スリランカはイスラム過激派によるテロ攻撃を機に、またもや民族や宗教対立の泥沼に陥ったかのようだ。なぜこうも対立が繰り返されるのか。民族的多数派の誰にでも聞いてみるがいい。ほとんど同じような答えを聞くことになるだろう。
彼らはこう言うだろう。我々はまさに生き残りをかけて闘っているのだ、と。同国では人口の75%をシンハラ人(大半が仏教徒)が占め、国政を支配している。それなのに、多数派の多くは自分たちを「追い詰められた少数派」と思い込んでいるのだ。
「彼ら(訳注=少数派のタミル人)は我々を滅ぼそうとしている。だから、どうか行動を起こすよう政府の誰かに言ってくれ」。多数派に影響力を持つ若い僧侶Nelligala Dhammaratneは、2018年に起きた少数派イスラム教徒への暴動の直前、仏教徒の支持者たちからそう言われたことを思い出した。
多数派の恐怖心は、スリランカに限ったことではない。世界を見回しても、支配的な多数派が自分たちを「危険にさらされた少数派」と考えるようになってきている。
多数派の恐怖心という起爆剤は、時に「多数派の少数派コンプレックス」として知られるようになってきた。その行動原理は、欧州における右派ポピュリズム、アジアの宗教ナショナリズム、それに米国やニュージーランドで台頭している白人至上主義者によるテロリズムの主要なファクターになっているとみられる。
この傾向の原動力は、スリランカ内戦の歴史に比べると分かりにくいようにも見えるが、同じくらい重要かもしれない。人口構成の変化、グローバル化する人間相互の結び付き、それに民主主義の拡大ですら、従来の支配構造を脅かすものだ、と多数派には映る。そこから少数派への恐怖心が導き出され、時には攻撃する。少数派自体が実存する脅威なのだ、と。
紛争のサイクル
典型的、かつ教訓的なケースが、北アイルランドだ。
北アイルランドでは1960年代末、地域的な緊張が発火して「the Troubles(ザ・トラブルズ)」として知られる武力紛争に突入した。人口構成比でも、政治的にも、経済的にも地域内では支配的だったプロテスタント系住民はしかし、アイルランド島全体から見れば少数派で人口構成的な危機感を抱いていた。
「北アイルランドにおけるプロテスタント系住民が抱いている恐怖の根源は、カトリック系住民たちの子孫を増やす力に圧倒されてしまうだろう、ということ。それほど単純なことなのだ」。武力衝突が起きた際、北アイルランド政府の首相だったテレンス・オニールはそう言明した。
他の人びとは、バチカン(ローマカトリック教会の法王庁)が画策する国際的な陰謀の一部だ、とカトリック系住民に対する恐怖心を説明した。
スリランカを突き動かしている原動力も驚くほどよく似ている。(訳注=1980年代から続いた)内戦で、少数派タミル人の分離主義者たちと戦ってきた多数派のシンハラ人たちは、隣国インドに大きなタミル人共同体が存在するため劣勢に立たされていると感じていた。シンハラ人は包囲されていると思い込み、「我々」対「彼ら」の対立感情を深めて長期紛争に発展した。
もっと最近では、仏教徒のシンハラ人は、少数派イスラム教徒が世界のイスラム勢力の先導役になっていると見なすようになった。そうして2018年、シンハラ人はイスラム教徒たちがどんどん子孫を増やして自分たちに取って代わろうとしていると恐れ、その揚げ句、暴動に発展した。
外国勢力の陰謀だとか、少数派の出生率がどうのこうのといった言い訳は、もっと現実的な変化、すなわち「地位の喪失」という不安からしばしば出てくる。現代の民主主義は、少数派にも平等の権利と機会が与えられるべきだとしている。多数派は、それが伝統的な支配力を脅かすと感じることもあるのだ。
より近く、より競争的な世界
こうした対立をもたらす原動力が世界各地で立ち上がっている。しかも、全国的には多数派なのに地域では少数派という集団だけの問題では済まなくなっている。
13年、ミャンマー。多数派の仏教徒たちが少数派イスラム教徒のロヒンギャを暴行した。その後、事態は大量虐殺にまで発展したが、政府を事実上率いているアウンサンスーチーに暴行事件を問うと、彼女は険悪な表情で「グローバルなイスラムパワー」を警告し、「暴力の恐怖はイスラム教徒側だけにあるのではない。仏教徒側にもある」と弁明した。
この種の恐怖感や不安は、アジア各地で宗教ナショナリズムの台頭をもたらしている。そこには、テクノロジーの変革が一役買っているかもしれない。世界はますます相互接続され、以前に比べてずっと狭くなってきた。ちょっとした宗派間の暴力事件であっても、どこで起きようがソーシャルメディアでまたたく間に広がり、恐怖心や劣勢の感覚を増大させる。
米コロンビア大学の政治学者ジャック・スナイダーの研究によると、民主主義の興隆が、多数派の反動を引き起こしている可能性がある。民主主義は長い間「民族調和の原動力」と考えられてきた。それが「民族調和」とは逆の流れに変わったというわけだ。
民主主義が世界標準になるに従って、支配層にある民族的多数派は、少数派と権限を分かち合わなければならないという圧力を感じるようになった。多数派が選挙で時に敗れることすらある。
白人の反動
欧州の右翼ポピュリズム政党の支持者たちに共通しているのは、スリランカの多数派シンハラ人と同じような恐怖心を抱いていることだ。
ドイツの新興右翼政党「ドイツのための選択肢(AfD)」やフランスの極右政党「国民連合(旧・国民戦線)」のデモで耳にするのは、イスラム教徒が間もなく多数を占めて欧州の非イスラム教徒を圧倒し、シャリーア(イスラム法)を押し付けてくる、といった叫び声だ。
スペインの総選挙で初めて国会の議席を獲得した新興右翼政党「ボックス(VOX)」のリーダーは、18年9月に行ったデモで「イスラム教徒の侵略」を警告した。
白人の多くは多元主義や多文化主義を歓迎している。しかし、白人支配が弱まって不安定になっていると思っている人たちは、少数派が少しでも増えただけで一種の攻撃と見なしてしまう。
多くの研究が指摘していることだが、この種の感情が米国で重大な政治変革を引き起こしている可能性がある。
米国は50年までに、白人が全人口の半分以下の「マジョリティー・マイノリティー」になると予測されている。
ニューヨーク大学のモーリーン・クレイグ(訳注=心理学部助教)とイエール大学のジェニファー・リッチェソン(訳注=心理学部教授)が発表した研究で、2人はあることに気づいた。すなわち、人口構成の変化に関するニュース記事をよく読む白人のアメリカ人は「ラティーノ(訳注=ラテンアメリカ系アメリカ人)、黒人、それにアジア系アメリカ人に対して、より否定的な姿勢」を示すようになり「無意識に、より親白人、反少数派の偏見を抱く」ことだった。
しかし、クレイグとリッチェソンが、研究の参加者たちに「白人は政治的にも文化的にも支配層であり続けるとみられる」と話すと、白人の不安は消えた。
他の研究では、人口の将来傾向を知った白人のアメリカ人は、移民やアファーマティブアクション(訳注=少数派優遇措置、差別是正措置)、福祉や医療への支出に対して、より冷ややかになる。その一方で軍事支出や大統領ドナルド・トランプへの支持を強めるようになる、としている。
16年に行われた世論調査では、白人の57%が「白人に対する差別は今日、黒人や他の少数派への差別と同じくらい大きな問題になっている」と答えた。
交代への恐怖
白人にも、他の集団と同じような力学が働いており、「劣勢になる」という恐怖感は暴力に訴えることにもつながりうる。
白人至上主義者によるテロが相次いでいる。彼らは、ユダヤ人に取って代わられるという「代替理論」を繰り返し口にする。この「理論」では、ユダヤ人が白色人種を破壊するために大量移住計画を企てている、とされている。
17年、バージニア州シャーロッツビルで行われた「右翼の団結」集会。白人至上主義の活動家たちはバージニア大学のキャンパスで、たいまつに火をつけてデモ行進しながら、「ユダヤ人なんかに交代させはしない」と叫んでいた。
ニュージーランド南部クライストチャーチにある二つのモスク(訳注=イスラム教礼拝所)を銃撃し、50人を殺害したブレントン・タラントは、増える移民と低い白人出生率に関連して「ヨーロッパ人に対する攻撃だ。戦わなければ、いつの日かヨーロッパ人が人種的にも文化的にも完全に(移民たちに)取って代わられてしまうだろう」と書き記していた。
19年4月27日、米カリフォルニア州パウウェイのシナゴーグ(訳注=ユダヤ教礼拝所)が銃を持った(白人の)男に襲撃された。男が書いていた文章は、クライストチャーチ事件の容疑者が抱いていた恐怖感とまったく同じ、「人口構成で取って代わられる」だった。(抄訳)
(Max Fisher and Amanda Taub)©2019 The New York Times
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