドン初の完全菜食主義者向けのフィッシュ&チップス料理店という「サットン・アンド・サンズ」の店先=2018年10月4日、Olivia Harris/©2018 The New York Times。中には、魚ではないのに「魚」でよいのかと首をかしげる人もいる

魚なし? 出てくるはずのジューシーなタラの揚げ物をこよなく愛する者には、理解しがたいコンセプトだろう。
「それって、どういうこと」。店ができてすぐにやってきたクリストファー・ハッドンは、すっかり面食らっていた。なぜ、お目当てにありつけないのか。うまくのみ込めない様子で、最後は首を振りながらこの「チッピー(訳注=フィッシュ&チップス店の俗称)」を出ていった。

それでも、ビーガンにとっては、この「魚もどき」はいくらでもいけそうな美食のようだ。

「ビックリするほどおいしい」。男性カップル客の一人、ダン・マーゲッツ(53)は一口ほおばると、目を丸くした。「見かけも食感も変わらない。しかも、さっぱりしていて、アンモニア臭さがない」

その夫で不動産ブローカーのエドワーズ・ドスサントス(49)も、最初の一口で大きな笑みを浮かべてうなずいた。すぐにスマホを取り出し、ソーシャルメディアでシェアするために撮影した。

「野菜のアーティチョークを薄く切ったような繊細な舌触りで、本当に素晴らしい」

英国とフィッシュ&チップスとは、文化と料理の世界で深く結びついている。第2次世界大戦中に首相を務めたウィンストン・チャーチルは、この二つの食材の組み合わせを「よき連れ合い」とたたえた。歴史家の中には、第1次世界大戦の勝因にもつながったとする向きもある。(訳注=すぐに食べられ、腹持ちがよく)国民の士気を高めたからだ。
しかし、その起源については、長年の論争がある。一説によると、この料理を最初に出したのは、イングランド北部の小さな村モスリー(現在はグレーター・マンチェスターの一部)に1863年にできた店だった。一方、1860年にユダヤ系移民の家族がイーストロンドンに開いた店で初めて出されたとする説もある。

何はともあれ、今や英国の典型的な料理となった。多くの家庭では、金曜日の晩に食べるのが習わしになっている。
サットンがビーガン向けの店を開こうと思ったのは、ハックニー区でもともと営んでいた魚料理店で手応えを感じたからだった。「魚なしのフィッシュ&チップス」を新作料理としてメニューに加えたところ、思わぬヒットになったと言う。

揚げ終わったフィッシュ&チップスの「フィッシュ」=2018年10月4日、Olivia Harris/©2018 The New York Times

では、この魚もどきは何か。ネタを明かすと、主な素材はバナナの花だ。たまたまベトナム食品のマーケットで見つけた。海藻と野草のサムファイアであえると、魚っぽい風味になり、衣をつけて揚げるとさらに魚に似てくる。
「ビーガン食で魚の代わりにする典型的な食材は豆腐だが、魚のような味がしないし、衣をつけて揚げるのが難しい」とサットンはできたばかりの新しい店で説明してくれた。その間も、横目で客の反応を追っていた。

ストックホルムからきたビーガンのカップルは、ロンドンまで1時間余もかかる滞在先からわざわざこの魚もどきを試しにやってきた。別のカップルは、日本のポテトを素材にしたエビもどきのカクテルを食べたものの、あまりに食感が本物そっくりで、本当にビーガン食なのかを確かめずにはいられなかった。

その相手をしていた店のマネジャー、アドリアンナ・ボネッソは「いろいろと混乱もあるけれど、刺激も多い」と楽しそうだ。通りの少し先にあるサットンのもともとの店から投入されたスタッフだ。

「もとの店でビーガン用のメニューを始めたら、対応できないぐらいの注文があった。だから、新しい店が必要になった」と話す。

料理長は、トルコの黒海地域出身で魚が大好きというエディー・マジット。食材は、前の晩に自ら下ごしらえをしている。パイやタルタルソースなどビーガン向けの添え物を数多く出し、バーガーやソーセージに似せたメニューもこなす。

ポテトでできた「エビ」料理=2018年10月4日、Olivia Harris/©2018 The New York Times。日本のポテトが使われている

「もどき」ならではの苦労もある。マジットはバナナの花を揚げながら、「魚だったらただ油に放り込めばいいかもしれないが、こちらは全体がうまく衣にくるまれているのか、かなり注意しないといけない」と打ち明けた。
10人ほどのビーガンがおいしそうにパクついているのを見て、筆者も試してみることにした。自分自身も、トルコの黒海地域出身の魚好きだ。同じように舌鼓を打ちたかった。

しかし、いま一つなじめなかった。ジューシーなタラの切り身に慣れてしまったせいか、薄くてどこかゴムのように弾力があるバナナの花の食感に味覚がついていけなかった(かえって本物の魚が食べたくなり、ディナーでボリュームのある北大西洋産のハドック〈訳注=フィッシュ&チップスによく使われるタラ科の魚〉を平らげた)。

サットンは今、バナナの花をタイから輸入している。決して安くはない。だから、ビーガン向けのフィッシュ&チップスの値段も7ポンド50ペンスになり、特段の割安感はない。本物は、安ければ10ポンド50ペンス。あとは、使う魚によって高くなる。

マジットとボネッソは、新しい店の客を観察して気づいたことがある。物静かで、優しい人が多いことだ。

「古い方の店では、さまざまな注文が飛び交い、混乱もかなりあった」とマジット。「ピークは金曜日。フィッシュ&チップス信奉者の大集合になるからね」

「ロンドン初のビーガン・チッピーなんて、何か新しいことが始まりそうでワクワクする」とグーグル・ニュースでたまたまこの店を知った俳優のビクター・クレーマーは期待感を込める。

ただし、誰もが歓迎しているわけではないのも確かだ。

「魚でないのなら、なぜ魚と呼ぶの? 正直に何なのかを示すべきよ」と通りかかった女性は眉をひそめた。
地元当局からも、メニューの記載は誤解を招くという警告を受けているとボネッソは言う。

「どうすればよいのか検討している。メニューには、フィッシュ(fish)ではなく、『vish』と書こうかしら」(抄訳)

(Ceylan Yeginsu)©2018 The New York Times

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