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「好きなことをできる場所で。とことんオペラにかかわっていきたい」:斎藤優奈さん

行け!イタリアの風にのって ~若手音楽家の手紙~
オペラ公演の仕事で滞在したイタリア北部ロヴェレートで=2019年4月、河原田慎一撮影

私事ですが、昨年の9月に祖母が83歳で亡くなりました。お葬式には出られませんでしたが、その前月に、お見舞いのために帰国して祖母に会い、お礼が言えて良かった。祖母の支えがなければ、私はここまで来られなかったと思います。

秋田の大曲という田舎に暮らしながら、とてもミーハーでハイカラなおばあちゃん。昔、旅行でオーストリアのザルツブルクに行ったことがあり、帰国した時にザルツブルクやベネチアの写真を見せるととても喜んでくれました。ピアノとクラリネットを買ってくれ、秋田市まで往復2時間半かけてピアノのレッスンに通わせてくれたのも、祖母の後押しが大きかった。

地元にとどまらず、好きなことをできる場所でとことんやればいい。そうしたオープンな考えも持っていて、ヨーロッパに住んで仕事をしていることをいつも応援してくれました。

イタリアに来て7年。コレペティとしての経験を積む中で、イタリアにしかないレガート(音のつながり)の感覚や、イタリア語で「パドロナンツァ」という、母語に近い感覚で言語を自分のものとして使える力をある程度は身につけることができたと思います。研修所を修了後、講師になったミラノのスカラ座では、上演される演目の8、9割はイタリアもの。国内外でイタリア・オペラのプロダクション(数回の公演ごとに契約する仕事)にも参加し、音楽の流れに自然にアクセントを置くイタリアのフレーズ感や、スタイルを学びました。レナート・ブルゾンやミレッラ・フレーニといった、イタリア・オペラの黄金時代を築いた歌手のマスタークラスで伴奏したり、レオ・ヌッチが賛助出演した歌劇「セヴィリアの理髪師」の公演に携わったりしたことも大きかったです。イタリア人と一緒に仕事をするこうちに、劇場で働くことがますます好きになりました。

世界的なバリトン歌手のレナート・ブルゾン氏と=2013年5月、イタリア・スポレート、斎藤優奈さん提供

一方で、仕事はうまくいっているものの、プロダクションごとの契約で、1週間から3カ月といった単位で場所を変えて働くことは、体力的につらい。また給与の未払いにが半年、といったこともざらにあり、仕事が忙しいのにぎりぎりの生活を強いられることもありました。

そして何よりも、「イタリアもの」だけでなく、より広い視野を持って役に立てるコレペティになりたい、という思いがあります。オーストリアのチロル音楽祭で働いたことで、ドイツのオペラに関わる機会が増えました。それまではイタリアもののレパートリーを増やすことに精いっぱいでしたが、ワーグナーの大作「ニーベルングの指環」の全曲公演などを通じて、ドイツ・オペラへの興味も深まりました。ドイツ語の響きやオーケストラの濃密なサウンドにひかれた部分もあります。

そんなときに、ドイツにある四つの歌劇場が合同で「オペラ・スタジオ」を設けることになり、そのオーディションに挑戦しました。オペラ・スタジオとはドイツ語圏を中心に多くの国の歌劇場にある、若手を育てるシステムで、研修生でもありながら劇場が主催するプロダクションに参加して働くことができ、月給または奨学金がもらえます。

オーディションには何十人もの応募があったそうですが、何とか採用してもらえることになりました。5人が残った2次試験では、メゾソプラノ歌手に実際にコレペティとしてアドバイスするように言われました。ここでは、ミラノ・スカラ座の研修所での2年間の講師の経験が物を言ったと思います。もし講師1年目の自分だったら、うまくいかなかったでしょう。当時は、世界トップクラスの歌劇場の研修所で、「私のようなところにレッスンを受けに来てもらって申し訳ない」と、自分に自信がなくどこか「へこへこ」していました。2年間講師を務める中で、慣れもありますが、自分らしく仕事ができるようになりました。オーディションでは、英語やイタリア語ではなく、現地の「母語」であるドイツ語にこだわりました。

もちろんドイツ語で仕事をしていくことへの不安はありますが、イタリアに住み始めた頃と同じように、無料サイトで字幕付きの動画を見たり、本を読んだり、現場やふだんの暮らしの中で好奇心を持って人とコミュニケーションを取ったりすることで、上達していけると信じています。ドイツ語の「パドロナンツァ」を身につけたら、次はフランスものでしょうか。3年前にはスカラ座の派遣でロシアにも行きましたし、とにかく国を限定せずにオペラに関わっていきたい。好きなことをできる場所でやる。祖母の後押しを感じながら、がんばって行こうと思います。